7月6日のパドレス戦に、前半戦最後の二刀流で先発出場した大谷選手。
しかし6回、2者連続ホームランを浴びるなどし、マウンドを降りた。

前回の登板で割れた爪が治りきっておらず、力が入りづらかったという。ピッチャーにとって爪はどれだけ重要なのか。

アスリートの指先ケアを専門とする、大塚裕司さんに聞いた。

投球動作を可能にするのは“爪”

ーー爪の役割とは?

爪はとても大切な役割を担っています。

手であれば、爪があるから物を掴むことができます。爪は指先の細かい動きを可能にしていて、爪がないとお箸は上手に使えません。

アスリートネイルトレーナー 大塚裕司さん
アスリートネイルトレーナー 大塚裕司さん
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足の場合は、爪がないとまっすぐ歩くことが難しいと言われています。
体重のバランスを支えるなど、指先の力加減をしっかりと体で認識するために非常に重要な役割を果たしています。

手の指の骨は指先まで届いてなくて、指の先端は骨をお肉が包むような感じでプニプニしています。
ですので指の腹からかかる力、例えば、ボールを握る時や投げる時の力は、指先では骨の代わりに爪が支えていて、投球動作を可能にしています。

ーー投手にとって爪にかかる負荷はどれくらい?

実際に何キロぐらいの力がかかっているといった数値化されたデータは特にありませんが、投球動作において普段だと骨が支えている部分が、指先になったら爪が支えるという形になるので、骨と同等の力がかかっていると解釈できます。

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私たちの実験や研究でわかっていることは、例えば、爪が「先端」まである状態と、「深爪」の場合のピッチング動作を比べると、投球速度はだいたい3~5キロ落ちますし、回転数はrpm(revolutions per minute・回転毎分)という尺度で測ると、1分間で60~80回転落ちる結果が出ています。

ですので投球で考えると、爪が短かったり、割れた状態だと、指の腹からかかる力を爪が受け止めきれません。

指で受け止めた力を跳ね返すことで、ボールに球威が生まれるので、爪が先端まで適切にある状態で投げることが、投手にとってパフォーマンスを左右する重要な要素になってきます。

二刀流に適した“爪の形”

2022年8月、登板の前日にベンチでやすりを使って丁寧にツメのケアをする様子がみられた大谷選手。

大塚さんは、二刀流ならではの爪のケアの難しさがあるのではないかと指摘する。

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ーー二刀流だと他のピッチャーよりも負荷が大きい?

すごく曲がるカーブのスイーパーは、指先と爪でしっかりとボールに回転をかけていく力が強くないとあれだけの変化は生み出せないので、通常のプロ野球投手とは違った大きな力のかかり方が起きていると思います。

日常生活の中でも、爪切りをすることで、目には見えない細かい亀裂が爪にいっぱい入ります。

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亀裂は、摩擦や乾燥から起きることが非常に多いのですが、投手の場合、ボールを触れば触るほど、指先の皮脂がボールに取られてしまいますし、マウンドに置いてあるロジンバッグという白い粉を触ることでも指先の乾燥は進みます。

一試合登板して、投げきった後は、目には見えず、痛くなくても、爪には無数の細かい傷、二枚爪の赤ちゃんみたいなものが結構多くできている可能性があります。

それを適切にケアしないと、ふとした拍子に割れにつながってしまうのが大きなポイントです。

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ーー球数が増えていくと突然割れることもある?

汗をかくことで体内の水分量がどんどん失われますが、爪は指先の皮膚から絶えず水分を受け取って、爪の上から蒸発しています。

大元になっているのは、自分自身の体内の水分量なので、回を重ねることによって爪からは水分や柔軟性が失われ、投球数によって乾燥の程度も進み、7回、8回と後半のイニングになってくると負荷が高くなってきます。

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ーーバッティングも加わると負荷はさらに増す?

そう考えられます。

ピッチングだとストレートが強い投手、変化球が強い投手などいろいろなタイプがありますが、それぞれによって爪が割れる位置とか、負荷がかかる場所が異なってきます。

私たちが選手のケアをする時は、その人に合った爪の形を整えていきます。

例えば、ストレートを違和感なく投げられる爪の形を整えます。
ここにバッティングが加わると、投球には適切な爪の形でも、バッティングではインパクトの瞬間に指先で爪が当たるのを感じてしまうことがあります。

バッティングが加わることで、負荷がさらに高くなるため、二刀流でやっていく大谷選手が苦労するポイントだと思います。

爪はパフォーマンスを左右する“武器”

深爪や爪割れ、さらにマメは投手にとって、コントロールや回転数に大きな影響を与えるという。

そのため大塚さんは、グローブのメンテナンスを行うように、爪も毎日ケアすることが良いパフォーマンスを継続するコツだと話す。

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ーーピッチャーは爪割れに加えマメもできやすい?

体質によって爪が硬くて、割れたことがないとう投手もいるし、爪は弱いけど指先にあるマメが爪の役割を補って、しっかり投げれるという人もいます。

投げ込んでいくことによって、トラブルが爪に現れるか、マメに現れるかは二分されますが、注目したいのは、爪のトラブルがマメにつながるケースもあるし、逆にマメのトラブルが爪割れにつながるケースもあることです。

自分のタイプを把握しながら指先をケアして、コンディションを整えることが非常に重要になります。

ーー大谷選手のように爪とマメが同時に悪化すると?

投球感覚が狂ってしまうと思います。

今まで爪にしっかりかけて投げていたのが、爪がちょっと割れてしまったことで、指先の皮膚に負担が行き、そこが硬くなって小さなマメができたんだと思います。

ボールをリリースする場所が、爪から皮膚にかわってくると自分の中で投げている感覚が少し変わってきて、投手だとコントロールや回転数に現れてきます。

それをカバーしようとして無理に投げようとすると、今度はフォームが崩れてしまうことにもつながりかねないので、違和感は指先にも起こりえるということをしっかり認識して行くことがまずは大切だと思います。

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ーー爪の役割は非常に大きいんですね。

野球では走るという動作もありますが、足の爪の状態がしっかりしていないと、踏み込みがうまくできなかったり、蹴り出し力が弱くなったりすることがあります。

日常生活でもスポーツでも、歩く、走る、飛ぶ、つかむ、投げるは全て指先で行うので、しっかりと最後の力を放つために指先のコンディションを整える必要があります。

そうしないと、知らない間に自分のパフォーマンスを低下させてしまうことにもつながります。

ーー改めてピッチャーにとって爪とは?

自分のパフォーマンスを左右する1つの“武器”だと思います。

爪の形や長さが狂うと、投球のコントロールがスムーズにいかず、球威もつかなくなり、パフォーマンスが発揮できずチームに貢献できなくなります。

グローブのメンテナンスを行うように、爪も自分のコンディションと向き合って毎日メンテナンスすることが良いパフォーマンスを継続するコツになります。