3月、新潟県柏崎市に聴覚障害者の受け入れに特化したデイサービス施設が開所した。県内で初めてとなる施設には、障害の有無に関わらず、誰もが安心して老後を迎えられる社会を目指す思いが込められている。

全国的に少ない聴覚障害者向け施設

3月4日、柏崎市で行われたのは、デイサービス(=通所介護施設)の開所式。

「宅ろう所 太陽と月」
「宅ろう所 太陽と月」
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「宅ろう所 太陽と月」と名付けられた施設。

もともと保育園として使われていた建物をクラウドファンディングを活用しながら改装したその施設内には、大きな特徴がある。

杉本一機キャスター:
ベッドがある静養室から活動室、食堂へと続く壁の仕切りは取り払われ、こちらの壁には、大きな窓が開けられています。どちらの部屋からも、互いに目で見通せるようになっています

壁を大きくくりぬいた窓。トイレは外側にライトが設置され、一目で人が入っているかどうか分かるようになっている。

開所式から2週後、施設を訪ねると、スタッフと利用者の間でやりとりされていたのは、手話による会話。

「太陽と月」は、デイサービスとして県内で初めて聴覚障害がある人の受け入れに特化した施設。手話でコミュニケーションをとれるよう、極力、視界を遮る仕切りを取り払っている。

宅ろう所 太陽と月 武藤洋一 施設長:
聞こえない人が安心して介護が受けられる施設をつくりたいと思っていて、今回実現できた

「宅ろう所 太陽と月」 武藤洋一 施設長
「宅ろう所 太陽と月」 武藤洋一 施設長

こう話すのは、施設を立ち上げた武藤洋一さん。

中学生で、たまたま触れた手話に興味を持ち、手話通訳士の資格を取得した武藤さんは、その後、介護の道へ。

そこで気付いたのは、聴覚障害者向けの介護施設が全国的に少ない現状だった。

手話ができる介護スタッフが少ないこともその一つの理由だが、ほかにも…

宅ろう所 太陽と月 武藤洋一 施設長:
要介護度の調査のときに、手話通訳がついていないところもある。そもそも介護の認定が受けられないので、介護のサービスを受けられないという状況がある

「見えづらい介護」で施設の普及進まず

介護施設を利用するためには、国から「要介護認定」を受ける必要がある。

しかし、聴覚障害がある人の場合、調査時に自分の状況が正確に伝わらないことで、本来は介護を受ける必要があるにも関わらず「介護不要」と判断されるケースも多いという。

こうした聴覚障害者の介護ニーズの見えづらさから施設の普及も進まず、「安心した老後を過ごせるか、不安を抱える人が多い」と話すのは、新潟県聴覚障害者協会の米津会長。

新潟県聴覚障害者協会 米津道幸 会長:
現状では、聞こえる人が通う高齢者施設に、聴覚障害者が一人で通う例がある。そうしたところでは、手話でのコミュニケーションが通じず、利用する聴覚障害者は楽しんで会話するのが難しかった

「太陽と月」の最初の利用者である、五十嵐悦子さん(91)もその一人だった。

(Q.周りの人が何を話しているか分からないと、不安や寂しさも?)
五十嵐悦子さん:

とてもある。会話が指さしだけでしかないので、言われたことに従うだけ

(Q.「太陽と月」ができて?)
五十嵐悦子さん:

うれしい。よかった。手話で話ができるので

施設運営の傍ら、介護を望む聴覚障害者の家族などからの相談にも積極的に乗り、見えづらい介護ニーズの掘り起こしに取り組む武藤さん。

目指しているのは、障害の有無に関わらず、誰もが安心して老後を過ごせる環境づくりだ。

宅ろう所 太陽と月 武藤洋一 施設長:
私たちのビジョンは、聞こえない人も聞こえる人も共に笑い合える、ろう社会を掲げている

現場から正確にくみ取れていないとの声が上がる聴覚障害者の介護ニーズ。

その背景には、「耳が聞こえない・聞こえづらいという聴覚障害に対する、社会の理解そのものが進んでいない現状がある」と言われている。

「聴覚障害者の日常」を体験

では、聞こえない世界とはどのようなものなのか。

聴覚障害がある人にとって、日常がどのように聞こえているかを再現しようと開発されたVRを杉本キャスターが体験した。

杉本一機キャスター:
道路をゆっくりと歩いています。あ!車が後ろから急に追い抜いていきました。かなり近かったですが、通り過ぎるまで気付きませんでした

音が聞こえない状態では、車に気付かず
音が聞こえない状態では、車に気付かず

至近距離を急に走り抜いていった車だが、健聴者の場合…

杉本一機キャスター:
車は、クラクションを鳴らしていたんですね

健聴者には、クラクションが聞こえていた
健聴者には、クラクションが聞こえていた

身の危険につながる場合があるほか、家族で囲む食卓の一幕では。

杉本一機キャスター:
家族が何を話しているか分からないですが、家族はみんな盛り上がっています。会話に入ってけない寂しさ、孤独感があります

分からない会話内容に、こみ上げる疎外感。見た目に分かりづらいことから、「見えない障害」とも言われる聴覚障害。

誰もが安心して暮らせる社会を

デイサービスを立ち上げた武藤さんは、障害の有無や年齢に関わらず、地域の人に気軽に施設に立ち寄ってほしいと考えている。

「そこで多くの人に、まずは聴覚障害について関心を持ってもらうことが、誰もが安心して暮らせる社会の第一歩になる」と話す。

宅ろう所 太陽と月 武藤洋一 施設長:
聞こえない人たちが生活をしている。その生活に実際に出会ってもらう。社会全体の人たちに聞こえない高齢者の現状、介護とか手話が学べることを広められるといい

(NST新潟総合テレビ)

NST新潟総合テレビ
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