長期化が予想されるロシアによるウクライナ侵攻、緊張が高まる台湾情勢、経済や安全保障、先端技術など多様面で展開される米中対立など、国際政治の中心は国家間イシューに回帰している。

バイデン政権が昨年10月に公表した国家安全保障戦略でも、テロに関する記述は中国やロシアなどに比べ後ろの方で、米国の外交・安全保障政策における優先順位も低下している。今日のウクライナ問題や台湾問題の状況を見れば、それに異を唱える者はいないだろう。にもかかわらず、米国は「イスラム国」や「アルカイダ」などサラフィジハード主義を貫くイスラム過激派への攻勢を緩めていない。

アメリカのバイデン大統領
アメリカのバイデン大統領
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米中央軍は4月4日、シリアで対テロ掃討作戦を3日に実施し、「イスラム国」の幹部ハリド・アイード・アフマド・ジャブリを殺害したと明らかにした。同幹部のバックグラウンドなど詳しいことは発表されていないが、ジャブリは「イスラム国」の再生のため組織の立て直しで主導的立場にあり、欧州への攻撃を計画していたとされる。

また、4月12日にも、米軍は8日にシリア東部でヘリコプターによる急襲作戦を行い「イスラム国」のメンバー2人を拘束したと発表し、これによって「イスラム国」の作戦立案、実行能力が低下するだろうとその意義を強調した。

また、米国務省は4月11日、シリアを拠点とするアルカイダ系組織「フッラース・アル・ディーン(Hurras al-Deen)」の幹部Sami Mahmud Mohammed al Uraydiを国際テロリストに指定した。

そして、最近のような対テロ掃討作戦は、昨年も断続的に見られた。

「イスラム国」の初代指導者であったアブ・バクル・アルバグダディ(201910月にシリア北西部イドリブ県で米軍に殺害された)の後継者となった2代目指導者アブ・イブラヒム・ハシミ・クラシが同年2月に米軍の急襲作戦によって追い詰められ自爆した。

自爆した2代目指導者の隠れ家(ドローン撮影:Mohamed Al-Daher)
自爆した2代目指導者の隠れ家(ドローン撮影:Mohamed Al-Daher)

そして、3代目となったアブ・ハッサン・ハシミ・クラシは昨年10月、シリア南部ダルアー県で行われた反体制派「自由シリア軍」の作戦で死亡したと米軍が発表し、その後、「イスラム国」はベテラン戦闘員であるアブ・フセイン・フセイニ・クラシが4代目指導者になったと発表した。

2代目や3代目同様、4代目指導者のプロフィールもベールに隠され、本人について詳しいことは分かっていないが、米軍は4代目指導者の殺害も狙っていることは間違いない。

米軍は昨年末、イラクの治安部隊やシリアの民兵組織とともに対「イスラム国」掃討作戦を両国で計313回実施し、686人を殺害し、374人を拘束したと発表した。そのうちシリアにおける米軍単独による攻撃は14回だったとしているが、米軍は地元の治安部隊を使って対テロ作戦を引き続き徹底している。

そして、アフガニスタンでは昨年8月、米軍は首都カブールでドローンによるミサイル攻撃を実施し、「アルカイダ」の指導者アイマン・ザワヒリを殺害したと明らかにした

殺害されたアルカイダの指導者アイマン・ザワヒリ容疑者
殺害されたアルカイダの指導者アイマン・ザワヒリ容疑者

アメリカに2つの政治的思惑

バイデン政権の最重要課題が中国との戦略的競争であり、昨年以降は対ロシアでも忙しくなる中、米国はこのように対テロ戦を徹底している。では、今日米国の優先順位も下がり、差し迫った脅威とは言い難いこの問題で米国が厳しい姿勢を貫く理由はどこにあるのだろうか。

これまでの経緯や今日の情勢に照らすと、少なくとも2つの政治的思惑がある。

まず、米国が抱える対テロ戦のジレンマである。

9.11テロから22年となるが、その間米国はアフガニスタンとイラクで対テロ戦を展開し、それによって多くの犠牲とコストを被り、建国史上最も長い戦争を経験した。

また、2011年12月、当時のオバマ政権がイラクからの米軍撤退を完了したが、その後生じた真空状態を埋めるように「イスラム国」の前身組織がイラクやシリアで勢力を拡大させた結果、国際社会は「イスラム国」という最大のテロの脅威に直面することになった。

そして、「イスラム国」や「アルカイダ」の本体は弱体化した一方、そのネットワークは今日も残り、何より米国など欧米への敵意を放棄していない。

これは9.11テロから変わっていない。米国としては、米国本土、海外にある米国権益をテロの脅威から守るため、もっと言えば、大規模な対テロ戦や「イスラム国」の再現を防止するため、今日でも対テロでは厳しい姿勢を貫いている。

ニューヨーク・ワールドトレードセンターが崩壊する瞬間
ニューヨーク・ワールドトレードセンターが崩壊する瞬間

また、これと関連するが、対中国を念頭においた思惑である。周知のように、バイデン政権は中国との戦略的競争を最優先事項としているが、対ロシアという問題が浮上したことは大きな負担となっている。

国家ほど軍事力を持ってはないが、このような状況で米国を敵視するテロ組織が勢力を盛り返すことは、対中国にコストやマンパワーを充てたい米国としては厄介な問題となる。今日の米国に対中国と対テロに同時進行で対応できる余裕はないはずだ。

そうなってくると、対中国に集中するためにも、テロの脅威が深刻ではない時でも十分に対処する必要性が生じる。

バイデン大統領と習近平主席
バイデン大統領と習近平主席

2001年1月に就任した当時のブッシュ大統領は、その前年の選挙戦の際、中国を既に戦略的競争相手と呼び、クリントン政権の対中関与政策を強く非難していたが、政権発足後の2001年4月に海南島事件(米中双方の軍用機が空中で衝突して米中の軍事的緊張が高まった)が発生したものの、9.11テロによって中国との関係は一変した。

言い換えれば、9.11によってブッシュによる中国との戦略的競争は影を潜めたわけであり(その間、中国は経済的、軍事的に台頭した)、今日の米国としては対テロによって対中国の時間を再び奪われるわけにはいかないのだ。以上、このような2つの政治的思惑が考えられる。

【執筆:和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415