世論調査は信用するな
「デュカキスからバイデンへの忠告:世論調査は信用しない方が良い」
米ボストン・グローブ紙電子版3日付けの論評記事見出しだが、久しぶりにデュカキス氏の名前に接して懐かしかった。
マイケル・デュカキス氏は元マサチューセッツ州知事で、1988年の大統領選に民主党の候補として共和党のジョージ・ブッシュ(父)候補と争ったが、私はデュカキス氏の遊説用の飛行機に同乗して密着取材をした。

というのも、この年はロナルド・レーガン大統領の二期8年の任期が終わり、米大統領選の慣いで次は民主党の番だと勝手に考えたからだった。事実デュカキス氏は知事時代の経済政策の成功が評価されて順調に支持を伸ばし、7月にはブッシュ候補にギャラップの調査で55%対38%で大きく引き離し、私も「勝負はついた」と早合点して日本に一時帰国した。

ところがである。9月に再度米国を訪れると形勢は逆転してブッシュ候補がリードをしており、そのまま11月の選挙では選挙人獲得数で426人対111人と大差でブッシュ大統領の誕生となった。

その大逆転についてデュカキス氏は「7月の世論調査は当てにならない」とボストン・グローブ紙の論説寄稿者アレックス・ビーム氏にこのほどメールで伝えたことが冒頭の見出しの記事になったのだ。
デュカキス氏にとっての致命的なこと
同記事によれば、その2ヶ月間にデュカキス氏にとって致命的なことが二回あった。
まず8月始め、レーガン大統領が記者会見でデュカキス氏について「僕なら障害のある人には投票しないね」と言ったことだ。
実はデュカキス氏については、過去に精神的な疾患で治療を受けたことがあるのではないかという噂が広まり、レーガン大統領はその問題について記者からの質問に答えたものだった。

デュカキス陣営は直ちに同氏の医療記録を公表して否定し、レーガン大統領も「あれはジョークだった」と弁明したが、この発言で「支持率を8%は失った」とデュカキス氏は言っている。
この教訓は今に通ずるものがある。バイデン氏は最近の集会で「米国では新型コロナウイルスの死者が120万人以上にのぼる。120万人以上ですぞ!なんと・・」と語った。言うまでもなく感染者数と取り違えたわけだが、バイデン氏には失言が多く世論調査会社「ラスムッセン」の調査では米国の有権者の38%が77歳の同氏は認知症にかかっていると考えている。今後選挙戦が激化すると、共和党側から「障害のある人には投票しない」という発言が出てくることは十分予想できることだ。

そして32年前には「ネガティブ・キャンペーン(誹謗中傷作戦)」の典型とも言われるテレビCMがあった。
デュカキス氏は知事時代に収監中の受刑囚に一時的な保釈を認めたが、その制度で保釈された殺人囚が男女を襲い暴行殺人事件を起こしたことがあった。ブッシュ陣営はこれをテレビCMに仕立てて「デュカキスは犯罪に手ぬるい」と訴えた。
このCMは、殺人犯ウィリー・ホートンのおぞましい顔をアップで見せ続けて恐怖心を煽るもので、デュカキス氏に決定的な打撃を与えたと言われている。
歴史は繰り返すのか
今回、トランプ陣営がバイデン氏に対して「ネガティブ・キャンペーン」を展開する材料には事欠かない。中でもバイデン氏の次男が中国やウクライナから資金援助を受けていた疑惑は様々な形で使われるだろう。
現在、バイデン氏はトランプ大統領に対して50%対38%(フォックスニュース調査)で大きくリードしているが、 デュカキス氏はこう警告する。
「バイデンは勝つことができるし勝つべきだが、支持率50%では、対立候補がいかに弱くとも成功する保証にはならない」はたして歴史は繰り返すのか?
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】