「電動キックボードの先進国」とも言われているフランスで、そのレンタルサービスをめぐり大きな変化が起きた。
4月2日、パリ市は市民に「電動キックボードのレンタルサービスに賛成か反対か」を問う異例の住民投票を行った。利用者のマナーの悪さが問題視されていた中、パリ市民が下した答えは「ノー」だった。2018年の急速な導入と発展からわずか5年しか経たない中で、「パリは電動キックボードのレンタルサービスを廃止するヨーロッパ初の首都となる」と現地メディアは報じている。
環境にやさしい移動手段として電動キックボードを歓迎してきたパリで一体、何が起きてしまったのか。
この記事の画像(14枚)迷惑行為、死亡事故も…相次ぐ問題と規制強化
レンタルサービスの登場以来、利用者のマナーの悪さによって様々な問題が発生してきた。街のそこら中に電動キックボードを放置したり、猛スピードで走ったりする迷惑行為が相次いだ。死亡事故まで起き、パリ市民の懸念は膨らむ一方だった。
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電動キックボードと歩行者 フランス・パリに見る共存への“道”は?
市民の不満の声にこたえるために、事業者と行政は連携して規制を導入してきた。
まず、フランス政府は交通規則を徹底し、ルールに違反した人には罰金を科すという措置をとった。また、パリ市は市内のスピードを20キロに制限した上、広場のような歩行者の多い場所では、さらに厳しい時速10キロに定めた。
それに合わせ、レンタル会社はGPSを使って場所によって電動キックボードが出せる最高速度を制限した。駐輪スペースを設けて、車体が倒れないようにスタンドを改善するなど様々な工夫をしてきた。また、体重などを感知して2人乗りを防ぐ技術を、2023年3月末に発表した。
パリで月に約40万人もの利用者を誇るレンタル電動キックボードだが、事業者らの努力もむなしく、フランス交通安全当局によると、2022年にフランスで新たな規制が導入されてからも、関連する事故で34人が死亡した。市民の不安は募っていった。
レンタルサービスの在り方を問う異例の住民投票
こうした中、パリ市は2023年1月にレンタル電動キックボードの継続について市民に意見を求めることにし、初めての住民投票を行うと発表した。パリ市長はその結果を尊重するとも明言した。これについては、行政は打開策を探る責任を放棄して、市民に判断を委ねたという見方もある。
パリでは、街の緑化や自動車の駐車スペースの設置など、市民の日常生活に密接する課題は、インターネットによるアンケートを行い、市民は自由に投票できることが多い。
しかし今回、パリ市は市政史上初めての「住民投票」という形をとったのだ。
総選挙や市長選挙などと同様に、住んでいる自治体の「選挙人名簿」に基づき、投票所で直接票を入れる方式で、しかも総選挙では認められている代理人による投票は、この住民投票では認められないという厳格なルールのもとで行われた。
パリ市によると、身近なテーマでの投票についてこうした形式を取るのは初めてだという。
「票の買収は汚い」批判の声 レンタル事業者の不満も
住民投票当日に向けて、反対派と賛成派の双方は裏で激しい議論を交わした。
レンタル会社側はサービスの廃止を恐れ、本格的な周知キャンペーンを行った。ちらしを配ったり、利用者に選挙人名簿への登録を促すため、無料でキックボードを使用できる“フリーライド”をプレゼントしたりした。それに加え、若者にアピールするためにインフルエンサーにお金を出し、SNSで電動キックボードのレンタルサービスを守るよう呼び掛けてきた。「票の買収は汚いぞ」との批判に対し、事業者は投票自体の周知不足を指摘し、パリ市に住んでいない利用者が参加できない厳しい条件への不満をもらした。
また、「議論の場はなく、『反対』か『賛成』という2つの選択肢しかない」とレンタル会社側はパリ市の姿勢を非難した。
市役所は2022年に独立機関に電動キックボードを含む「マイクロモビリティの事情」に関する調査を依頼していたが、結果については今も非公開のままだ。
ただ、関係者から入手した調査報告書を確認すると、転んだり事故に遭ったりする確率は、レンタル電動キックボードが26%、レンタル自転車が51%で、自転車の利用者の方が事故に遭いやすいことが書かれていた。廃止を呼び掛けるパリ市にとって市民に伝えたいイメージと齟齬があったためか、市はこのデータを公表せず、危険性だけを強調してきた。
結果は「継続反対」も…投票率7.46%
4月2日を迎えて、私は投票所に向かった。そこには、多くの人が投票するために並んでいた。
ただ気になったのは、子連れの親や高齢者が多く、若者の姿がほとんどなかったことだ。レンタルサービスを利用する人のうち約70%の人が35歳未満だが、まさにその年齢層は、あまり見かけなかった。
そして一日を終えて、結果が発表された。「継続反対」が約89%で、「継続賛成」を圧倒的に上回った。
パリのイダルゴ市長は「投票所まで来た全てのパリ市民に感謝している」と、今回の取り組みは成功だと賞賛して、「今年9月以降、レンタル電動キックボードは街から無くなる」と廃止の方針を発表した。ただし、投票率はわずか7.46%で、有権者138万人ほどのうち約10万人しか参加しておらず、「民主主義の大敗」「予想できた失敗」と厳しく反論する声も出てきている。
さらに、レンタル会社は取材に対し、「少人数が、都市の移動手段にふさわしくない影響を及ぼした」とコメント。「環境に配慮した移動手段を受け入れるという世界の動きに逆行している」と反発している。
このように投票率の低かった結果がすべての市民の声を反映しているのか。疑問に思い、一夜明けて、直接パリの人たちに改めて意見を聞いた。
市役所前で出会った60歳男性は「廃止には賛成。危ないし、パリでは深刻な問題だ」と投票の結果に対して喜び、「レンタルの電動キックボード以外にも、環境に優しく、安全な移動手段はある」とパリの今後の移動手段の在り方について答えてくれた。
また、自分の電動キックボードを所持する34歳男性は「レンタルの電動キックボードは、若者が遊ぶために乗ることが多いので、廃止はいいことだ」と説明した。
一方で、「継続賛成」に投票した46歳男性は「一部のマナーが悪いというだけで、移動手段の1つを廃止すること自体が非常識。なぜ、きちんと罰金を科さないだろう」と廃止のニュースを悲しんでいた。
さらに、ドイツから訪れた27歳男性は「バカバカしい決断だ。環境にも良いし、観光客にとっても便利なのに」と1年後に迫ったパリ五輪に向けて移動手段が不足しないか疑問を呈した。
実際、賛否で分かれていても「継続反対」の声の方が多かった。2023年3月に行われた世論調査では「継続反対」の声が70%を占めていたので、これはおおむね正しいのだろう。
2024年パリ五輪に向けて移動手段の在り方は?
2018年に電動キックボードのレンタルサービスを導入してから、事業者は様々な対策を実施したにもかかわらず、問題を解決できず、市民には多発した事故の記憶を忘れてもらえなかった。
投票率が低くても、意見を表したい人が足を運んできちんと投票をし、「反対多数」の結果となったのは事実である。その判断に従うことも重要だ。
以前私は、電動キックボードと歩行者が安全に行き交い、気軽に散歩できるような落ち付いたパリを理想にしていたが不可能となりそうだ。世界のどこかでその理想が叶うのだろうか。今後、日本の状況を見守っていきたいと思う。
交通ルールを守らず2人乗りする人を、今もパリで日常的に見かける。利用者の無責任な乗り方を解決するためには、廃止の選択しかなかったのかもしれない。ただ、移動手段の供給が不十分とされているパリに、2024年の五輪に向けて1000万人が訪れると予想されていて、私の懸念はどうしても解消できない。
2024年にパリを訪れる予定の日本人の方は、満員電車に揺られる心の準備を。
(FNNパリ支局 ルアナ・モセ)