「子どもより大人の方が滑り台を速く滑る」。これは当たり前のように思えるが、物理学的に考えると、“不思議な現象”なのだという。
立教大学理学部の村田次郎教授と同学部4年(当時)の塩田将基氏は、「重い人ほど滑り台を速く滑るのはなぜか」という、物理学的に考えると不思議に思える謎を卒業研究のテーマとして探究し、その性質を解明。調査結果を6月6日に発表した。
この調査の意味を理解するうえで、まず、頭に入れておきたいのは、ガリレオ・ガリレイの「ピサの斜塔の実験」だ。
「ピサの斜塔の実験」で知られるように、重いものも軽いものも、空気抵抗がなければ、同じ加速度で落下する。これは「自由落下の一様性」という性質によるものだ。質量が大きいほど、慣性が大きく動きにくい一方、重力も全く同じだけ強くなるため、動きにくさと重力の両者が相殺して、質量によらず加速度が一定になる。
村田教授によると、「この性質は、高校の物理で学習した通りなら、滑り台など摩擦力がはたらく状況でも変わらないと予想される」という。

ところが、「公園で親子が滑り台で遊ぶと、多くの場合に大人は子どもより、ずっと速く滑ってしまう」ようなのだ。これについて村田教授は「高校時代に物理をきちんと勉強した少なくない大人が、滑り台を滑りながら、この矛盾に悩んでいるかも知れません」としている。
この謎が頭に浮かんだ村田教授は、塩田氏の卒業研究として共同研究を開始した。
「重さが大きいほど、滑る速度が速くなる」を確認
塩田氏は、物体の運動を精密に観測する方法を準備。最後の段階で村田教授と塩田氏は、観測機器一式を持って、大学のそばの公園で観測を行った。観測で滑らせる物体は段ボール箱で、これをカメラで撮影することで、物体の運動を記録。
重い人が速いのか、大きい人が速いのかという条件が混乱しないよう、同じ段ボール箱の中に水の入ったペットボトルを入れて、その本数を変えることで「質量依存性」を調査した。
その結果、重い人ほど滑り台を速く滑るのは気のせいではなく、質量が大きいほど、「終端速度(=「重力」と「抵抗力」が釣り合う状態のこと)」が大きい現象として明確に確認することができた。つまり、「重さが大きいほど、滑る速度が速くなる」ということだ。

一方、調査で使用した滑り台は“ローラー式”のものであったことから、“金属板式”滑り台に対しても同様の観測を行ったところ、「終端速度は重い程、大きい」という性質は“ローラー式”でのみ確認され、“金属板式”では見られなかったという。
誰もが一度が遊んだことがあるであろう滑り台に関するこの調査結果。いままで疑問に感じていなかった人も含めて、どのように受け止め、どのように生かせばいいのか? 立教大学理学部の村田次郎教授に聞いた。
「高校時代に物理をきちんと勉強した人ほど悩む」
――「重い人ほど滑り台を速く滑るのはなぜ」という謎に着目し、解明しようと思った理由は?
「カーリングがなぜ曲がるか」という100年解けない謎を解明した研究の論文をまとめていた頃、子どもと公園で遊ぶ際に「不思議だ」と思っていたことを思い出したからです。
――「重い人ほど滑り台を速く滑るのはなぜか」という謎は、物理に詳しい人の多くが不思議に思う?
高校時代に物理をきちんと勉強した人ほど悩むと思います。
――そもそも、滑り台を滑るときは空気の抵抗はない?
空気抵抗は、もちろんありますが、重力と摩擦力に比べると桁違いに力の強さが弱く、滑り台の速度差を作ることはできません。

――今回の検証結果は“ローラー式”滑り台でのみ確認され、“金属板式”では見られなかった。この理由としては、どのようなことが考えられる?
“ローラー式”と“金属板式”では、物体が通り過ぎる時に起きる、エネルギーが散逸するメカニズムに違いがあるからです。
「頭で考えているだけではなく、よく観察すること」
――今回の結果、どのように受け止めている?
かなり公園で遊んだ経験があると思う自分でも、「終端速度」に達することは意識していなかったので、非常に驚きました。こんな簡単なことに気づかなかったという意外性は、科学が好きな人にはたまらない面白さだと思います。
“金属板式”滑り台では、はっきり効果が見えなかったのも、意外でした。自分の経験を“ローラー式”と“金属板式”に分けて考えられていなかったことには気づいていませんでした。

――今回の結果、私たちはどのように受け止め、どのように生かせばいい?
教科書に書いてあることを、そのまま無条件に適用すると、混乱することがあるということです。これは、先入観=バイアスが、いかに無意識の内に自分の思考に入り込みやすいかに注意するきっかけとして、この経験を生かすとよいと思います。
また、身の回りで見たり聞いたりする現象も、よく考えたり、よく観察することで意外性を見出せる可能性があり、それは小学生からでも十分可能です。
いずれにしても、頭で考えているだけではなく、よく観察すること。特に、今回の話題に接して、「自分で公園に行って、ローラー式の滑り台を見てみよう」としなかった人は、かなり要反省だとは伝えたいです。

今回の調査の教訓として示してもらった「教科書に書いてあることを、そのまま無条件に適用すると、混乱することがある」「頭で考えているだけではなく、よく観察する」。なかなか難しいが、これらのことを胸に刻み、生活することを心掛けたい。