日中外相会談を控えた4月2日の朝、国営の中国中央テレビでキャスターは以下のように伝えた。

「日本の各界で中国との関係を改善すべきだという声が高まっています」

あくまで「日本が改善したがっている」という報じ方だ。

日中外相会談当日の中国中央テレビのニュース この後の番組で日本特集が放映された
日中外相会談当日の中国中央テレビのニュース この後の番組で日本特集が放映された
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日本の対中感情は、大手製薬会社の日本人男性が拘束された問題もあり、およそ改善とはかけ離れた空気だが、この報道からは中国が日本企業からの投資など関係構築を期待していることがわかる。

ただ、中国側の対応には情報不足、連携不足も含めたチグハグさが目立ち、その方向性が見えにくい部分もある。林外相の訪中とその前後で起きた事象をもとに考察する。

序列ナンバー2との面会と外務省のチグハグ

中国が日本との関係構築を目指すその表れのひとつは、中国共産党序列2位の李強首相が林外相と会ったことだろう。

李強首相は「日本を一度も批判しなかった」という
李強首相は「日本を一度も批判しなかった」という

当初は「(中国最高幹部の)常務委員と会えるかわからなかった」(外交筋)という中、李強氏は笑顔で林外相と握手を交わした。そして翌日の人民日報には2人の面会が一面に掲載された。

会談翌日の人民日報は一面で報じた(右下)
会談翌日の人民日報は一面で報じた(右下)

実際の会談では「李強氏に応答要領は一切なく、彼の話したいように話していた」(別の外交筋)という。習近平国家主席が絶対的な地位を築く中、李強氏が自由に話していたとすれば、習主席から与えられた裁量が大きいことを示している。さらに李強氏は会談中「日本を批判することは全くなかった」(同)。日本人拘束事案など、日中間の厳しい空気との温度差に「最高幹部と秦剛外相とのギャップを感じた」(同)という評価も聞かれる。

王毅政治局委員は林外相を老朋友(古くからの友人)と持ち上げた
王毅政治局委員は林外相を老朋友(古くからの友人)と持ち上げた

党が政府より上位にある中国では外相の位置づけが日本とは全く違うが、外交の窓口である中国外務省に最高幹部らの意向も含めた情報が入らず、中国としての対応が統一されていなかったとすれば、それは日中双方にとって不幸である。

日本人拘束・輸出規制強化のチグハグ

中国当局による日本人男性の拘束事案が明るみに出たのは、林外相が訪中する1週間前だ。訪中直前の出来事に政治的な意図を感じてもおかしくないが、中国は役所が縦割りで相互の連絡、連携がほとんどないといわれている。男性を拘束した「国家安全部」には外交や経済事情を考える必要はないので、彼らの理屈、国内事情で拘束に踏み切ったとみられる。「当局は以前から彼に目を付け、帰国直前のタイミングを狙ったのだろう」(外交筋)という指摘があるように、拘束事案と林外相訪中との関連はないとみていいだろう。

秦剛外相は日本人拘束について「法に基づいて処置する」と応じた
秦剛外相は日本人拘束について「法に基づいて処置する」と応じた

また、3月31日に経済産業省が発表した半導体製造装置の輸出規制の強化も、アメリカの規制強化に合わせただけの措置で、そもそも自主的に輸出を規制していた日本は実態としては何も変わっていなかった。中国外務省は即座に反発したが、担当部局である中国商務省は何も変わりがない実情を把握していたはずだ。これも中国の部署同士で連携がないことの証左で、アメリカで撃墜された気球の事案と同様、中国外務省には情報が入っていなかったとみられる。

現実を見据えた日本の対応

こうした中で、垂駐中国大使ら大使館幹部はここ最近、中国商務省との面会を重ねているという。日本企業の投資など、経済的な繋がりを重視する中国側の本音を踏まえた対応だ。

対中外交の現場を率いる垂駐中国大使
対中外交の現場を率いる垂駐中国大使

中国との関係では抗議の応酬になることも多いが、一方で現地の大使館員は中国の実情を理解し、日本の国益を見据えた行動を取っている。中国経済の浮沈は日本に影響することも必至なだけに、感情や筋論とは別に中国に相対しているのだろう。

中国外交に見られる“微笑み”は、途上国に対しては「中国式統治」の浸透が目的のひとつだが、こと日本に対しては国内事情によるものが大きく、状況が変わればその表情は簡単に“戦狼”に変わってしまう。日中関係は常にそうした微妙なバランスの上にある。米中両国の対立が続き、5月のG7広島サミットを控える中、そのチグハグな中国との関係はいっそう複雑になっていると言えるだろう。

日本は中国に満面の笑みで応じるわけにもいかないが、中国との関係を断絶すればいいというわけでもない。現地の企業活動も含めた国益とそれに従事する日本人の安全もまた大事だからだ。対中外交の険しい道は続く。

(FNN北京支局長 山崎文博)

山崎文博
山崎文博

FNN北京支局長 1993年フジテレビジョン入社。95年から報道局社会部司法クラブ・運輸省クラブ、97年から政治部官邸クラブ・平河クラブを経て、2008年から北京支局。2013年帰国して政治部外務省クラブ、政治部デスクを担当。2021年1月より二度目の北京支局。入社から28年、記者一筋。小学3年時からラグビーを始め、今もラグビーをこよなく愛し、ラグビー談義になるとしばしば我を忘れることも。