藤井聡太竜王・名人(21)は、10月11日に京都市で開かれた王座戦第4局で永瀬拓矢王座(31)に勝利し、王座のタイトルを獲得した。これで将棋界のタイトル全てを獲得し、前人未到の八冠達成となった。

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実は八冠達成の裏に将棋AIを凌駕する藤井流の“魔の一手”があったという。藤井八冠も研究に使っているという将棋AIソフト「水匠(すいしょう)」の開発者で弁護士の杉村達也氏に“魔の一手”について解説してもらった。

八冠を決めた藤井流の“魔の一手”とは?

10月11日に行われた第71期王座戦五番勝負の第4局。

永瀬王座が指した「5三馬」に、解説者から「ひゃっ!?」と声が漏れる。

ナゼ、その一手を指してしまったのか…頭を抱える永瀬王座。

これまで、4期連続で王座のタイトルを保持していた男に何が起きていたのか?

永瀬拓矢王座(当時):
エアポケットに入ってしまって…

この一手で勝率98%と永瀬王座の勝利目前だった形勢は、一気に逆転。

永瀬拓矢王座(当時):
負けました…

その裏側に、藤井聡太八冠の恐るべき進化があった

将棋AIソフト「水匠」開発者・杉村達也氏
相手を引きずり込む、“あやかし”のような“魔の一手”。“魔の一手”というふうに言ってもいいんじゃないかなと思いますね…

3年で…前人未踏の八冠達成への道のり

藤井八冠への道のりは3年前に始まった…

2020年度にまず「棋聖」、「王位」の二冠。

2021年度には「竜王」、「叡王」、「王将」のタイトルを加え五冠に。

2022年度に「棋王」を得て六冠に。

将棋の8つのタイトルは、みるみる一人の青年に染められていった。

そして、今年ついに…

「名人」、「王座」のタイトルを奪い史上初の八冠となった

記者
(史上初の)八冠を達成して今の率直な感想は?

藤井聡太八冠
このような結果を出せるとはやはり自分自身でも思っていませんでしたので、そのことはすごく嬉しく思っています

藤井聡太八冠
一方でそうですね。今回のシリーズ本当に苦しい将棋が多かったですし、やっぱり実力としてやはり、まだまだ足りないところが多いということは変わらず感じていますので…

八冠を制してなお、自ら実力不足と分析する男…

勝率1%からの大逆転…王座戦を振り返る

その決着が着いたのは、10月11日に行われた第71期王座戦五番勝負の第4局…

ここで勝って、五分に持ち込みたい永瀬王座は中盤から優勢を保ち続けていた…

AIによる勝率表示は100手を超えても永瀬王座が85%…

さらに、122手目で藤井が「5五銀」を指すと、永瀬王座の勝率は98%まで跳ね上がった…

ところが、それに、永瀬王座が「5三馬」で返すと勝率は一気に逆転……一時は勝率1%にまで追い込まれていた藤井が85%に。

永瀬王座は何度も頭をかきむしり、天を仰いだ…

一体、この時「盤面」に、どんなドラマがあったのか?

将棋AIの最善手を選ばない藤井マジック

解析を依頼したのは藤井八冠も研究に使っているという将棋AIソフト「水匠(すいしょう)」開発者の杉村達也氏…

杉村氏によると、やはり「5五銀」の直前までは…

将棋AIソフト「水匠」開発者・杉村達也氏
もう永瀬先生が勝ちだろうという局面だったと思います。

将棋AIソフト「水匠」開発者・杉村達也氏
藤井先生がどんな手を指そうとも勝ちだというところまできておりましたので、もうゲームとしては将棋AIの解析では終わっていた試合なのかなと思われます…

あの一手がなければ、完全に永瀬王座の勝ちだったと言うのだ。

では、そこに、何が起こったのか…?

将棋AIソフト「水匠」開発者・杉村達也氏
藤井先生が不利になった時に逆転する力っていうのは、相手を引きずり込むあやかしのようなと言いますか。そうですね“魔の一手”というふうに言ってもいいんじゃないかなと思いますね…

藤井が放った「魔の一手」とは?

それは、永瀬王座に頭を掻きむしらせた直前の一手だったという。

将棋AIソフト「水匠」開発者・杉村達也氏
藤井聡太先生がここの真ん中に銀を打ったところ、つまり5五銀という手を指したわけなんですけど…

藤井が指した「5五銀」… しかし、AIが示す候補手の3位にも入っていないのだ。

なぜ、この時、藤井はAIの最善手を選ばなかったのか?

例えば、AIの示す最善手である「2二玉」を指したとしよう。

その時、永瀬王座には3つほどの手が考えられるはずだが、どれを選んでも永瀬の優位は変わらぬままだ。

ところが、藤井が選んだ「5五銀」の場合、返し手は複数あるが、実は形勢が変わらない指し手はたったひとつしかない

つまり、それ以外を選べば形勢は一気に悪化してしまう一手だったのだ。

対局も終盤に入り、互いに1分という持ち時間の中で間違いのない一手を求められた場面

そんな中、ミスが出やすい選択肢を相手に与え惑わせる…それこそが、藤井流「魔の一手」だというのだ。

将棋AIソフト「水匠」開発者・杉村達也氏
本当に正解はあるけれども、発見しづらい手であったり、正解に見える手が他にもあるような場面を作り出すという形で、それはもう人間的な勝負術ですね

将棋AIソフト「水匠」開発者・杉村達也氏
罠を張る一手とか、相手を誘い込む一手、“魔の一手”というふうに言ってもいいんじゃないかなと思います

では、なぜAIは、それを最善手にしないのか?杉村氏の答えは…

将棋AIソフト「水匠」開発者・杉村達也氏
AIは、相手が間違えないことを前提にしておりますので、相手に間違ってもらおうという手は選択しないんですね…

そう、AIは相手もまた最善手を指してくることが大前提であり、人間が間違いを犯すことなど想定していない…

だからこそ、藤井はあえて人間を混乱させる手を指したのではないか…

しかも、その戦略は不利になった中盤から続けられ藤井は、絶えず相手に正解はひとつだけという手を指し続けたと杉村氏はいう…

将棋AIソフト「水匠」開発者・杉村達也氏
1個間違えたらいけないのに、何個も問題出されたら人間1回ぐらい間違えてしまうんじゃないですかっていうような逆転術ですね…

恐るべき、藤井八冠の「魔の一手」…

「魔の一手」は挑戦者トーナメントでも

それは、王座戦の挑戦者を決めるトーナメントでも現れていたという…

この時、藤井を追い詰めたのは関西の伏兵、村田顕弘六段…

この時、村田は、藤井を徹底研究した秘策を用意していた。

 その甲斐あって、終盤での村田六段の期待勝率は94%まで上昇…

村田六段自身も…

村田顕弘六段
評価値もすごい数字が出てたので、ファンの方は僕が勝ったと思ってくれてたと思いますが。(自分でも)勝っちゃったんじゃないの?ってちょっと思ったとこもありましたが…

Mr.サンデー取材班
これだけ追い詰めれば?

村田顕弘六段
うん…

ところが、その時、藤井が放った一手は「6四銀」

これもまた、AIが弾き出した候補手の中には入っていない手だった。

村田顕弘六段
読んでない手が飛んできたんで「勝ってそう」とか、そんなことを思えなくなりましたね…

村田六段が読めなかった一手… しかも、持ち時間が少なくなった終盤で。

混乱してしまった村田は、それでもAIの最善手から2番目の手を繰り出すが…

村田顕弘六段
なんか不思議な話なんですけど、指した瞬間に(良くないって)気づいちゃったんですね。持ち時間が残ってたら(最善手の)「4二金」に気がついたかどうかはわからないですけど…

まさに、その嫌な感覚通り、これまで98%だった勝率は70%にまで低下…

さらに、そこから4手先には…

村田顕弘六段
ちょっと感覚に頼っちゃいましたね。もう、読む時間がないので…

結局、村田六段の勝率は15%まで低下してしまう。

そして村田は…

村田顕弘六段
負けました…

この局面についても杉村氏は

将棋AIソフト「水匠」開発者・杉村達也氏
相手がミスをしてしまった…。もちろん、そういう場合もあると思うんですけど、ミスをさせたんだっていう藤井棋士の凄さだと思います

将棋AIソフト「水匠」開発者・杉村達也氏
相手をミスさせよう、させようとしてます不利な側は。その勝負術が素晴らしいのも藤井先生の特徴ということになると思います…

「魔の一手」は棋聖戦から…伝説の「3一銀」

相手のミスを誘い出す「魔の一手」…

それは、「八冠ロード」への第一歩、棋聖戦からすでに始まっていた。

渡辺明九段
まあ単純にスピードですかね。同じ問題を解くにせよ、それを他の人が1時間くらいかかるところを藤井さんは20〜30分

渡辺明九段
その計算のスピードっていうところでは、やっぱり、ちょっと今までの人よりもかなり速いというところはありますよね…

そう語るのは、当時、3つのタイトルを持ち現役最強と言われた渡辺明九段…

その第二局で、挑戦者藤井が見せたのは今や伝説と言われる「3一銀」という一手だった…

これもまた、AIの最善手として一切出てこない。

そこで、さらに計算を続けさせると…

将棋AIソフト「水匠」開発者・杉村達也氏
6億手読ませたのがこちらの図なんですけど、今まで五番手にも上がってなかった3一銀がピョンといきなり最善の手に表れたというところで、これはすごいことだと。6億手でようやく発見できた3一銀みたいな…

その6億手を藤井は、わずか23分で読んでいたのか?

そう考えるだけで恐ろしい「魔の一手」だった

渡辺は当時、敗戦後のブログにこう記していた。

「いつ不利になったのかわからないまま気が付いたら敗勢という将棋でした。」

渡辺明九段
それが最初、デビュー時はやっぱりそこがもう最大の特徴で、そこからいろいろ。ただの計算じゃない分野、もうちょっと将棋を理論的に考える分野っていうか、そういうところもどんどんどんどんトップレベルになっていって。今はそうですね、本当に全部のところでトップレベルにあるっていうところですよね…

こうして、渡辺からタイトルを奪い…今や、史上初の八冠として凱旋した藤井は

藤井聡太八冠
私が初めてタイトル戦に出たのが3年前だったんですけども。当時とやっぱり変わらず本当に1局指すごとにやっぱり課題が見つかるなということを感じているので、やっぱりその課題に対して意識的に向き合って、これからも少しでも実力を高めていけるように取り組んでいきたいと思います

彼ひとりだけに見えている前人未到の景色とは一体、どんなものなのか…

(「Mr.サンデー」10月15日放送より)