岸田首相演説時の爆発事件

4月15日昼頃、和歌山県和歌山市雑賀崎漁港で、岸田総理大臣が演説しようとした直前に、若い男が円筒状のものを投げ、大きな破裂音とともに白煙が上がった。

このため、周囲にいた聴衆者と警戒していた警察官が若い男を確保、威力業務妨害の疑いで現行犯逮捕した。この際、取り押さえた地元漁師の方と警察官の勇気に感服するが、テロの実行者には、爆発物を体に巻き付けている場合もあるため、十分な注意が必要であったことには留意願いたい。

その場で取り押さえられた容疑者
その場で取り押さえられた容疑者
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いずれにせよ、幸いにも会場に集まった人に被害はなく、岸田首相も無事とのことであった。

使用された爆発物とは

投げ込まれた爆発物は恐らくパイプ爆弾と同様の構造または類似の手製爆弾と思われ、会場にいた人が光っていたと証言していたことに加え、若い男が確保されてから数秒後に爆発していることから、若干のタイムラグを発生させる起爆装置が備え付けられていた可能性がある。

銀色の筒のようなもの
銀色の筒のようなもの

このパイプ爆弾は、金属やプラスチック製のパイプに火薬を詰めて密閉し、信管や起爆装置で爆発させる爆弾であり、素人でも動画投稿サイト等を見て容易に作成できてしまうほか、原料の入手も極めて容易である。

岸田首相のそばに銀色の筒が投げ込まれた瞬間
岸田首相のそばに銀色の筒が投げ込まれた瞬間

過去には、1971年に赤軍派が機動隊に対して鉄パイプ爆弾を投てきし、37名の重軽傷者を出した明治公園爆弾事件や、メディアを狙ったパイプ爆弾を送付した事件、また2015年には韓国人が靖国神社の公衆トイレでパイプ爆弾を爆発させた事件等、多数の事件で使用されている。

ローンオフェンダーによるテロ事件

今回の事件は、安倍首相銃撃事件から着想を得たと思われ、ターゲットを岸田首相としていた場合、同様に事前に動向が把握しやすい選挙期間を狙ったと思われる。

警察庁長官は、本年2月、安倍首相銃撃事件を受け、山上被告のような組織や団体に属さない「ローンオフェンダー(単独の攻撃者)」の対策などを強化する考えを示したが、恐らく今回もローンオフェンダーによるものであろう 。(現時点まで、被疑者において思想信条に偏りがある組織との繋がりはないとの報道がある)

安倍首相を手製の銃で狙撃する山上徹也被告
安倍首相を手製の銃で狙撃する山上徹也被告

あまり知られていないが、ローンオフェンダーによる非常に危険だった事件として、2007年に西武新宿線で「自爆テロ計画」を計画した男が摘発された西武新宿線爆破未遂事件がある。

この事件は、未然に防がれたものの、実行されれば100人以上の死傷者を出していた可能性がある。

ローンオフェンダーによるテロ事件から見える社会課題

先述の西武新宿線爆破未遂事件の男は、コミュニケーションが苦手で無職となり、「自分を受け入れてくれない世間が悪い」という理由で社会に対して怒りを持っていた。

そして、山上被告は統一教会により家庭環境が崩壊し、人知れず過酷な生活に苦しみ、当初は統一教会に、そして後に安倍首相に対して怒りを向け、極めて身勝手な犯行を行った。

山上徹也被告
山上徹也被告

これらの事件に共通するのは、彼らが社会から孤立し、苦しんでいたということである。

(テロ行為を持って社会に訴え出る手段は断じて許されない愚の骨頂である)

今回の事件がどのような動機であったかは解明されていないが、一部報道では、木村容疑者は普通の若い男性であり、近所でも大人しいとの評判で、特に変な噂もなく通常の生活をしていたと言われている。

近年の国内におけるローンオフェンダーによる事件の傾向では、通常の生活や目立たない生活をしつつ、社会に対する恨みを一方的に募らせている。

もし彼らが社会において、救われる機会や知られる機会があれば、事件は未然に防げたかもしれない。というのも、ローンオフェンダーに対しては、警備上、現場で動向を把握するには限界がある。

爆発で騒然とする現場
爆発で騒然とする現場

警備を行うのであれば、米国のように演説のスピーカーの周囲に防弾ガラスを設置し、導線をコントロールしやすい会場で、全員に対する手荷物検査を実施するような厳戒態勢を敷かなければならない。

そういった日本における警備が次のフェーズに差し掛かっていることに加え、社会においてローンオフェンダーの発見がなされることが重要である。

例えば、社会から孤立した人々が、SNS等で不満を訴えるような投稿行っていたり、過激な言動が見られた場合、行政が積極的に働きかける対策が必要である。

また、我々も日常生活において周囲の人々とコミュニケーションを取り、孤立していると感じさせないような配慮が必要である。もし、言動や生活に過度な異変を感じた場合は、行政や警察に積極的に通報する姿勢が求められ、行政や警察も蔑ろにせずに真摯に対応する必要がある。

テロ事件から見える社会の課題は、根深い。

【執筆:稲村悠・日本カウンターインテリジェンス協会代表理事】

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稲村 悠
稲村 悠

稲村 悠(いなむら ゆう)
Fortis Intelligence Advisory株式会社 代表取締役
(一社)日本カウンターインテリジェンス協会代表理事
外交安全保障アカデミー「OASIS」講師
略歴
1984年生まれ。東京都出身。大卒後、警視庁に入庁。刑事課勤務を経て公安部捜査官として諜報事件捜査や情報収集に従事した経験を持つ。警視庁退職後は、不正調査業界で活躍後、大手コンサルティングファーム(Big4)にて経済安全保障・地政学リスク対応に従事した。その後、Fortis Intelligence Advisory株式会社を設立。BCG出身者と共に、世界最大級のセキュリティ企業と連携しながら経済安全保障対応や技術情報管理、企業におけるインテリジェンス機能構築などのアドバイザリーを行う。また、一社)日本カウンターインテリジェンス協会を通じて、スパイやヒュミントの手法研究を行いながら、官公庁(防衛省等)や自治体、企業向けへの諜報活動やサイバー攻撃に関する警鐘活動を行う。メディア実績多数。
著書に『企業インテリジェンス』(講談社)、『防諜論」(育鵬社)、『元公安捜査官が教える 「本音」「嘘」「秘密」を引き出す技術』(WAVE出版)