G7広島サミットは3日間の日程を終えて閉幕した。サミット最大の議題の1つである、ロシアによるウクライナ侵攻、それに核兵器使用をちらつかせて威嚇するプーチン大統領の発言が世界に緊張を与える中で、ゼレンスキー大統領のサミット電撃参加はウクライナへの連帯を世界に示した。

G7出席のため広島を電撃訪問したゼレンスキー大統領 平和公園も訪れた
G7出席のため広島を電撃訪問したゼレンスキー大統領 平和公園も訪れた
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また、岸田首相の信念とも言える「核なき世界」に向けては、初めてG7首脳全員による原爆資料館見学も行われ、核軍縮に焦点をあてた「広島ビジョン」の発出などで、被爆地開催の意義も大きく示された。近年のG7の中でも大きな成果を挙げた会合となったのは間違いないだろう。

平和公園を訪れたG7首脳ら 慰霊碑に献花し黙とうを捧げた
平和公園を訪れたG7首脳ら 慰霊碑に献花し黙とうを捧げた

一方で、東アジア情勢をみれば、アメリカ国防総省は中国が2025年までに約1500発の核弾頭を保有する可能性を指摘し、北朝鮮も核開発を増強するなど核の脅威は高まっている。

中国や北朝鮮の脅威が強まる中で、核を含む日米韓の防衛力の強化が進む
中国や北朝鮮の脅威が強まる中で、核を含む日米韓の防衛力の強化が進む

北朝鮮問題への関与が希薄と指摘されるバイデン政権は、韓国の一部からは単独での核保有論も挙がる中、4月の米韓首脳会談では核戦略の計画に関する「米韓核協議グループ」創設のほか、戦略原子力潜水艦の韓国への派遣などを決め、事態の沈静化を狙った。さらにバイデン氏は、北朝鮮が核を使用すれば「いかなる政権も終わりを迎えることになる」と金正恩総書記に警告もした。

東アジアでも核兵器の増強が続く
東アジアでも核兵器の増強が続く

「核なき世界」を日本が希求する一方で、世界で核の脅威は着実に広がっている。日本もアメリカの「核の傘」を含む、「拡大抑止」戦略の中で防衛力の強化も進めるなど、理想と現実のギャップは大きなジレンマの1つかもしれない。また、歴史的なG7首脳らによる原爆資料館訪問について、アメリカメディアの焦点は、核軍縮の重要性を認識しつつも、「バイデンが日本で謝罪させられるのでは?」という点に比重が大きくあった。

世界の注目を集めたG7広島サミット
世界の注目を集めたG7広島サミット

こうした中、G7サミットに合わせる形で、原爆を広島に投下したB-29「エノラ・ゲイ」が展示されているワシントン近郊の博物館を取材する機会を得た。そこでは、改めて核の悲惨さと、その展示から日本が非核化を訴える意味を考えさせられた。

アメリカ国立航空宇宙博物館の別館に展示されるB-29「エノラ・ゲイ」
アメリカ国立航空宇宙博物館の別館に展示されるB-29「エノラ・ゲイ」

日本の特攻機と原爆投下機「エノラ・ゲイ」

ワシントン近郊にある国立航空宇宙博物館の別館は、2003年に新設され約7万1000平方メートルの中に展望台やIMAXシアターを備える。

広大な土地に建設された国立航空宇宙博物館の別館
広大な土地に建設された国立航空宇宙博物館の別館

航空と宇宙探査の物語に特化した3000点を超える展示品や、館内にある格納庫には様々な航空機もそのまま展示されている。頭上からぶら下がる航空機の姿に訪れた人は圧倒されるだろう。訪れたのは平日だったが、子ども連れの家族の姿も多く見受けられた。

国立航空宇宙博物館内には数多くの航空機が展示されていた
国立航空宇宙博物館内には数多くの航空機が展示されていた
博物館内には大勢の家族連れや子どもたちの姿が見られた
博物館内には大勢の家族連れや子どもたちの姿が見られた
航空機の試乗には子どもたちの行列もできていた
航空機の試乗には子どもたちの行列もできていた

入口から中に入り、博物館の中心に向かって歩いて行くと見えてくるのは第2次世界大戦中の航空機の技術的進歩を紹介する「第2次世界大戦中の航空機」の展示ブースだ。

博物館の中心にある「第2次世界大戦中の航空機」の展示ブース
博物館の中心にある「第2次世界大戦中の航空機」の展示ブース

日本海軍が使用した夜間戦闘機「月光」や、水上攻撃機「愛知 M6A 晴嵐」、特攻兵器として開発された「桜花」なども展示されている。

第2次大戦中の展示ブースには旧日本軍の航空機もある
第2次大戦中の展示ブースには旧日本軍の航空機もある
特攻兵器として開発された「桜花」
特攻兵器として開発された「桜花」

「桜花」の展示説明には、大戦末期にアメリカの軍艦を攻撃するために「人」と「航空機」による特別部隊が編成され「TOKKO(特攻)」という名前がつけられこと、連合国側から「Kamikaze(神風)と呼ばれ、双方に多くの死者がでた点なども触れられている。

展示の説明に記載された「TOKKO(特攻)」
展示の説明に記載された「TOKKO(特攻)」

戦後からすでに70年以上の年月が経過しているにも関わらず、博物館に展示されているそれらの航空機の展示を見るだけでも、タイムスリップしたかのように感じ、非常に厳かな気持ちになる瞬間でもあった。

館内の中心に鎮座するB-29「エノラ・ゲイ」
館内の中心に鎮座するB-29「エノラ・ゲイ」

そして、こうした航空機達に覆い被さるように鎮座しているのが、B-29爆撃機「エノラ・ゲイ」だ。その大きさは全長約30メートル、高さ約9メートル。過去には愛称から「超空の要塞」とも言われたその機体の巨大さに圧倒されると同時に、戦時中の東京大空襲などでは、このB-29が多数飛来して連日空襲を行ったと考えると、その光景は恐怖以外の何ものでもないと改めて感じさせられるところだった。

見学する人との比較でもエノラ・ゲイの巨大さが分かる
見学する人との比較でもエノラ・ゲイの巨大さが分かる

専門家「展示は過去に何が起きた考え、未来に繋げるため」

この国立航空宇宙博物館で研究・学術担当副部長を勤めるジェレミー・キニー氏にエノラ・ゲイの展示を行った歴史、そして訪れた人々にどのように受け止められているのかを聞いた。

国立航空宇宙博物館の研究・学術担当副部長ジェレミー・キニー氏
国立航空宇宙博物館の研究・学術担当副部長ジェレミー・キニー氏

――エノラ・ゲイの展示は何を意味しているのですか?

エノラ・ゲイは、国立航空宇宙博物館が所蔵する象徴的で重要な芸術品です。第2次世界大戦の終わりと、核時代の到来を物語っています。ですから、私たちの訪問者と共有する非常に重要な展示物なのです。

エノラ・ゲイの巨大な機体
エノラ・ゲイの巨大な機体

――この展示を見た人からはどのような反応がある?

来場者の反応は、「この展示を見たい」「この展示のことを聞いたことがある」というものでした。第2次世界大戦の話を聞いた外国人観光客や日本人観光客がこの展示物を見に来るのですが、彼らはエノラ・ゲイが自国の歴史や世界史の一部であることを知り、見たいと言っています。

キニー氏に説明を受ける筆者
キニー氏に説明を受ける筆者

――この展示で伝えたい事は何なのでしょうか?

エノラ・ゲイの展示は、第2次世界大戦の終結を原爆投下という形で伝えることを目的としており、技術や機体そのものを紹介し、人々がその体験を持ち込めるような形で展示します。エノラ・ゲイと原爆を使った戦争について、そして実際に見て、自分なりの反応をし、自分なりの考えを作り、その重要性や、その物語、歴史の重要性について考え、熟考することができるんです。また、過去に何が起こったのかを考え、未来へつなぐため、どのように役立つかを考えることができるのです。

エノラ・ゲイの近くにはコックピット内の展示
エノラ・ゲイの近くにはコックピット内の展示
3Dを使用してエノラ・ゲイ内の様子が分かる
3Dを使用してエノラ・ゲイ内の様子が分かる

キニー氏は、エノラ・ゲイによって投下された原爆「リトル・ボーイ」のコードネームの由来や、館内の機械でデジタル機器を使って、コックピットが見られることから、システムや原爆を投下したスイッチの場所なども説明をしてくれた。70年以上前の機体内部は、今から見ればかなりアナログな設備と、簡単な仕組みとなっていることにも驚いた。

エノラ・ゲイの説明文は簡素な内容となっている
エノラ・ゲイの説明文は簡素な内容となっている

「謝罪」に焦点の米メディアと国内の反発

バイデン大統領が原爆資料館を訪問した際の記帳で、「この資料館で語られる物語が、平和な未来を築くことへの私たち全員の義務を思い出させてくれますように。世界から核兵器を最終的に、そして、永久になくせる日に向けて、共に進んでいきましょう。信念を貫きましょう!」と記したことは、大きな一歩であったし、ジル夫人も「この歴史を教えなければいけない」などと発言しツイッターに投稿した。

バイデン大統領は原爆資料館の記帳で核廃絶への意欲を示した
バイデン大統領は原爆資料館の記帳で核廃絶への意欲を示した
ジル夫人も「この歴史を教えなければいけない」などとSNSに投稿
ジル夫人も「この歴史を教えなければいけない」などとSNSに投稿

ただ、日本とアメリカにある大きな温度差も感じるところも事実だろう。原爆資料館訪問に先立って行われた日米首脳会談で、バイデン大統領は「核を含むあらゆる種類のアメリカの能力によって裏付けられた、日本の防衛に対するアメリカのコミットメント」を改めて表明したほか、アメリカの核を含む「拡大抑止」政策に基づいた日本の防衛力強化についても両首脳は一致した。核兵器の廃絶に賛意を示す一方で、世界情勢を背景に核の増強は行われ続ける。

日米首脳会談では核を含む抑止力強化を再確認
日米首脳会談では核を含む抑止力強化を再確認

また、アメリカメディアは、G7の焦点についてウクライナ、対中国政策に加えて、国内問題の「債務上限」引き上げなどをあげる一方で、核廃絶への言及が少ない。原爆資料館などの訪問については「バイデンが広島で謝罪するのか?」という点が注目され、肝心の核廃絶議論については少なかった。被爆地広島で世界のリーダーが被爆者の心に寄り添い、慰霊し、核廃絶に向けた決意を示す目的よりも、広島の地でアメリカの大統領にその凄惨さを見せつけて、謝罪に日本が追い込もうとしているという見方は、アメリカ政府高官が「日米同盟がかつてない高い水準にある」という発言とは裏腹に違和感もあった。

歴史上初めてのG7首脳による原爆資料館訪問も行われた
歴史上初めてのG7首脳による原爆資料館訪問も行われた

ただ、実際にバイデン大統領の前に初めて、現職の大統領として広島を訪問したオバマ元大統領は「謝罪行脚」と議会から批判もされたし、アメリカが原爆の投下を謝罪すれば国内世論からも大きな反発を受けることは間違いない。大統領選挙を来年に控える中で、ただでさえ弱腰の大統領と野党・共和党などから批判を受けるバイデン大統領にその点に注目が浴びたことも理解は出来る。

アメリカメディアでは原爆資料館訪問の注目点は「バイデン大統領が謝罪するか?」に比重が置かれた
アメリカメディアでは原爆資料館訪問の注目点は「バイデン大統領が謝罪するか?」に比重が置かれた

また実際に、前述したエノラ・ゲイの展示を巡っては、退役軍人会などからも大きな反発が起きたことで、広島の被害などについては一切説明がされていない。「日本を降伏に追い込み」「原爆投下に使用された」ことはHPなどでも記載されているが、あとは技術的な進歩の歴史などに止まっている。世界情勢が激変する中で、アメリカが核軍縮、ひいては核廃絶に向けた一歩を今すぐに行う可能性も極めて低いのが現実だ。

ロシアの核使用の脅威も強まる中で、核兵器削減の動きは停滞
ロシアの核使用の脅威も強まる中で、核兵器削減の動きは停滞

岸田首相の理想を現実に近づける道筋は

岸田首相はG7の記者会見で「核兵器不使用の歴史、これは継続させなければならない。そして、これまで私たちの先人たちは、核兵器を減らすために様々な具体的な努力を行ってきた」と指摘した上で、CTBT(包括的核実験禁止条約)、FMCT(核兵器用核分裂性物質生産禁止条約)などが「今や忘れられたかのような現状」と強調した。その上で、「核兵器の実相、被爆の実相を多くの人々、特に世界のリーダーや、次の世代を担う若い人たちに触れてもらうことが、将来に向けて、この核兵器のない世界という理想を目指す上において何よりも重要である」と訴えていた。

岸田首相は核廃絶に向けた信念を実現できるのか
岸田首相は核廃絶に向けた信念を実現できるのか

少なくとも今回のG7サミットは、国際社会のリーダー達が長い期間、議論の隅に置いていた「核兵器の廃絶」についてもう一度考えてもらい、具体的に今後何をしていくことができるのか考えさせられる一幕であったのは間違いない。

岸田首相は理想を現実にどう結びつけていくのか
岸田首相は理想を現実にどう結びつけていくのか

核廃絶に向けては岸田首相の強い思いがあると言われるからこそ、この成果を今後にどう結びつけていくのか。理想の実現に向けて日本政府がどのように取り組み、国際社会をリードしていくのかも問われることになる。

(FNNワシントン支局 中西孝介)

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中西孝介
中西孝介

FNNワシントン特派員
1984年静岡県生まれ。2010年から政治部で首相官邸、自民党、公明党などを担当。
清和政策研究会(安倍派)の担当を長く務め、FNN選挙本部事務局も担当。2016年~19年に与党担当キャップ。
政治取材は10年以上。東日本大震災の現地取材も行う。
2019年から「Live News days」「イット!」プログラムディレクター。「Live選挙サンデー2022」のプログラムディレクター。
2021年から現職。2024年米国大統領選挙、日米外交、米中対立、移民・治安問題を取材。安全保障問題として未確認飛行物体(UFO)に関連した取材も行っている。