島根県海士町が消滅のおそれありと言われた離島から「地方創生の成功例」へと反転攻勢のきっかけをつくったキーパーソンが、一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォーム代表理事の岩本悠さんだ。隠岐島前高校の魅力化や「島留学」に取り組んだ岩本さんの次なる挑戦、全国を対象にした「地域みらい留学」について取材した。

海士町のモデルケースをどう日本全体に広げるか

「魅力化に取り組んでいた時に感じた課題は、モデルを作った後どう広げるかでした」

こう語るのは一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォーム代表理事の岩本悠さんだ。

「『あそこだからできる』『うちは中山間地だからできない』とほかの自治体から言われ、海士町だけが良くなっても、日本全体には繋がらないなと思いました。では広げるためにはどうしたらいいのかというのが次のテーマになりました」

岩本さん「海士町でモデルを作った後どう広げるかが課題だった」
岩本さん「海士町でモデルを作った後どう広げるかが課題だった」
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岩本さんは2006年に海士町に移住して以来、存続の危機にあった隠岐島前高校の魅力化プロジェクトに取り組んだ。しかしヨソモノで若者の岩本さんに当初学校関係者の反応は冷たかったという。

「最初の壁は教員でしたが、やがて理解を得られるようになったら、その先には県教育委員会が壁になりましたね」

教育システム自体のアップデートが必要だ

そして岩本さんは教育システムのアップデートが必要なことに気づいた。

「公教育を考えると、公立学校は一校ごとに違っていてもすべて教育システムとして繋がっている。だから地域や学校、教育委員会という教育システム自体をアップデートしないと、不毛なぶつかり合いがずっと続くことがわかったのです」

魅力化プロジェクト、そして「島留学」を8年ほど続けた後、岩本さんが取り組んだのが「島根留学」だった。高校魅力化の動きは、最初は離島からスタートし中山間に、次は過疎地域、最後は県庁所在地に広がった。

隠岐島前高校は島留学の生徒が約6割だ
隠岐島前高校は島留学の生徒が約6割だ

地域みらい留学で都道府県を超えた高校へ

岩本さんはこう続ける。

「学校魅力化は『可哀そうな地域や学校の生き残り策』ではなく、これが『次の教育の本丸』だと認識が変わっていきました。地域の高校は似たような課題が山積しているので、隠岐島前高校が1つのモデルケースとなり、それが島根県内の各自治体に広がり、全国に広がるという流れとなってきました」

こうして全国を対象に2017年から始まった「地域みらい留学」。都道府県の枠を超え、全国各地の公立高校への進学や国内単年留学ができる新しい仕組みだ。現在全国で100校以上の高校、今年度は約800人が参加している。岩本さんは、国内単年留学は現在の教育システムに対する「チャレンジだ」という。

地域みらい留学には全国で100校以上の高校が参加している
地域みらい留学には全国で100校以上の高校が参加している

なぜ1つの学校だけですべて終わらせるのか

「いまの学校は昭和の企業と同じ発想で、入学したら卒業するまで全部面倒をみるという完結自前型です。しかし単年留学は『ある学校から別の学校・地域に行ってまた戻ってくる』という兼業、副業のようなものです。なぜ1つの学校だけですべてを終わらせないといけないのか?転職に自由があるように、行きたい地域や学校、学びを生徒が選ぶということですね」

しかしいまの教育システムでは、A校からほかの地域のB校に移ると、卒業に必要な必修科目が取れないなど“不具合”が起きることがある。この解消策として単年留学では、足りない単位は通信制で学んで習得する仕組みを作るなど、文科省と協議しながらガイドラインも整備中だ。

行きたい地域や学校を生徒が自ら選ぶ
行きたい地域や学校を生徒が自ら選ぶ

地域みらい留学で生徒も学校も自由になる

一方地域の中には「留学を認めると、寝た子を起こして帰ってこなくなるのではないか」という懸念の声もあるという。岩本さんはこうした考えに理解を示しつつもこう語る。

「地元の生徒は自分のところで囲い込んで、できれば外に出ないでほしい。でも外からは人に来てほしい。その感覚はわかりますが、それでは息苦しくなりますね。外に出たり戻ってくる寛容性があるからこそ、その地域にもっと生徒が入ってくると思います」

地域みらい留学は生徒たちが学びの選択肢と自由を手に入れるだけではない。同時に学校も自由になるのだ。岩本さんは「1つの学校だけでなんとかしようとするのを超えていく」という。

「そもそもなぜ離島に生まれたら物理を受けられなくて、理系進学の道が閉ざされるのか。例えば物理のような共通で独自性や地域性のない科目は、様々な学校の生徒が一緒に学びあってもいいですよね」

寛容性があるからこそ、その地域に人は集まる(撮影:崎野裕)
寛容性があるからこそ、その地域に人は集まる(撮影:崎野裕)

自前主義を捨て新しい学校像を具現化

岩本さんはこう続ける。

「また例えばeスポーツのような活動であれば、学校を超えた部活動でやってもいいはずです。あったらよいものをとにかく自前で揃えようとするのではなくて、足りないものがあればほかの学校とシェアする。そういう形での新しい学校像をここで具現化させたいと思います」

島根・海士町から始まった教育システムの変革は、いま全国に向けて広がっている。生徒を自由な学びの世界に解き放つ。大人は旧態依然としたシステムに固執して、次の世代の未来への扉を閉ざしてはならない。

岩本さん(右)と筆者
岩本さん(右)と筆者

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。