今年1月に福岡市で、元交際相手にストーカー被害を受けていた女性が殺害される事件がおきるなど、ストーカー規制法違反の検挙件数は昨年1028件、禁止命令も1744件といずれも過去最多となっている。

被害を防ぐため警察が加害者に警告や禁止命令を出す一方で、事件後に加害者が治療やカウンセリングを受ける再発を防ぐ取り組みも行われている。

ストーカー規制法違反の検挙件数(警察庁HPより)
ストーカー規制法違反の検挙件数(警察庁HPより)
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ストーカー禁止命令と警告件数(警察庁HPより)
ストーカー禁止命令と警告件数(警察庁HPより)

現在、60歳代の男性は同僚の女性に対するストーカー行為で逮捕された経験を持つ。

当時、50歳代の独身で両親と同居していたが、父親の死や母親を介護する生活が続く中で、職場で好意を持っていた20歳代の女性との結婚を一方的に意識するようになった。

今でもカウンセリングを受けている男性
今でもカウンセリングを受けている男性

父親からは生前「男は喋るものではない。女性を守り、口にしたことは実行しろ」とよく言われていたという。その教えを守り、映画や演劇に誘っても断られ続けたが、何度もプロボースをした。「びっくりさせたかもしれないが、男として口にしたら押しの一手だなと思った」と話す。

どうして罪になるのか分からなかった

女性からの相談を受けた警察から警告された後も、職場の女性の机を拭くことや掃除が日課になっていた。「好きだから結婚してくださいと言えば、机をきれいにしておくことで分かってくれると思った」

その後、女性は職場を変わったが、「自宅にバラの花を持っていけば許してくれる」と思ったが場所が分からず、女性や自宅への電話を繰り返してストーカー規制法違反の疑いで逮捕された。

逮捕されたときもどうして罪になるのかが分からず、罪の意識も持てなかったという。

本当の孤独を知った

執行猶予付きの有罪判決を受け、仕事も辞めた男性は初めて本当の孤独を知ったという。

「履歴書をだしても事件を知られてどこも雇ってくれなかった。世間もそういう目で見ます。社会と隔絶され、過去も未来もなくして誰とも話せなくなる。これが孤独なんだと」

そんな状況の中で知人の紹介で知ったのが、ストーカー被害者らのカウンセリングをしていたNPO法人ヒューマニティの小早川明子さんだった。

「自分のことをこんなに誠実に考えてくれる。この人と会って良かったと。帰りの電車に乗っているとき、自然に久しぶりの笑顔になっていました」と当時を振り返る。

「小早川さんは初めの一歩を踏み出す勇気をくれ、そのあとも寄り添ってくれる」

カウンセリングはおよそ10年になるが、今は福祉関係の仕事に就いていて、人の役に立てる人生を大事にしていきたいと話す。

「今は相手の女性を考えることを一切やめようと決めている」という。

ヒューマニティ 小早川明子さん 被害者らと向き合うカウンセリングルーム
ヒューマニティ 小早川明子さん 被害者らと向き合うカウンセリングルーム

小早川さんのカウンセリングは長い時間をかけて、ほぼ毎日、メールなどで日常で起きたことの報告を受け、時には食事をするなど自然な対話を重視している。

この男性の第一印象について小早川さんは「自分を正当化して、自分が好きなのだから相手も自分を好きなのだと思いこんでいた。相手の恐怖は分かっていなかった」と話す。

驚いて足元から崩れ落ちた

男性がタイミングとやり方を間違ったと言うので、「あなたが嫌われていたんですよ」とはっきり言ったら驚いて、足元から崩れ落ちたという。

逮捕も裁判も男性には効き目がなかったが「カウンセリングルームでの対話では分からないことも、ごはんを食べたり外のベンチで話したりしていると、ぽろっと本音が出てくるんです」 会話の中で都度、考え方をただしていっているという。

小早川さん自身、知人から経営していた会社の仕事を巡って恨まれて、脅迫されるストーカー行為にあった経験がある。

「被害者としてストーカーの怖さが分かっているからこの仕事ができるんです」

自分のストーカーはとてつもなく怖いが、そうではないからこそ、ストーカーの加害者とも会えるという。

ストーカー加害者の訴え

今年1月に福岡市博多区でストーカー殺人がおきてからは、ストーカーの加害者だった男性からの不安を訴える連絡が多くなっているという。

「人を殺そうと思ったことがある自分も捕まって当然だという訴えや、警察官を見かけると自分を捕まえに来たと脅える人もいます」 

事件の加害者への共感やストーカーをした相手への思いが蘇ったという人もいるという。

博多の事件の被害者と加害者
博多の事件の被害者と加害者

「被害者と交際するなど幸せな時間があればあるほど、失ったときには絶望する。その苦しみからストーキングを行い、警察に捕まったあとにカウンセリングを受け、いったんは収まっても、当時を思い起こさせる刺激を受ければ、数年後であっても気持ちが復活することもある。だからこそ長い時間の付き合いが必要なんです」

忘れられない事件

小早川さんはストーカー被害者のカウンセリングを長く続け、その過程で加害者とも会っているが、今でも忘れられない事件がある。

2012年に神奈川県逗子市で女性が元交際相手に殺害された事件では、大量のメールを送りつけられていたが、当時のストーカー規制法では取り締まることができなかった。女性から相談を受けていた小早川さんは加害者が脅迫容疑で逮捕・起訴された執行猶予中に介入したいと考えていたが、相手を刺激したくないという意向をうけて動けなかった。

「これまで事案に介入して被害者が亡くなったことはありませんでした。自分の踏み込みが足らずに亡くなったのだと思い、自分を責めました」「人に死んでほしくないのです」

逗子ストーカー殺人事件
逗子ストーカー殺人事件

警察の抑止やカウンセリングでは効果が期待できないほど衝動性が強く、殺意をいだいているような切迫したストーカーには、2013年から連携している病院で「条件反射制御法」という治療を受けさせるようにして、効果をあげているという。

「ストーカー行為をする人が被害者への行動を制御できない疾患のレベルなら衝動性を抑える治療、行動を制御できる不健康のレベルなら思考に働きかけるカウンセリングなどが効果的です。禁止命令を出すときにその判断ができ、危険なストーカーには治療が義務づけられるようになるべきです。治療法が広まり治療施設も増えることが必要です」

高齢者のストーカー化

そして最近は高齢者のストーカーの相談が増えていると小早川さんは感じるという。

「特に男性は退職などで仕事がなくなると一気に孤独になる傾向があります。女性は買い物や料理、友達付き合いなどあるが、男性は家族がいても妻や子供、孫との付き合いが希薄なことが多い。こうした人が見ず知らずの人や知人程度の相手に対し関わりを求めすぎて、突如ストーカー化することがあるのです」

ストーカー事件の加害者の年齢(警察庁HPより)
ストーカー事件の加害者の年齢(警察庁HPより)

警察庁のまとめでは昨年の60歳代以上のストーカー加害者は約12%となっている。

高齢化社会を迎える中で、孤独などから生じるストーカー行為の対策も求められる。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               

虐待やいじめが影響も

国立精神・神経医療研究センター 平林直次診療部長
国立精神・神経医療研究センター 平林直次診療部長

「幼少期から大切な両親とか友人らに大切にしてもらえなかった寂しさや怒りが、執拗に復縁を迫るような事件になることはありえます」

警視庁などからの委託を受けて、ストーカー規制法違反で逮捕された患者らの治療に「認知行動療法」であたっている国立精神・神経医療研究センターの平林直次診療部長は、子供のときの虐待やいじめなどの経験がストーカー行為に結びついていることもあると話す。

「患者にはその事件だけでなく、どういう風に育ってどんな学校生活だったか、親との関係はどうだったのか、なぜストーカー行為がおきたのかを聞き取ります。本人と一緒に紙に書くなど模式図にして、本人の中でおきていることを一緒に理解することがスタートだと思います」

「その上で、ふと寂しさを感じストーカーの相手に会いたいと思った時に、これまでは相手にメールをしていたが、認知行動療法では今までとは違った行動を取らせるために散歩や音楽など本人が好きなことをあらかじめリストにしておき、実際に行動します」

こうした別の行動を繰り返すことで、ストーカーにつながる気持ちを変えていくという。

変わろうとする意思があるか

一方で多くの患者が警察からの指示で来ているので、ストーカーの被害者や警察への反発があり、治療費も原則自己負担なことから治療のスタートラインにつけないこともあるという。

「精神科治療はすべてそうですが、患者に自分が変わろうとする意思があるかどうかが大切です。警察からある意味強制されてきて、お金を払って治療を受けることもあり、途中で病院に来なくなることが多いのも現状です」

患者が少なければ症例も集まりにくくなる。

「私たちもそれほど多くの患者を診ているわけではありません。一般的に病気は各病院の多くの症例から治療法が確立していきますが、受け入れ施設も限られている中では診断基準や確立された治療法も定まってきません」

「例えば通常の恋愛関係で別れた人たち100人と、ストーカー行為で別れた人たち100人を集めて、虐待やいじめの有無など統計学的に調べてみる。ただ現実にそういうデータはないので、まずはそこからだと思います」

治療の義務化と環境整備を

そしてストーカー治療を進めるためには態勢の整備が必要だと指摘する。

「ストーカー事件をおこした患者への治療が義務化されて、中核となる病院が各地に指定されれば多くの症例やデータが集まります。なぜ事件がおきるのか、治療・ケアはどうするのかなどの分析や環境整備が進めば、ストーカー対策は大きく進展していくと思います」

警察庁によると昨年は1149人の加害者に警察から治療やカウンセリングが促されたが、実際に受診したのは153人にとどまり、受診したあとに禁止命令や検挙されるなど「再発」した加害者は9人いた。

警察庁でも「医療機関などとの連携をさらに強化して治療を働きかけたい」としている。

【執筆:フジテレビ解説委員室室長 青木良樹】

青木良樹
青木良樹

フジテレビ報道局特別解説委員 1988年フジテレビ入社  
オウム真理教による松本サリン事件や地下鉄サリン事件、和歌山毒物カレー事件、ミャンマー日本人ジャーナリスト射殺事件をはじめ、阪神・淡路大震災やパキスタン大地震、東日本大震災など国内外の災害取材にあたってきた。