食卓に欠かせない海産物。刺身や煮魚、寿司など、私たちはざまざまな形で魚を楽しんでいる。

長年、豊富な種類の魚介類を安価に消費してきたが、今後はそうは言っていられない状況が起きている。

魚食文化における影響力は健在ながらも、日本は経済力やルール面で国際的に後れを取り始めているのだ。

日本、そして世界の海で起こっていること、輸入される海産物の現状などを水産アナリスト・小平桃郎さんの著書『回転寿司からサカナが消える日』(扶桑社)から一部抜粋・再編集して紹介する。

輸入依存度の高い魚種「サバ」

水揚げ量の減少や価格の高騰、国際的な資源管理などの動きから、サンマが気軽に買えない魚となっています。

その中で、量販店などではサバの商品ラインナップを充実させ、サンマの代替として「秋の味覚」とする動きもあります。

しかし、そのサバさえも近い将来、気軽に食べられなくなるかもしれません。

輸入依存度の高い魚種のひとつであるサバ(画像:イメージ)
輸入依存度の高い魚種のひとつであるサバ(画像:イメージ)
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日本の近海魚を代表する魚のひとつであるサバですが、実は輸入依存度が高い魚種のひとつです。農林水産省の統計から概算される、2021年の日本国内のサバの消費量は約28万トン。

うち国産は4割にとどまっており、残りは外国産で、輸入の7割を占めるのはノルウェー産のタイセイヨウサバ。

コンビニの弁当や飲食チェーンの定食に使われているサバのほとんどがノルウェー産で、スーパーで加熱用として売られているサバの切り身の多くも同国産と言ってもいいでしょう。

とはいえ、味であれば国産のサバも負けないはず。サバは簡単に釣れる魚であり、狙ってもいないときにも食いついてくるほどなのです。資源量が枯渇しているようにも思えません。

しかも、2022年9月の冷凍サバの卸値(フィーレ)を見ても、ノルウェー産はキロ当たり650~1200円。国産は680~700円程度(大阪本場市場市況データ)。むしろ国産のほうが安いくらいなのです。

「早い者勝ち」な日本の漁業システム

なぜ、日本は8000キロ以上も離れた国から、サバを輸入しているのでしょうか。

一番の理由は、ノルウェー産のほうがサイズが大きいからです。

ノルウェー産の場合、1匹当たり300~600グラムで脂肪率30%以上ですが、国産の場合は200~300グラムが中心で、脂肪率も20%程度といわれています。

サイズの違いは品種の問題だけではありません。

タイセイヨウサバは脂の乗りが良く、煮魚や焼き魚に向いていますが、それはサイズが大型になるよう、水揚げ時期がノルウェー政府によってコントロールされているからです。

そこには、日本の海洋資源管理の構造的な問題があります。

1996年に国連海洋法条約への批准に際して制定された「海洋生物資源の保存及び管理に関する法律(TAC法)」に基づき、水産庁はサバやサンマ、クロマグロなどといった「特定水産資源」の漁獲枠(獲ってもいい数量の上限)を毎年設定しています。

漁期に入ると、国内の漁業者は「ヨーイドン!」で漁獲を始め、水揚げ総量が上限に達した時点で打ち止めとなります。「早い者勝ち」な、この資源管理法はオリンピック方式、またはダービー方式と呼ばれています。

しかし、これには問題があり、すべての漁業者が「上限が来る前にできるだけたくさん獲ろう」と思うため、魚が旬を迎えるのを待たずに、漁獲枠の大部分を獲ってしまうのです。

日本は魚体が成長する前に水揚げしてしまうため脂の乗ったサバが獲れない(画像:イメージ)
日本は魚体が成長する前に水揚げしてしまうため脂の乗ったサバが獲れない(画像:イメージ)

サバでいえば、魚体が成長し脂が乗るのを待たずに、水揚げされてしまう。

日本でサイズが大きく脂が乗ったサバが獲れない原因のひとつはここにあります。これは漁業者の収益性の面でも不利です。

さらにこのオリンピック方式には、魚が未成魚のまま水揚げされてしまうものも出てくるため、漁獲枠が逆に漁業の持続可能性の障害となります。

サバは近海魚の中では長寿で知られています。寿命が長いぶん、成魚となるにも時間がかかり、生殖ができるようになるまで2~3年がかかります。

このままでは、国内におけるサバの漁獲枠をますます削減しなければいけない可能性もあります。世界のサバの漁獲量は右肩上がりですが、日本では40年で約3分の1にまで激減しています。

世界でも需要が伸びる海産物

一方で、ノルウェーをはじめとする欧米諸国では、それぞれの漁業者ごとに漁獲枠を付与する個別割当方式(IQ方式)を採っています。

それぞれの漁業者が、魚の旬を待ってから漁を本格化させるので、大きく成長した魚を効率よく獲ることができ、サステナブルであるといえます。ノルウェー産のサバがどれも大ぶりで脂が乗っている理由もここにあります。

日本がオリンピック方式による水産資源管理を改めない限り、サバに関してはノルウェー依存から脱却することはできないでしょう。

それだけではありません。今、サバは世界的にも需要が増えている魚種のひとつです。

最も大きなライバルは韓国。韓国はノルウェー産サバを最も多く購入(総額約173億円)し、日本の輸入額は約160億円(2021年度、ノルウェー水産庁)。ベトナムがこれに続いています。

今、世界市場で人気が高いのはマグロやサーモン、ブリなど、脂肪分の多い魚。ノルウェー産サバもこの条件に合致し、今後はこれらの国々以外においても需要が伸びることが予想されます。

アフリカでもサバを食べる習慣が根づきつつある(画像:イメージ)
アフリカでもサバを食べる習慣が根づきつつある(画像:イメージ)

そして鍵を握るのがアフリカ市場。もともと海産物の消費量が多くないですが、ここ10年ほどの間でサバ缶が浸透し、サバを食べる習慣が根づきつつあります。

アフリカ諸国が今後発展して購買力が上昇すれば、サバの国際価格はますます上昇し、ノルウェー産もこれまでのように安定的には日本に入ってこなくなるかもしれません。

財務省貿易統計を見ると、値上がりはすでに始まっています。

ノルウェー産サバの価格上昇の一因となったといわれているのが、イギリスのEU離脱です。かつてイギリスがEUの一員だった時代には、ノルウェー漁船はイギリスの海域でもサバ漁が可能でしたが、ブレグジット以降はそれが不可能になりました。

2016年にイギリス国民が取った決断が、日本のサバ弁当の値段を変えてしまうかもしれないのだから、やはり世界は海でつながっているのです。

『回転寿司からサカナが消える日』(扶桑社)
『回転寿司からサカナが消える日』(扶桑社)

小平桃郎
東京・築地の鮮魚市場に務める父の姿を見て育つ。大学卒業後、テレビ局ADを経て語学留学のためアルゼンチンに渡り、現地のイカ釣り漁船の会社に採用され、日本の水産会社との交渉窓口を担当。2005年に帰国し、輸入商社を経て大手水産会社に勤務。2021年に退職し、水産貿易商社・タンゴネロを設立。水産アナリストとして週刊誌や経済メディア、テレビなどに寄稿・コメントなども行っている。

小平桃郎
小平桃郎

東京・築地の鮮魚市場に務める父の姿を見て育つ。大学卒業後、テレビ局ADを経て語学留学のためアルゼンチンに渡り、現地のイカ釣り漁船の会社に採用され、日本の水産会社との交渉窓口を担当。2005年に帰国し、輸入商社を経て大手水産会社に勤務。2021年に退職し、水産貿易商社・タンゴネロを設立。水産アナリストとして週刊誌や経済メディア、テレビなどに寄稿・コメントなども行っている。