バイデン政権の経済政策に怒りをぶつけるカントリーソングが音楽配信サイトなどで爆発的な人気を呼び、2024年に大統領選を控えるワシントンを揺さぶっている。

8月8日、動画共有サイトYouTubeに「Rich Men North Of Richmond(訳:リッチモンドの北にいる金持ちたち)」というカントリーソングがアップロードされた。

【「Rich Men North Of Richmond」YouTubeより】

この動画は最初の3日間で視聴回数が500万回に達するほど人気を集め、米アップル社のコンテンツ配信サービス「iTunes」ではダウンロード数でカントリーソング部門のトップに躍り出た。

リッチモンドの北=首都ワシントン

この曲は、オリバー・アンソニーという無名のシンガーソングライターの作詞作曲で、サビの効いた声でこう歌いだす。

「俺は魂を売ってきた、一日中働いて
くだらない給料の残業時間のために
ここに座って人生を無駄に過ごしているのだ
家に引き返せば悩みは忘れられる」

歌の冒頭を聞くと生活の苦しさを訴えているように思えるが、責めるのは経営者や資本家ではない。

「ああ、世界がどれだけひどくなったか悲しいことだ
俺みたいな人間や君たちみたいな人にとって
目を覚ましてそれが本当でなければいいのにと思う
でもそれは、ああ、それは本当さ

新しい世界に生きながら、古い魂を持っているリッチモンドの北にいる金持ちたち
彼らはみんな、全体的な支配がしたいのだと神様は知っている
君が何を考えているか知りたがっている
君が何をするか知りたがっている
彼らは君が知らないと思っている
でも俺は君が知っていると分かっている」

「リッチモンドの北」といういうのは、バージニア州リッチモンド市の北約100キロの、首都ワシントンDCに他ならない。この歌は「ワシントンの金持ちたち」つまり政治的、経済的支配者たちが国民を搾取していると歌っているのだ。

“リッチモンドの北”首都ワシントン
“リッチモンドの北”首都ワシントン
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「君のドルはくだらないものじゃあないのに、無限に課税されている
リッチモンドの北にいる金持ちたちのせいで

政治家たちが炭鉱作業員たちのことを考えてくれればいいのにと思う
どこかの島の未成年者だけでなく」

この一節は解説が必要だ。

2010年代、実業家で性犯罪者のジェフリー・エプスタイン被告(故人)がバージン諸島の島に若い女性多数を連れ込み、ビル・クリントン元大統領ら有力者を招いて接待させていた事件の未成年者たち(マイナーズ・minors)のことを心配をするだけでなく、民主党政権が環境保護を名目に炭鉱を閉鎖して失業した炭鉱作業員たち(マイナーズ・miners)のことも心配してほしいという韻を踏んだ皮肉なのだ。

怒りの矛先はバイデン政権の経済政策

「全く何も食べるものがない人々が街にいる
そして太った人々が福祉をもらっている

神様、もし君が身長5フィート3インチ(約1メートル60センチ)で体重300ポンド(約140キロ)だとしたら、君のファッジラウンド(チョコケーキ)のために税金は使われるべきではない

若い人たちは自ら地面の6フィート下に埋もれる(自殺する)
なぜなら、この国はただ彼らを蹴落とし続けるからだ

ああ、世界がどれだけひどくなったか悲しいことだ
俺みたいな人間や君たちみたいな人のために
目を覚ましてそれが本当でなければいいのにと思う
でもそれは、ああ、それは本当さ

新しい世界に生きて、古い魂を持っているリッチモンドの北にいる金持ちたち
彼らはみんな、全体的な支配がしたいのだと神様は知っている」

オリバー・アンソニーは自ら工場労働者の出身で、その苦しい生活を怒りに変えて歌にぶつけたわけだが、その矛先は真っ直ぐにバイデン政権の経済政策に突きつけられている。

「これは、この国と世界を自分たちが苦労して稼いだ税金と信じられないほどの努力で真に支えている、忘れられたアメリカ人の讃歌です。この歌は私の選挙区と、私が知っている愛するアメリカの人々を代表しています。私は忘れられた人々のために戦います」

米下院共和党でも超保守派と知られるマージョリー・テイラー・グリーン議員(ジョージア州)は歌が発表された3日後に、X(旧ツイッター)にこうアップした。

その一方で、いわゆる進歩派の論客は手厳しい。

「ストリーミング・サービスに登場したばかりの新しいカントリー・ソングに右翼のインフルエンサーたちが狂喜乱舞している。『リッチモンドの北にいる金持ちたち』は、バージニア州ファームビルで3匹の愛犬と暮らす農民オリバー・アンソニーが歌う、情熱的だが長く退屈な国への批判だ」(ローリング・ストーン誌電子版11日)

2024年の米大統領選を控えて、共和、民主両陣営が世論の動向に神経を尖らせている時に、この歌のYouTubeの視聴回数はこれを書いている時点で4300万回を超えた。

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】 

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。