“かなだい”の愛称で親しまれるフィギュアスケート・アイスダンスの村元哉中(30)と高橋大輔(37)。
カップル結成から3シーズン、2人は5月に引退を発表した。

高橋はバンクーバー五輪で日本男子初の銅メダルを獲得。2014年に一度、引退を発表するが2018年に復帰。
村元が声をかけたことを機にアイスダンスへ転向。「かなだい」としてカップルを組むと、演技のスコアだけにこだわらず、“記憶に残る”作品作りに取り組んできた。
そんな彼らがどのようにしてお互いを、そしてアイスダンスと向き合ってきたか、その3シーズンを振り返る。
高橋大輔は最高のパートナー
5月2日、引退会見を行った2人。
高橋は会見で、引退を決めた大きな要因が「シングル時代に負傷した右ひざが限界だった」と明かした。

パフォーマンスをすることには「限界を感じていない」と言うが、競技レベルのパフォーマンスをすることが「僕の努力ではどうにもできないところまで来てしまった。それ以上求めてやっていきたいんですけど、体がついていかないところが大きな理由。それを今シーズンから感じていました」と話した。
「もうこれで続けていっても“成長”はできないと思ってしまったので、哉中ちゃんに四大陸の後に伝えました」
その村元は、高橋から「引退」の言葉が出ることを覚悟していたと語る。

「大ちゃんの方から(引退の)理由と『今シーズンをもって引退する』という話を聞いた時に、私の方は結成当初、『まずは2年スタート』というところから始めていたので、いつ大ちゃんから『引退する』と言われても、それは覚悟していた。実際話を聞いた時に全くびっくりしなくて。『そうだよね』と自分の中で驚きはなかった」
村元が高橋を誘ったことで誕生した「かなだい」カップル。
村元自身は「まだ限界は感じていない」そうだが、「これ以上、最高のパートナーはいない」と、同じタイミングでの引退を決意したという。

「まだまだ大ちゃんといろいろな作品を作りたいって思えたので、新しいパートナーを探すという選択肢は全く出てこず。
私も今シーズンの世界選手権が最後だと決めて、国別対抗戦もあったんですけど、両試合終えて本当に最高の演技が、滑りができたので、今は嬉しく思っています。
自分の中ではやり切ったのかな。ずっと目標にしていた“記憶に残る演技”ができたと思います」
高橋にとってはスケート人生30年の決意となった。しかしその高橋は、2014年に一度現役を退いている。
32歳でリンクに戻ってきた高橋大輔
2010年バンクーバー五輪で日本男子史上初の銅メダルを獲得した高橋。
日本男子フィギュア界のパイオニアとして数々の快挙を成し遂げてきた。
2014年シーズン、ケガに苦しんだ高橋は、6位入賞したソチ五輪の演技を最後に、現役を退いた。

当時の高橋は「精一杯やれたけど、出し切れたかって言われると『出し切れた』って素直に言えない」と、演技後に本音を漏らしていた。
それから4年後の2018年。若手選手が多く活躍するフィギュア界において、32歳となった高橋は、ピークが過ぎたと言っても過言ではない状況の中、戦いのリンクに戻ってきたのだ。
「次に進むためにもう一度現役。自分の中で納得してから次に行かないといけない」

引退後にアイスショーやテレビ番組のキャスターとしての仕事の傍らで思い続けた現役復帰だった。
復帰戦はソチ五輪から1696日後の近畿選手権。全日本選手権をつかむための大会だ。そこから勝ち進み、高橋は2018年12月に全日本の舞台に帰ってきた。
実に5年ぶりの全日本で、6年ぶりの2位表彰台にのぼった。レジェンドの復活の舞に観客から大きな拍手が送られた。
カップル結成、新たな挑戦に期待募らせる“かなだい”
そして2019年9月、高橋がアイスダンス転向を決めた。現役復帰に続く、電撃発表だった。
「今シーズンでシングルとしては最後にしようかなってことで。次のシーズンからは、哉中ちゃんと一緒にアイスダンスをやることを決めました」

村元は、シングルスケーターとして全日本選手権に出場し、2014年からアイスダンスへと転向。クリス・リードさんとのカップルでは、全日本3連覇を達成した。
さらに2018年の四大陸選手権でアジア勢初となる銅メダルを獲得。その年の平昌オリンピックにも出場するなど、日本のアイスダンスを引っ張ってきた。
クリスさんとのカップルを解消してからは、約1年新たなパートナーを探していた。
実は“かなだい”結成のリリースが出る前の8月から、真夏のロサンゼルスで2人のプロジェクトは始まっていた。
そのロサンゼルスで村元はカップル結成のきっかけを「私から大ちゃんに連絡を取って。アイスダンスに興味があると聞いたので、本人に聞きたいなって」と話し、「大ちゃんと滑れるなんてラッキーでしかないですし、本当に楽しみです。ゼロから一緒のスタート」と期待を募らせていた。

シングルとアイスダンスとの違いを痛感していた高橋は「まじプレッシャー。違う世界過ぎて。でも面白いね。また新たに探求できる」と新たな挑戦に胸を高鳴らせた。
2019年の全日本選手権で最後のシングル競技を終えた高橋は、“アイスダンスの高橋大輔”として新たなシーズンを歩み始める。
2020年の新年早々、2人での演技を初めて披露したのは、高橋自身が座長を務めた「アイスエクスプロージョン2020」だった。
「美女と野獣」をテーマに赤いバラを持った高橋が村元に渡すシーンを可憐に演じてみせた。
「必死過ぎてどんな演技になってるか、想像もできてないので、自分としては難しいですけど、これから2人で氷の上で演じていくんだと、今日初めてお客さんの前で滑って感じたので、2人の世界観を出していければと思いました」(高橋)
本格的に始動。アイスダンス漬けの日々
2020年2月の初めから、2人の挑戦が本格的に動き出した。

アメリカ・フロリダに拠点を移し、アイスダンスの振付師として数々のオリンピック金メダルカップルを輩出してきた、マリーナ・ズエワコーチに師事。
マリーナコーチも2人の決断と挑戦を後押しした。“かなだい”カップルとして、マリーナコーチのもとで練習を始めたとき、コーチはこう話していた。

「哉中から『また私の元で滑りたいのでコーチになって欲しい』と言われました。『パートナーは誰?』と聞いても『今は言えないけど、とてもいい選手だ』と言われました。発表されたあと、哉中から『大輔と組む』と言われ、とても興奮しました。
大輔の名前は予想外でした。彼の挑戦はフィギュアスケート界にとってとてもいいことだと思います。シングルの選手は選手寿命がとても短いので、これは現役を続行するためのいい手本であり、新たな可能性だと思います」
名伯楽マリーナコーチのレッスンは基礎練習から始まった。
2人のシンクロが求められるアイスダンスは、腕の高さや姿勢、足を踏み出す角度まで揃えなければならない。

基本のスケーティングをひたすら繰り返す日々を送り、それが終わるとアイスダンス特有の片足の多回転ターン「ツイズル」を練習する。
アイスダンスの必須の技で、2人がシンクロし、距離が近ければ近いほど高得点が与えられるエレメンツだ。
2人に休んでいる暇はなく、アイスダンスの見どころでもある「リフト」も習得しなければならなかった。主に男性が女性を持ち上げるエレメンツに大苦戦する。
その後も氷上の基礎練習に、表現力を磨くダンスレッスンと、まさにアイスダンス漬けの日々だった。
そんな中でも高橋は「五輪」を見据えていた。
中編では、1シーズン目から怒涛の勢いで進化していく2人の姿、2シーズン目で見えた「五輪」の舞台、3シーズン目の決断を追う。