セミは、オスのみが鳴き声を発する昆虫なのだが、その中でも「ツクツクボウシ」の鳴き声は2パートに分かれていること、ご存じだろうか?

1つは「オーシンツクツク」、もう1つは「ツクリヨーシ」だ。

「オーシンツクツク」と聞こえるパート(前半パート)から、鳴き終わる直前に「ツクリヨーシ」と聞こえるパート(後半パート)へと途中で変化するという、極めて珍しい特性を持っている。

ツクツクボウシのオスの鳴き声【(C)Takeru KODAMA】
ツクツクボウシのオスの鳴き声【(C)Takeru KODAMA】
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⼀⽅で、鳴き声を途中で変化させることの⽣物学的意義は、これまで明らかになっていなかった。

こうした中、九州⼤学⼤学院システム⽣命科学府の博⼠学⽣・児⽟建⽒らの研究グループが、ツクツクボウシの鳴き声の「オーシンツクツク」パートと「ツクリヨーシ」パート、それぞれをスピーカーで再⽣し、捕獲したツクツクボウシのオスに聞かせる実験を⾏い、その研究成果が5月29日、Wiley-Blackwell 社の雑誌「Entomological Science」にオンライン掲載された。

研究グループによると、ツクツクボウシでは、オスが鳴いている際に近くにいる別のオスが「ギーッ」という“合の⼿”を⼊れることが知られている。

こうした⾏動に着⽬し、異なる⾳声データを再⽣して、“合の⼿”の頻度を⽐較したところ、ツクツクボウシのオスは「オーシンツクツク」パートを含む⾳声に、より多く“合の⼿”を⼊れて、応答した。

ツクツクボウシのオス【(C)Takeru KODAMA】
ツクツクボウシのオス【(C)Takeru KODAMA】

今回の発⾒について研究グループは「『オーシンツクツク』と『ツクリヨーシ』それぞれに対するオスの応答が異なることを解明」としている。つまり、「オーシンツクツク」と「ツクリヨーシ」が異なる意味を持つかもしれない、ということを初めて実証したということだ。

では、この研究結果はどのような意義があり、どのようなことの解明につながるのか? また、今後は、ツクツクボウシのどのようなことを明らかにするために、どのような実験を行おうと考えているのか?

研究グループの九州⼤学⼤学院システム⽣命科学府の博⼠学⽣・児⽟建さんに聞いた。

セミの生態は分かっていないことが多い

――ツクツクボウシを研究テーマにした理由は?

私は、幼い頃から近所で虫を捕まえて遊ぶのが好きな、虫とり少年でした。その頃から「セミはとても身近な生き物だけれど、その生態については分かっていないことが多い不思議な生き物でもある」ということを、図鑑で読んで知っていました。

昆虫の研究をすることを志して、大学に進学し、研究室配属の際に「セミの生態の研究がしたい」と、当時の指導教員である粕谷英一博士(大阪公立大学大学院理学研究科 客員研究員)に相談しました。

研究相談の中で、ツクツクボウシの鳴き声が途中で変わることの意義がまだ分かっていないことを知り、面白いテーマだと思い、研究することにしました。


――セミはオスのみが鳴き声を発する理由としては、どのようなことが考えられる?

オスのみが鳴くのは一般的に、メスを呼び、交尾のペアを作るためだと考えられます。カエルやコオロギなども、同様の理由でオスのみが鳴くことが多いです。

この時、鳴き声によって、オス同士で縄張りを主張したり、メスがオスの鳴き声をもとにして交尾相手を選り好みしたりすることが、カエルやコオロギなどでよく調べられ、示されています。

しかし、セミでは、このことは、まだ、よく調べられていません。

ツクツクボウシの鳴き声を解明するための第一歩

――今回、どのような方法で実験を行った?

まず、ツクツクボウシのオスを捕獲し、その鳴き声を録音しました。

次に、録音したオスの鳴き声の音声を編集し、主要部が「前半パート」のみ、または「後半パート」のみで構成される鳴き声の音声を作成しました。

「通常の鳴き声全体」「前半パート」「後半パート」、それぞれの音声をスピーカーで再生し、捕獲した別のオスのツクツクボウシに聞かせる実験を行いました。

実験の概念図【(C)Takeru KODAMA】
実験の概念図【(C)Takeru KODAMA】

ツクツクボウシでは、オスが鳴いている時、近くの別のオスが合の手を入れるように「ギーッ」と音声を発する行動が知られており、唄に対する掛け声になぞらえて“合の手”と呼ばれています。

これに着目し、上記の実験を、捕獲したツクツクボウシのオス個体に対して実施し、各音声に対する“合の手”が発せられた回数を比較しました。 

実験の結果、ツクツクボウシのオスは、前半パートを含む鳴き声(全体)と前半パートのみの音声に対し、より多くの“合の手”を発して、応答しました。

このことから、ツクツクボウシのオスの鳴き声のうち、前半パートの「オーシンツクツク」というパターンが、別のオスの“合の手”を促進したのではないかと考えられます。

実験結果【(C)Takeru KODAMA】
実験結果【(C)Takeru KODAMA】

――今回の実験結果をどのように受け止めればいい?

今回の研究は、ツクツクボウシの鳴き声が2つのパートから構成される意味を解明するための第一歩です。

ツクツクボウシの音声コミュニケーションの仕組みを解明へ

――鳴き声のパターンが「オーシンツクツク」から「ツクリヨーシ」へと途中で変化する理由として考えられることは?

シグナルの対象がオスかメスかで異なる可能性や、複雑なパターンの何らかの特性がメスの選り好みに関係している可能性があるかもしれません。

また、「ツクリヨーシ」パートの存在には、実際はあまり意味がない可能性もあるかもしれません。


――別のオスが「ギーッ」という“合の手”を入れる理由として、考えられることは?

「“合の手”によって、他のオスの鳴き声を妨害しているという説」や、「他のオスが鳴くのを助ける合唱の変形であるという説」、また、「単に、近くの別のツクツクボウシにこっそり存在をアピールしているという説」があります。

しかし現在、鳴いている他のオスに対して、妨害的にはたらくのか、協力的にはたらくのかすら、分かっていません。


――「オーシンツクツク」パートを含む音声に、より多く、“合の手”を入れて応答した理由として考えられることは?

少なくとも「オーシンツクツク」パートが、音声シグナルとして、他のオス個体に対して、何らかの意味を持つフレーズであるからだと考えます。

それ以外のこと、例えば、「どういう意味か?」「メス個体はどうなのか?」などは、まだ一切わかりません。

ツクツクボウシのオスの標本【(C)Takeru KODAMA】
ツクツクボウシのオスの標本【(C)Takeru KODAMA】

――今回の研究結果は、どのようなことの解明につながる?

今回の研究の結果により、ツクツクボウシの鳴き声パートが、他の個体の行動に異なる影響を与え得ることが、初めて明らかになりました。

ツクツクボウシは、セミの中でも、とりわけ複雑な鳴き声を発する種です。今回の結果を足がかりとすることで、ツクツクボウシの音声コミュニケーションの仕組みの解明や、その複雑な鳴き声が進化した背景の解明につながるのではないかと期待しています。


――今後はどのような実験を行おうと考えている?

今後は、オスの“合の手”がコミュニケーションにおいて、どのような意義を持つ行動なのか、また、オスの鳴き声パートがメスの行動にどのような影響を与えるかを明らかにし、ツクツクボウシの音声コミュニケーションの全貌に迫りたいと考えています。

そのために、いくつかの計画を考案していますが、現時点では秘密にさせてください。

ツクツクボウシのメス【(C)Takeru KODAMA】
ツクツクボウシのメス【(C)Takeru KODAMA】

地域によっては、そろそろ鳴き始めるツクツクボウシ。2パートに分かれている鳴き声に耳を傾けてみてはいかがだろうか。そして、今後も児玉さんらが研究を続けることで、ツクツクボウシの音声コミュニケーションの仕組みが解明されることを期待したい。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。