花の都パリ。
世界中の観光客を魅了してやまない歴史的建造物とフランス人が誇る文化。

レストランやお店が建ち並ぶ通りをのんびり歩いていたら突然……信号無視して走ってくる自転車と危うく衝突しそうになり、間一髪で免れた。さらに道を進むと今度は時速20キロは出ているであろう2人乗りの電動キックボードが、歩行者の間を縫うように走って行った。

最近のパリでは日常的に遭遇する出来事だ。自転車や電動キックボードによる事故が多発し、歩行者の安全が脅かされる中で、自転車、電動キックボード、自動車、歩行者など道路の利用者が共存の道を探る動きが広がっている。

パリ市が取り組む《グリーン》改革

パリ市は環境保護を目的に様々な対策に取り組んでいる。排出ガスゼロと再生可能エネルギーの強化を柱として、市民の多様性と生活の質を考慮しながら500以上の取り組みを発表してきた。

建造物、移動手段、食生活、ゴミ処理などのような課題について、2030年までに温室効果ガスの50%削減と再生可能エネルギーの使用を45%に引き上げることを目指している。2050年までに排出ガスをゼロにし再生可能エネルギーを100%にするのが目標だ。

パリ市はセーヌ川沿いの道路を車両に閉鎖し、歩行者専用にした
パリ市はセーヌ川沿いの道路を車両に閉鎖し、歩行者専用にした
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パリ市が«グリーン»改革を展開する中で、2018年から登場したのが電動キックボードだ。パリとその近郊では多くの交通機関の設備が古く、故障しがちなこともあり、電動キックボードのような気軽に利用できる乗り物が一気に人気を集めた。3社だった運営会社があっという間に10社以上に増えた。

新型コロナウイルスをきっかけに、パリの« グリーン »改革は一気に進んだ。公共交通機関での感染を懸念する市民たちが自動車を利用しないように、自転車専用レーンを新たに設けた。市民からは« Corona pistes »(「コロナ・ピスト」、コロナウイルス自転車専用レーン)と呼ばれている。

最も象徴的なのはルーブル美術館とテュイルリー公園の横を通るリヴォリ通りで、一般車両の車線が撤去され自転車専用レーンとして生まれ変わった。2020年5月に1回目のロックダウンが解除されると、自転車の利用者が52%上昇し、電動キックボードの利用者も急増した(パリ市役所のデータより)。

自転車専用レーンとして生まれ変わったリヴォリ通り
自転車専用レーンとして生まれ変わったリヴォリ通り

パリのリヴォリ通りを散策してみると、車の騒音はなく、気持ちよくパリの中心部を楽しめるようになっていた。その反面、自動車でのアクセスが難しくなったことで、近所のお店の売り上げが減ったとの報告もある。

「死を招く電動キックボード」 ?

パリ・シャンゼリゼ通りの歩道を走る2人乗りの電動キックボードの若者のグループ
パリ・シャンゼリゼ通りの歩道を走る2人乗りの電動キックボードの若者のグループ

利用者の増加に伴って電動キックボードをめぐる事故が相次いで発生した。2人乗りの電動キックボードがバランスを失い転倒したり、歩道を走って歩行者に衝突したり、至る所にキックボードが放置され道が塞がれるなど、事故の危険と迷惑駐輪が大きな社会問題となっていたのだ。

2019年5月には生後7週間の娘をベビーカーに乗せて横断歩道を渡っていた母親に電動キックボードが衝突した。幸い、母親と赤ん坊にはケガはなかったものの、その場にいた赤ん坊の父親が怒り、電動キックボードは「死を招く乗り物」だと、市役所に電動キックボードを禁止するよう求めた。

信号無視する電動キックボード
信号無視する電動キックボード

この年、電動キックボードによる事故の被害者が集まり、団体を結成した。被害者が法的措置をとる際の相談窓口を設けるなどサポートの傍ら、歩行者と電動キックボードが安全に共存するために方策を提案している。事故を起こした電動キックボードの90%が事故後に逃走していることから、団体の責任者はナンバープレートの取り付けや利用者の身分証明書の提示を求めている。

状況の悪化を受け、パリ市と政府は2019年から新たな規制を導入した。まず競争入札を行い、運営会社の数を3社に限定。また、電動キックボートの歩道の通行を禁止し、自転車専用レーンに制限した。利用者と歩行者の安全のためにヘルメットの着用を推奨し、2人乗りも禁止、利用年齢は12歳以上と定めた。

さらに駐車スペースを指定し、速度を時速25キロに制限した。違反すれば日本円で約5000円から最高で20万円までの罰金が科される。

移動習慣の改革のために更なる厳格な規制の必要性

2人乗りの電動キックボード
2人乗りの電動キックボード

パリに登場してから4年、人気を集める電動キックボードだが、事故の状況を改善するための打開策はいまだに見つかっていない。

2021年6月14日の深夜、30代のイタリア人女性がアルバイト先の飲食店から帰宅するためセーヌ川沿いの歩行者専用道路を歩いていたところ、2人乗りの電動キックボードにひかれた。女性は地面に頭を強打し病院に搬送されたが、2日後に死亡。電動キックボードに乗っていた2人はその場から逃走し、その後逮捕された。2人は看護師で、飲酒運転だったことも判明した。

市民の怒りの声と不安に応じるために、パリ市は2021年6月に電動キックボードの規制をさらに強化した。公園や広場など歩行者の多い場所では自動で速度を時速10キロに制限したのだ。

歩道を走る2人乗りの電動キックボード
歩道を走る2人乗りの電動キックボード

電動キックボードばかりが悪い?問われる歩行者マナー

車線の脇に放置された電動キックボード
車線の脇に放置された電動キックボード

電動キックボードの普及でパリは歩行者にとって危険な場所になったのだろうか。

パリにおける死亡事故のデータを見ると、半数以上は乗用車が絡む事故となっている。パリ警察交通安全部の2019年の死亡事故報告書によると、交通事故で死亡した歩行者は47人、そのうち、キックボードに巻き込まれた人が1人、オートバイが8人、トラックやバスが15人、乗用車にひかれて死亡したのが23人だった。

同じく2020年のまとめでは、交通事故で死亡した歩行者15人のうち、キックボードに巻き込まれたのが1人、自転車が1人、オートバイが2人、トラックが3人、そして乗用車にひかれて死亡したのが8人だった。

一方、2020年5月に高速道路運用会社が行った世論調査では、76%の歩行者が歩道で電動キックボードや自転車などと接触したことがあると答えている。

ただし、歩行者自身にも責任がないわけではない。同じ調査では86%の歩行者が横断歩道が無いところで道路を渡ったことがあると答え、10人に7人が赤信号でも渡ると答えている。信号無視する自転車と電動キックボードばかりが悪いと思われがちだが、歩行者自身がルールを守っていないという実態があるのだ。

スペインのバルセロナ市のように世界的に見ると、電動キックボードを禁止した都市も少なくない。世界一の自転車都市と呼ばれるデンマークのコペンハーゲン市も、事故と迷惑問題を理由に電動キックボードを禁止した。

フランスで電動キックボードが一般的な移動手段として登場した際、道路交通法の対象外だったため、法的な規制が無い状態だった。迷惑駐輪と事故の発生で規制は導入されたが、利用者のマナーにはまだまだ不満の声も多い。歩行者だけでなく利用者自身の安全のためにも明確なルールづくりと専用レーンを充実させる必要がある。

環境にやさしい移動手段を理想とするパリ、そして深刻な危機を迎えている地球温暖化問題。8月9日に気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が地球温暖化現象とそれに伴う影響と災害について報告書を公開した。

報告書では2030年頃に地球の温度が1.5度上昇し、自然災害が増加すると指摘している。温室効果ガスを大量に排出する移動習慣そのものを、見直す必要があるのは確かだ。

環境にやさしい移動手段の利用を促すためにパリ市は都内の自転車専用レーンを増やした
環境にやさしい移動手段の利用を促すためにパリ市は都内の自転車専用レーンを増やした

お洒落なブティックやレストランのテラスの前を、電動キックボードと歩行者が安全に行き交い、気軽に散歩できるような落ち付いたパリが私にとっての理想だ。

地球の保護を考えながら、生活の質を向上させ、道路の全ての利用者が安全に共存できるよう手がかりを探り続けたい。

【執筆:FNNパリ支局 ルアナ・モセ】

ルアナ・モセ
ルアナ・モセ

異文化と多様性を目指す

フランスとブラジルのハーフ。 フランス国立東洋言語文化大学で日本語と国際関係を勉強した後、立教大学に留学し社会学を専攻。 大学中からFNNパリ支局で取材を手伝っている。