「異次元の少子化対策」が盛り込まれる政府の経済財政運営と改革の基本方針、いわゆる「骨太の方針」の原案。様々な対策が盛り込まれたが、鍵を握るのが「男性の働き方改革」だ。夫が時短勤務を選択した家庭を取材すると、その利点と課題が見えてきた。

10年間「ワンオペ」で子育て

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兵庫・神戸市に住む、戸崎美恵(みさと)さん(42)。夫と3人の子どもの5人家族だ。美恵さんは看護師として働きながら、平日は1人で家事と育児をこなしていて、いわゆる「ワンオペ」だ。

ーーワンオペ歴は何年ぐらいですか?

戸崎美恵さん:
(長男が)10歳になるから、10年ですね、ちょうど。首ぐらんぐらんの赤ちゃん(次男)を抱っこして、1人で長男と次男をお風呂に入れて、1回沈みかけたこともあって、2歳の長男が。お風呂ってリラックスタイムなのに、お風呂が一番“恐怖の時間”でした

会社員の夫は毎日帰りが遅く、深夜になることもある。

戸崎美恵さん:
働き方ですよね、会社の働き方をなんとかできひんかな。帰って来れたら、手伝ってくれるんですよ。男性も家事・育児に参加したくても、主人みたいにできない。時間的にとか

戸崎さんの家庭が抱える“男性の働き方”という課題。

「男性の働き方」は、「異次元の少子化対策」を掲げている国にとっても悩みの種になっていて、まもなく明らかになる骨太の方針にも盛り込まれる見込みだ。総務省の2021年の調査によると、6歳未満の子どもを持つ世帯が育児などにあてる時間は、妻は7時間28分に対し、夫は1時間54分。大きな差がある。

戸崎美恵さん:
ご飯はいつも4人ですね。ずっとですね。なぁ、これ普通やんな。パパはここにはおらへんな、大体平日はな。パパがご飯の時いないと寂しい?

子どもたち:
寂しくない。帰ってくるもん

平日いない分、土日は朝早く起きて子どもたちと遊ぶなど、精一杯、子育てにも向き合っているという夫。だが、ワンオペを解消し、2人で家事や育児に向き合うためには、“男性の働き方改革”が欠かせないと美恵さんは考えている。

戸崎美恵さん:
ニュースで取り上げられるのはいつも育休の話ばっかりで。育児って長いので、長期戦の部分で、女性主体になっていると思うので。せめて残業せずに帰れるように、小学校に上がるまでとか

「時短勤務」を選択した男性 メリットとハードルは

“少子化対策”にとって重要な要素になっている“男性の働き方改革”。男性が「時短勤務」を取ると、どんな生活になるのか。実際に夫が時短勤務という選択肢を取った家庭を取材すると、メリットの一方で、現状のハードルも見えてきた。

システムエンジニアとして働く牛山太郎さん(40)は、男性ではまだまだ珍しい時短勤務で働いている。

牛山太郎さん:
午後2時45分が定時で、「お疲れさまです」って出てきました

共働きの妻と共に、妻が1時間、夫が2時間の勤務時間短縮をして、「時短勤務」で3人の子どもを育てている。

この日、牛山さんは退社後まっすぐ家に帰り、学童や保育園に子どもたちを迎えに行く。時短勤務は女性が利用するイメージが強い中、なぜ牛山さんは決断したのか。

牛山太郎さん:
2022年の冬から2023年明けにかけて、家族みんなバタバタと体調を崩して、それがこれまで考えなかった“時短”を本当に考えようかなというきっかけなんですね

牛山さんの仕事が忙しく、共働きの妻や延長保育などで子どもにも負担が重なっていたことが決断の決め手だった。

牛山佳世子さん:
夜大変なので、2人がいたほうが、ご飯作ってる間にお迎え行ってもらったりとか

牛山さんが時短勤務にしたことで、夜7時には家族で食卓を囲むことができるようになった。

牛山佳世子さん:
(以前は)自分の食事を後回しで、子どもに食べさせるのを先やってという感じになってました

家族で過ごす時間が増えるなど、メリットばかりにも思える男性の「時短勤務」。ただ大きなハードルもある。まず勤務時間が短くなった分、収入が減ってしまうということ。牛山太郎さんの場合、収入は約15%減った。

牛山太郎さん:
だいぶ考えたよね

牛山佳世子さん:
月あたりの収入プラスボーナスにも多分影響するので、そこは大きいなと思いますね

さらに、職場の反応や評価のことなど頭によぎることもある。

牛山太郎さん:
驚きがやっぱり1番多いですね。「時短取るの?」っていう。私が働く時間が減ってるってことは、他の人が働く時間が増えてるはず。分担してくれて。不安はありました、取る前。取ってからも不安はあります

ーー出世や評価などへの影響は考えなかったですか?

牛山太郎さん:
あると思います。あるけれども何を大事にするかだけですね

「男性の働き方改革」には、収入面や職場の理解など課題は多く、実現のために、国も企業も求められることがたくさんありそうだ。

少子化解消のカギは“パパの働き方”?

関西テレビ「newsランナー」で、シリーズで伝えている「少子化ニッポンの行方」。パパの働き方で少子化を救うことができるのか?父親の育児支援の研究などをされている、大阪教育大学の小崎恭弘教授に話を聞いた。 

ーー「異次元の少子化対策」では、男性の育休制度についても検討されているが、“パパが育児すると”どう少子化対策につながるのか?

大阪教育大学 小崎恭弘教授:
これまでの日本全体の文化、社会の慣習というのは、母親が育児をするもので、男性は働くものとなっていました。「男性は仕事、女性は家事・育児」という強固な文化があったと思うんです。それが限界になってきた中で、父親がやはり育児に関わっていく、あるいは働き方や生き方を考えていくタイミングになってきました。そうでないと少子化を解消することができないと考えられていると思います。そこに少子化を解消する大きな鍵があると思います

関西テレビ 加藤さゆり報道デスク:
ここに、お父さんが育児に参加することで、少子化対策につながるかもしれないというデータがあります。厚生労働省のデータで、休日にお父さんが家事・育児に関わる時間と第2子以降が生まれる割合をまとめたもので、例えば0時間だと10%で、6時間以上だと87%にも上がるというんです。お父さんは一緒に子育てするパートナーですから、その関わり方が重要なのだと思います」

育休“取得率”と“取得日数”も問題

政府が掲げる「異次元の少子化対策」では男性の育休取得率を大幅に上げようとしている。2021年度は13.97%だったが、2030年度には約6倍以上となる85%が目標にされている。これは実現可能な数字なのか?

大阪教育大学 小崎恭弘教授:
正直かなり難しいですよね。こういうふうに岸田内閣、政府が数値を表して目標を立てていく姿勢はすごく大事で、評価すべきだと思うんですけど、9年間のロードマップがなかなか見えないですよね。9年しかない中で、一気にここまで引き上げるのであれば、3年ごとにどういうふうに進んでいくのか、ゴールを検証していく、丁寧な取り組みが必要ではないかと思います

ーー現在、“男性の育休”の問題というのはどういうところにあるんでしょうか? 

大阪教育大学 小崎恭弘教授:
データを見ると大きく2つの課題があります。1つ目は、父親と母親の育休“取得率”の問題です。女性は大体85%取っています。男性ではようやく13%になったということなんです。この差を是正していきたく、父親の育休を進めていかなければなりません。

大阪教育大学 小崎恭弘教授:
それから2つ目に“取得日数”の問題があります。女性は産前産後から育休に入るので、大体8カ月とか1年近く取っています。しかし男性の多くは1カ月未満なんです。育休を取っても数日とか、数週間。取らないよりは取る方がいいんですけど、そこで本当に子育てができるのか、母親を支えていけるのか、もう少し言うと、子育ての醍醐味・喜びなどを感じることができるのか。こういった大きな格差を変えていく必要があります

大阪教育大学 小崎恭弘教授:
背景に、共働き世帯が増えていることがあります。今の1つのスタンダードが、共に働き、共に育てるっていうことがベースになっていった中で、それでも母親だけに負担を押し付けてきている社会があり、母親がしんどさ・大変さを感じていることが少子化の1つの大きな要因になっています。そこを父親が育児に関わることで是正していく、変化していくことが求められていると思います

父親をターゲットにした少子化対策として、政府は次のような案を出している。

・最長28日間、育休中の給付額を引き上げ、実質手取り100%にする
・日本の企業の多くが中小企業なので、中小企業の体制を整え、助成措置を大幅に強化する
・テレワークやフレックスタイム制など、柔軟に選べる働き方制度を作る
・時短勤務の賃金低下を補う制度を作る

ーー政府が考えている案ですが、着眼点としては良いといえるのか? 

大阪教育大学 小崎恭弘教授:
「異次元の少子化対策」という文脈の中で、考えられること、できることは全てやろうとなっていると思います。特に父親を意識していくことで、母親の負担を軽減していくことになる。従来から少子化対策としていろんなことをやっていますが、母親を支えるだけでは子どもが増えることにつながっていません。そこで新しい子育て支援の対象として父親が対象になっています。
実は以前から男性の育児支援はいろいろやっているんですが、今回本気を出してきたと思います。今回の少子化対策では経済的な支援が前面に出ていて、父親に対しても経済支援の視点で対策が出ていることは評価できますが、お金だけで子どもが増えていくかというと、また別の議論が必要だと思います。もちろんお金は大事ですが、同時に企業文化であったり、社会全体で父親が育児の喜びを実感できるようなつながりということも必要ではないかと思います。お金を軸に、それ以外の文化とか社会的雰囲気といった、両輪が大事ではないかと思いますね

小崎教授は1997年に育休を取得

日本の少子化対策は最近始まったものではない。日本の少子化が危機的だということは、実は30年前から言われている。1985年には出生率が1.57となり 少子化傾向に注目が集まった。これ以降の約30年間、様々な対策が取られたが、少子化が止まっていない現状がある。これまでの対策が十分ではなかった、特に文化を変えることが遅れているという指摘もあるが、小崎さんは1997年にもう育休を取得しているということだ。

大阪教育大学 小崎恭弘教授:
僕は今、大学教員ですが、元々保育士をしていました。プロとして子どもを育てる仕事だったんですけど、僕が育休を取った理由はすごく分かりやすく、「自分の手で自分の子どもを育てるのは当たり前」ですよね。この当たり前がすごく注目を浴びているんです。長男は今26歳でして、25年前の育休でまだ取材を受けたりすること自体、この社会は何も変わっていないというふうに思います。当時は育休取得率も1%ぐらいだったでしょうか。
僕は市役所の職員ではあったのですが、「何で育休取んの」とか「男のくせに」とか言われました。「奥さん何してるの」と妻が責められたりしたこともあります。やっぱり“文化”って言いましたけど、その文化には社会全体の文化もあるし、日本の企業文化もあって、「男性が仕事、女性は家事・育児」というところに引きずられていると思うんです。そこを変えていく、あるいは男性自身が育児の喜びを感じたり、発信したりしていくことがもっとあったらいいのになと思います

ここで関西テレビ「newsランナー」視聴者から質問。

ーー大企業と中小企業の育休取得の差をなくすには?

大阪教育大学 小崎恭弘教授:
育休のデータを見ると、確かに大企業の方が取得率が高いということはあります。それぞれの企業規模とか 企業文化に合わせて制度は作られます。もちろん国全体でも制度はありますが。中小企業は人数が少ない分フレキシブルに対応できるってところもあるかと思います。それから日本の労働政策は、まず大企業でやっていくということがあります。例えば週休2日は、最初無理じゃないかと言われながら浸透していったのは、大企業がやっていくことで、日本全体の企業文化とか働き方の見直しが進みました。いきなり差がなくなるわけではありませんが、企業規模に応じて対応、取り組みをしていくのが現実的であると思います

小崎さんが訴えたいのは、「パパの考え方が少子化を救う」とのことだ。 

大阪教育大学 小崎恭弘教授:
先ほどから出ている話ですが、男性は仕事が中心であり、例えば長時間労働になる。別の言い方をすると、仕事さえしていれば、家事・育児をしなくてもいいと、仕事が“免罪符”になっていた部分があります。その役割があった昭和時代には、それでOKになっていたんですけど、今は大きく変化してきた中で考えなければいけません。根幹には長時間労働ということがありますよね。それを是正していくことも必要

男性が育児に参加できる仕組を、政府だけではなく、社会全体で考えていかなくてはいけない問題だ。

(関西テレビ「newsランナー」2023年6月7日放送)

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