名古屋市中区の「ヘアサロン坂本智の店」は老舗の理容店だ。有名人も通う名店で、パンチパーマの第一人者と呼ばれる男性が一代で築いた。その姿を見て育った娘は、技術を受け継ごうと奮闘している。
看板の“パンチ”だけでなく時代に対応 78歳のベテラン理容師
名古屋市中区の「ヘアサロン坂本智の店」は、地下鉄・東別院駅から徒歩3分のところにある。
店名の通り、主は坂本智さん。理容師歴は59年で78歳だ。
同じ道を歩んで23年、娘の森井季明香さんも店に立っている。
この日最初のお客さんは、近所の常連さんだった。
男性客A：
僕もこの頭を45年ぐらいカール（パンチ）をやっているんですよ。先生（坂本さん）はやはり上手ですね
坂本智さん：
クルクルって巻くやつがパンチパーマってことになっていますからね
「パンチパーマ」に欠かせないのは「コテ」と呼ばれる、細いヘアーアイロン。
はさみのような形をしていて、髪を巻くのに使うが、温度は200度あり、肌に触れるとやけどしてしまう。
坂本智さん：
熱いと思ったら、くしを根元に入れてやれば（肌に）触らんもんで。慣れんとね、難しいと思いますよ
男性客A：
コテ当てとると肌に当たる時がある、熱い時があったんですけどね。ここは全然ないですよね。寝てまう
コテが頭皮に当たらないように絶妙のコテさばきで、パーマをかけていく。
1時間でしっかりカールがかかった。
坂本智さん：
昔と違って今は、横は刈り上げをして、上だけ柔らかくかけるアイロンパーマがはやっています
パンチパーマだけでなく、ゆるく巻いたパーマなど、時代に合わせたヘアスタイルも提供する。
男性客A：
短い髪型って、美容院より床屋の方が上手なんですわ。職人技
著名人も多数来店…元ドラゴンズ選手「先輩方はパンチばかりで怖かった」
坂本さんは、修行を経て49年前の1974年に独立。
当時ブームだったパンチパーマの腕が口コミで評判となり、多くの人が詰めかけた。
店内には、芸能人やアスリートなどのサインが並んでいるが、特に多いのがプロ野球のドラゴンズの選手だ。
坂本智さん：
浅尾拓也君。我々の組合のモデルやってもらったことあって、ヘアーのモデル。山本昌さん。あと、桑田真澄さんがね、2週間に1回東京から来ていただいているんで
ジャイアンツの元エース・桑田真澄さんは、現役時代から今も通う常連だという。
坂本智さん：
お！いらっしゃいませ
この日は、元ドラゴンズのキャッチャー・中村武志さんが来店した。
中村武志さん：
僕は髪質が合わないのでパンチはあてたことないんですけど。僕ら入団した時はみんな先輩方はパンチばかりで、みんな怖かったです
30年以上坂本さんにお世話になっているという。
中村武志さん：
だいたいどこかへ行く時はここ寄って行くことが多かったので、「いつ見てもそのヘアスタイルですね」って。それがいいんですけどね。安心しますよ
娘は阪神淡路大震災のボランティアでカットする父の姿見て理容師の世界に
坂本さんの姿を見て育ったのが、娘の季明香さん（46）。
理容師を目指したのは、もちろん父親の影響だ。
森井季明香さん：
阪神淡路大震災の時に、父がボランティアでカットに行った時、私もお手伝いについて行ったんですけど、泣いて「ありがとう」って言ってもらったりとかして。ハサミ1本で人を感動させることができるという、そういう姿を見て、私もこういう理容師になれたらいいなって
屋外で被災者の髪を黙々と切る父を、誇りに思ったという。
季明香さんは、父の店で修業した後に独立したが、高齢の父を支えるため、2022年にこの店に戻った。一通りのことはできるが、店ではサポート役に徹している。
森井季明香さん：
ここに来るお客さまは、父に切ってほしい人ばかりだと思うし、もっと長く働いてほしいって思いもあって
坂本さんの技を受け継ぐのは、季明香さんだけではない。千種区の理容店「髪処かづき」では、季明香さんの夫、一樹（49）さんが店を支えている。
一樹さんは結婚前は、自動車の整備を生業にしていた。
森井一樹さん：
家内に出会って実家に遊びに行った時に、義父さんに「理容師になってみんか」って言われて、そこからスタートしたんです
坂本さんの店で8年修行し、パンチパーマをはじめ、理容師の腕を磨いた。
森井一樹さん：
修業の時に厳しくしてもらったおかげで、自分で独立した時に苦労せずにやっていけた
この日は、パンチの中でも極めて細い1.7ミリのコテを使いカールしていた。
男性客B：
坂本先生も上手いけどカズ君（一樹さん）も上手です。天才です、2人とも。100パーセント信頼しています
腕が認められ、この男性は修業時代から常連客になってくれたという。
坂本さんのテクニックは、確実に受け継がれていた。
父から娘に「商売は人柄。いい職人になってほしい」
今も多い日は20人をカットする坂本さんは技術を認められ、2003年に全国の優れた職人に与えられる「現代の名工」150人の一人に選出された。
2006年には「黄綬褒章」も受章している。
森井季明香さん：
お父さんにしかできないカットの仕方がいっぱいあって、切った時から1カ月たってもボサボサにならない。きれいなまま伸びる
坂本智さん：
刈り方によって持ちはものすごく違うんですよ。私はアイロン（パンチ）かける時も余分な毛をみんな切っておくもんで、だから収まりがすごく違ってくるんですよ
父の技術を、季明香さんもいつか継承していきたいという。
男性客C：
なるべく長くやってほしいですね。これからは季明香がやるらしいけど
この店に戻ってから季明香さんは月に1回、父親の髪をカットしている。
森井季明香さん：
もう一度、改めて修行させてもらっているんだな、みたいな。基本的に髪を切るのが好きです、私も。父譲りなんだと思います
跡を継ぐ娘のカットの出来栄えに、智さんも満足したようすだ…。
坂本智さん：
いい感じになりました。10歳ぐらい若返って、68歳くらいになったんでありがたいな。腕は自分で磨くものであって、人が評価してくれるもんですからね。商売は人柄と、一番大事なのはお客さんに好かれることが一番大事なものだから。それだけは気をつけて、いい職人になってほしいなと思います
森井季明香さん：
父と母がお客様にしていた接客、それがいいなと思ってこの仕事を継ごうって決めたので、父の思いを大切にしつつ、主人と二人で父と母のようなお店が築いていけたらなって
2023年3月27日放送
（東海テレビ）
