先端半導体をめぐる“覇権競争”に拍車が掛かっている。

2022年10月、バイデン政権は先端半導体が軍事転用されるのを防止するため、同分野における対中輸出規制を発表した。加えて、先端半導体の製造装置で高い世界シェアを持つ日本とオランダに対し、米国は2023年1月に、同規制に同調するよう呼び掛けた。

これを受け、日本は3月に米国と足並みを揃えることを発表し、7月下旬に先端半導体関連23品目で対中輸出規制を開始した。オランダも今後実行に移すが、軍の近代化のため先端半導体を獲得する必要がある中国は、米国主導の輸出規制に不満を募らせている。

対立相手を“米国+α”と捉える中国

中国は8月から、半導体の材料となる希少金属ガリウムとゲルマニウムの輸出規制を開始した。中国は世界のガリウム生産の9割、ゲルマニウム生産の7割を握っているという。

中国政府は、特定国を標的としたものではないとの見解を示しているが、米国主導の輸出規制に対する報復であることは間違いないだろう。

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また、ガリウムとゲルマニウムの輸出規制について、共産党系の機関誌は7月、“米国とその同盟国は、中国による輸出規制に込められた警告に耳を傾けよ”と題する社説を掲載したが、中国は2021年6月に可決した反外国制裁法の中でも、“外国による中国への不当な制裁に第三国も加担すれば、中国はその第三国にも報復できる”と明記している。

つまり、中国は経済や貿易の領域でも対立相手を“米国+α”と捉えようとしている。今後、半導体覇権競争がいっそう激しくなれば、中国の対日姿勢もいっそう厳しくなるだろう。従来の米中貿易摩擦に、日本が巻き込まれないよう注意を払っても、中国側がその領域に日本を含めて解釈するようになれば、日本経済への影響は避けられない。

一方、筆者は今日、日本はもう1つのリスクを考える必要があると考える。

中国は日本にとって最大の貿易相手国

このような経済安全保障、デカップリングやデリスキングについての議論では、基本的に我々は、“米国を同陣営に置き、対立軸に中国を置く”という前提で様々な議論を展開し、有効な対策を練ろうとする。先端半導体分野では、今後さらに対立がヒートアップしそうな状況だが、日本はその前提で最善策を模索していくことになろう。

しかし、国家としての日本にとって、軍事安全保障的な日米同盟がマストな存在である一方、我々は経済安全保障的な日米同盟を模索するべきではない。

日本は軍事安全保障的に中国との連携は当然ないが、中国は日本にとって最大の貿易相手国であり、総合的な実益を考慮すれば、経済安全保障分野における日米同盟化には一線を画す必要がある。

そのリスクを臭わせる動きが最近見られる。

例えば、バイデン大統領は8月9日、半導体とスーパーコンピューター、人工知能の先端3分野における中国向けの投資を規制する大統領令に署名した。これは2022年10月の先端半導体輸出規制の続編になるものだが、前回が“モノの流れを規制するもの”で、今回は“カネの流れを規制するもの”だ。

投資規制の狙いは、米国の企業や個人からの投資が中国の軍事力向上に繋がらないよう歯止めをかけることだが、禁止投資先には香港やマカオも含まれる。違反した企業や個人には罰則も科され、かなりの厳しい措置となっている。

そして、日本との関連では、バイデン政権はこの投資規制でも、日本などの同盟国や友好国に足並みを揃えるよう呼び掛けていることだ。ホワイトハウス高官もこれを認めている。

だが、バイデン政権が、半導体分野で対中規制をさらに強化することに、米半導体業界からは懸念の声が広がっている。

半導体大手は対中規制の“緩和”求める

大手半導体企業の経営者たちは、半導体業界のグローバルで公正なビジネスが脅かされており、かえって米半導体業界を衰退させるとして、バイデン政権に対して対中規制を緩和するよう求めている。

実際、米国半導体大手のインテル、クアルコム、エヌビディア3社のCEOらは7月、ワシントンで米政府高官や議員らと会談し、そのように求めたという。

21世紀以降、中国が政治的・経済的・軍事的に台頭するにつれ、これまで世界を主導してきた米国は、中国への警戒心を強めるようになった。戦後の世界秩序は、いわば米国が権力の中心にいる環境の中で構築されてきたものであり、今日の中国は、その現状変更を求めて米国との対立を深めている。

米国の中には、中国との貿易によって、国内産業や雇用状況が悪化したとの警戒感があり、今日の米国は如何にして、自国の経済や利権を守るかを最優先で考えている。中国への焦りや警戒感を強める今日の米国は、中国への貿易規制を拡大させているが、今後は経済安全保障を過剰利用する形で保護主義的な動きを加速化させる可能性もあるのだ。

筆者は、今後米国の対中規制が純粋な経済安全保障の領域を超え、中国封じ込め政策の色彩が濃くなることを懸念している。安全保障上の理由に基づき、ホワイトハウスが先端半導体分野で規制を強化する一方、米大手半導体企業CEOらが過剰な規制を懸念するのは、その一環だろう。

経済安全保障という範囲で、筆者は日本が米国と足並みを揃えるべきだと考える。先端半導体が中国軍のハイテク化に利用されれば、日本周辺の安全保障環境はいっそう厳しくなる。

しかし、日本が米国の保護主義的な動きに追従する必要はなく、中国封じ込め政策には距離を置くベきであり、その部分において日本は独自の路線を追求すべきだろう。経済安全保障の過剰利用と米国の保護主義化、それによる中国封じ込め政策に日本は注意を払うべきだろう。

【執筆:和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415