巨大書店の先駆け、八重洲ブックセンター本店が今年3月、44年の歴史に幕を閉じた。

さらにMARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店や上野駅ビル内の明正堂書店アトレ上野店などの大型書店も相次いで閉店。出版物の販売額は1996年から半分以下に減少の一途をたどっている。

そんな逆風の中、書店員でありながら数々のヒット作品を送りだしてきた未来読書研究所の田口幹人さんと、YouTubeでおすすめ小説などを配信し登録者数9万人を超える読書系YouTuber齋藤明里さんが、書籍文化の未来について語った。

書店で“新しく出会う”喜びも知ってほしい

――書店が減っているということですが、具体的にはどういう状況なんでしょうか?

田口幹人:

自治体の26%には書店が1店もないという状況。2022年は1年間で552店舗、1日1.5店舗閉店という状況が続いています。

借地の問題やさまざまな課題があるんですが、書店を長く継続することができなくなっているのが現状です。

未来読書研究所・田口幹人さん
未来読書研究所・田口幹人さん
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――力のあったはずの大型書店ですら撤退しないといけなくなってきている?

田口:

ネット書店がまかなうようになってきている。欲しい本が決まっている人にとって、ネット書店は本当に便利なんです。今日頼むともう明日届きますし。それはそれで本がこれまで以上に隅々まで行き渡ってきているのだと思います。

ネットでは好きな本、“自分の頭の中の文脈のもの”をみなさん買うようになるんです。そうすると、新しい著者を探す、新しい“自分の中での出会い”を見つけることができなくなってくる。

読書系YouTuber齋藤明里さん
読書系YouTuber齋藤明里さん

齋藤明里:
「この表紙が気になる」「なんとなく惹かれたな」と思って買ったらすごくいい本だったりもする。

その喜びはやっぱり書店に行かないと味わえないものですし、書店に行く楽しみというのはたくさんの人にもっと知ってほしいと思います。

“カリスマ書店員”のヒットを生む仕掛け

田口:
清水潔さんの『殺人犯はそこにいる』(新潮文庫)は、著者名もなく「810円です」ということだけをうたって始まったんです。

この本、実は単行本時代からどうにかして多くの人に知ってほしいという思いがあって。北関東の連続幼女誘拐殺人事件がえん罪だったという話なのですが、不条理さがテーマのものも小説であれば、多くの人に読んでもらえる可能性があると思いました。

ノンフィクションという形でルポとして書いてあるものはなかなか手に取ってもらう機会がなかったんですね。考えに考え抜いた末に、「表紙とタイトルを全て隠す」ことに至りました。

「我々がオススメするものを信じてください」と、うたったんです。

当時私がいた岩手・盛岡市の「さわや書店」は、“何を読みたいか分からない人はここに買いに来てね”というコンセプトでやっていました。

それを楽しみにお客さんが足を運んでくれていたということもあって、「この取り組みにちょっと乗ってみようかな」という動きが始まって。

初版が2万部からなのですが、8カ月ぐらいで全国に波及していって30万部売れているんです。

表紙を隠せば何でもいいという訳ではなくて、そのコミュニティーの上に乗っかっていたことがおもしろさだったと思います。

齋藤:
“この書店のセレクトだったら絶対に間違いない”と思えるような書店もあったりするんです。

“この書店員さんが推しているものだったら、絶対私の趣味に合う”というイチオシ書店員さんもいたりするので、そこはインターネット上のどんな人か分からない人の口コミとはちょっと違うかなと感じます。

書店のポップに“しびれる”一文

――そういう試みがもうひとつあります。ポップ、いわゆる売り文句が書いてある小さい紙なんですが、「岩手県に原発がない理由が本書を読むと分かります」と書かれています。これは気になりますね。

田口:
2010年に発売された本で、岩見ヒサさんの『吾が住み処ここより外になし』(萌文社)という、岩手県田野畑村の元開拓保健婦さんの学術書です。

この中にたった6ページだけ、「原発を誘致して県議会で否決された」というくだりがあって、その反対運動をしたのが岩見ヒサさんだったんです。

その後2011年3月11日に東日本大震災の影響による原発事故がありました。

そして6ページの最後に書かれていたのが「あの時、自分の土地と海をお金で売り渡した人たちは今幸せに暮らしていますか?」という一文があるんですね。

これは本当にいろんなことを考える意味で大事な一文だったなと思っています。

このようにそれぞれの店の個性があって、それぞれの店の主張があるんですよね。それをぜひ見ていただければと思っています。

齋藤:
書店に入った時に最初に目を引くのはポップが付いている作品だと思うんです。

書店員さんが手書きでここを読んでほしいとか、この一文がしびれたみたいに書いてあると、よりそっちの方に目がいくと思います。

今、増加する“何かに特化した書店”

――「SAKANA BOOKS」という水生生物や自然環境に特化した書店や、「ランプライトブックスホテル」という宿泊施設に旅とミステリーの書籍を集めた書店を併設している施設、「つきやまBooks」という古民家を書店や喫茶店などに改築した複合施設など、さまざまな形の書店が生まれています。

田口:
僕はこれ、本当にいい傾向だと思っています。

全方位型の書店は結構苦しんでいるんですが、何かに特化した書店はものすごく増えています。

例えば「SAKANA BOOKS」は水族館と魚という特化した形の書店で、魚が好きな人だけ集まるんです。そういうコミュニティーがあって僕はいいと思っています。

齋藤:
今気になっているのが、棚ごとに個人で借りられて、そこの1つの棚が“自分の本屋さん”にできるというシステムがすごく増えている。

実際に遊びに行くこともあるんですが、棚ごとにその人の好きなジャンルで固定されているので、それが楽しくて、私もいつかやってみたいなと思っています。

田口:
「棚貸書店」と言うんですが、棚貸書店は「不動産の視点」なんですね。

10個の棚を用意したりして、1個5000円で貸し出すんです。棚ごとに収益が決まるので、そこに好きな本を並べる。

どちらかというと古書をみなさん並べられることが多くて、新刊書店という文脈とは違いますが、街の中に本がある環境を作ることについては広がりがあるのかなと感じています。

いまは全ての世代が“読書離れ世代”

――本を読む習慣を広げるためには何が必要だと思いますか?

田口:
2020年の読書世論調査を見てみると、初めて「1年間、本を1冊も読まない」という人が、読むという人を超えたんです。51.8%の人はもう1冊も本を読まないんです。不読者の方が多い世の中になっているということがまず1つあります。

よく若い人たちに対し「本を読みなさい」という話をされると思うんですが、調べてみたら“若者の読書離れ”が言われたのが1977年。20歳の大学生を調査して結果が出ましたが、当時の調査対象者たちは67歳。ようするに現役世代は、もう全て“読書離れ世代”であるということから、物事を組み立てる必要があるんです。

本が「売れる」「売れない」の前に、まずは「本を読む」ということ、読書をする環境を作っていくことがすごく大事なのかなと思っています。

齋藤:
私たちのYouTubeチャンネルを見てくださっている方の年齢層を見ると、10代はほとんどいないんです。私たち出演者より、年代が高い方が多いです。

――読みたくなる環境作りというのは、どういうことなんですか?

田口:
小学校から中学校に上がるタイミングで、「本が嫌いになりました」という人が年々増えているんです。

上位3位の理由がずっと変わらない。1位は「なぜ本を読むことが良いことなのか教わらなかった」と。

――確かに「本を読みなさい」とは言うけれど、なぜと言われると…。

田口:
そうなんです。学校で、みんなで本を考える時間を設ける活動を今、しています。

本というものをどう使うのかを考えて、これから本を読む形に少しずつ変わっていけばいいかなと。そういう活動を地道にやっていくことしかないのかなと思っています。

2人がオススメする一冊

齋藤:
直木賞を受賞された千早茜さんの『赤い月の香り』(集英社)という作品です。

一番好きといっても過言ではない作家さんが千早さんで、この作品は天才調香師の男性のお話なのですが、文字情報だけなのに、文章から香りが立ってくるんですよ。

千早さんご本人が書かれる文章は、とても五感が研ぎ澄まされているんです。

同じく千早さんの直木賞受賞作『しろがねの葉』(新潮社)は、真っ暗な視界をどう描くかというところが描かれていて、「五感で小説って楽しめるんだよ」ということをぜひ皆さんに知っていただきたいなと思います。

田口:
“隠し球”が1人いるんです。15年ぐらい言い続けてきているんですが、未だに隠れている加藤元さんの『嫁の遺言』(講談社文庫)。

僕がここ15年ぐらいの間で読んだ短編集ではナンバー1だと思っていて、日常にある不幸からどうやって幸せな形を見つけるか、そのヒントが描かれているのです。

何かちょっとした光って絶対にあって、今よりもちょっと前向きになれるんです。

この本がすごく今の時代に合っていると思っていて、中に書いてある一節で「あんた」という短編があるんですが、これが僕の中で短編としてはナンバー1です。ぜひこの機会に読んでみていただきたいです。

――テレビができることはありますか。

齋藤:
「今こんな本がいっぱい出ていて、その中でこれオススメだよ」ともっと言える場所が、1個の独立した番組じゃなくても増えていけばいいのかなというふうには私自身は思います。

田口:
僕もまさにそうだと思っていて、本を自分のフィルターを通して渡す人、紹介する人を僕は全て「書店員」と呼んでいるんですけれども、いろんな方の本を読んだ経験を伝えるような番組があればいいなと思っています。

(「週刊フジテレビ批評」6月3日放送より

聞き手:渡辺和洋アナウンサー、新美有加アナウンサー)