親のむし歯の原因菌を子どもに感染させないように、親子での食器の共有を避けている人は多いことだろう。

そんな中、日本口腔衛生学会がHP上に「乳幼児期における親との食器共有について」という文書を公開し、科学的根拠は必ずしも強くないとした。

以前から、親から子どもへのう蝕(編集部注:うしょく=むし歯)原因菌の感染を予防するために、親とスプーンやコップなどの食器の共有を避けるようにとの情報が広がっています。しかし、食器の共有をしないことでう蝕予防できるということの科学的根拠は必ずしも強いものではありません。

(画像はイメージ)
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この根拠として次の3つの研究結果があるという。

・親からの口腔細菌感染は食器の共有の前から起こっている。
・う蝕の原因菌は、食器共有によって感染するミュータンスレンサ球菌(ミュータンス菌)だけではない
・食器の共有に気を付けていても、子どものう蝕に差はなかった

そして、子どものむし歯予防には、砂糖の摂取を控え、親が毎日仕上げみがきを行い、フッ化物を利用することが重要だとしている。

日本口腔衛生学会がこのようは発信をしたのは、今年(2023年)、親の唾液に接触することが子どものアレルギーを予防する可能性を示す研究内容が報道されたことが関係するという。

その際に「親の唾液からむし歯の原因になるミュータンス菌が子どもに感染するリスクを高める」との報道もあったことから、正確な情報を伝えようと最新の知見を発表したとのことだ。

なお学会が言及した、親子の唾液接触が子のアレルギーを軽減する可能性を示す研究については、編集部でも過去に取材している。

(関連記事:親の唾液がついた“おしゃぶり”が子どものアレルギー抑制に!?虫歯リスクなど気になる点を研究者に聞いた

では実際、子どものむし歯予防の最新の知識はどのようなものだろうか。文書のポイントを解説してもらいつつ、日本口腔衛生学会に聞いた。

食器共有と子どもの虫歯に「関係が見られなかった」

――「親子で食器の共有を避けるように」という情報は最新の研究で否定されたということ?

親のミュータンス菌が子どもに感染することは多くの研究で支持されており、現在も変わりません。そのため、「親と子との食器の共有を避けるように」という情報が日本では出ていました。ところが、「親子で食器の共有をしないように気を付けていれば感染が予防でき、むし歯が減るかどうか」には十分な研究がありませんでした。むし歯予防のエビデンスという観点ではここが大事になります。

いくら基礎的なメカニズムを支持する研究が存在したとしても、実際の人の病気の予防や発生に関係するかどうかは、人の病気の発生に関する研究が重要になります。

このような研究としては、日本における約3000人の3歳児の横断研究で、親が子と食器の共有を避けて感染を気を付けていることと、子どものむし歯に統計学的な関係が見られませんでした。

感染に気を付けている親は他にも歯に良い行動をとっていた?(画像はイメージ)
感染に気を付けている親は他にも歯に良い行動をとっていた?(画像はイメージ)

この研究では、感染を気を付けている親は、他の行動も良い可能性が高いことを考慮して分析をしています。海外では、感染することは認識されていますが、「親と子との食器の共有を避けるように」という情報発信はあまりされていないようです。

なぜ、関係がみられなかったのか、これについては文章にありますように、細菌感染の時期や原因菌が複数であることなどが理由として考えられます。

親による仕上げ磨き(画像はイメージ)
親による仕上げ磨き(画像はイメージ)

――子どものむし歯予防には、食器を共有しないことよりも、砂糖の摂取を控えること、親の仕上げ歯磨きによる歯垢除去、またフッ化物を利用することのほうが大切だということ?

はい、現段階のエビデンスとしてそう考えられます。

ハミガキは「フッ化物配合」を選んで

――利用を推奨している「フッ化物」とはどのようなもの?どのように取り入れるのがよい?

フッ化物はフッ化物イオンが含まれる化合物で、水の中でフッ化物イオンとして存在しています(フッ素樹脂やPFASとは異なります)。1940年代からアメリカではむし歯予防に利用されています。子どもには、歯科医院でのフッ化物塗布と、フッ化物配合歯磨剤(ハミガキ)での利用がおすすめです。

日本では普及が遅く、フッ化物配合歯磨剤が普及していないころには、「歯磨剤は使うな」という教育が普通でしたが、状況は変わっています。最近では母子健康手帳に、歯にフッ化物(フッ素)の塗布やフッ素入り歯磨きの使用をしているかどうかという質問が入れられています。

歯磨剤にフッ化が配合されているかチェックしてみよう(画像はイメージ)
歯磨剤にフッ化が配合されているかチェックしてみよう(画像はイメージ)

――歯磨剤(ハミガキ)の選び方のポイントは?

「フッ化物配合」のものを選んでください。またフッ化物の濃度は5歳までは950ppm程度のものを、6歳以上は1450ppmのものがおすすめです。

フッ化物の歯磨剤配合成分は、薬用成分としてフッ化ナトリウム、または、モノフルオロリン酸ナトリウム、と記載されています。フッ素の配合量の合計が1000ppmを超える製品には、(日本歯磨工業会の自主基準として)1450ppmなどとフッ素濃度が記載されています。

しかし、それ以外は、メーカーや製品によって記載されているかどうかはまちまちで、実態として記載されている製品はとても少ないです。濃度により予防効果や使用年齢が異なるため国際的には濃度を記載することが標準的であり、日本でも濃度の記載の義務化が求められます。

唾液接触の常識は今後も変わる可能性も

――最後に、「アレルギー予防」を目的に親の唾液を子に積極的に接触させることについて、口腔衛生の観点からの見解は?

これまで、積極的な親の唾液への接触は、口腔衛生の観点からは推奨されていません。しかし一方で、過剰に唾液への接触を心配しても、感染予防が本当にできるかはわかりませんので、厚生労働省や歯科の学会から親の唾液への接触を禁止するような情報発信も、それほどされていないかと思います。

ただ、アレルギー予防のエビデンスがよりしっかりと確立してくるようになれば、積極的な接触を推奨する流れに変わる可能性はあります。



親子での食器の共有について、学会としては「できるだけ共有しないにこしたことはないが完璧に分けなくてもいい」とのことだった。

それよりも子どものむし歯予防には、食器共有を避けるよりも、砂糖の摂取を控えることや、親の仕上げ磨き、フッ化物の利用に力を入れることが重要だという。これまで食器の共有に神経質になりすぎていた人は少しは安心できるかもしれない。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。