新型コロナ感染症対策が緩和される中、“音楽業界”にもその兆しが…。プロとアマチュアが一緒になって作り上げる広島シティーオペラ。「自分の体が楽器」という声楽家たちは、コロナ禍を乗り越え再び動き出した。

声楽家として“人前で歌える”喜び

2月25日、広島市内でオペラ「タンホイザー」が観客を入れて上演された。リヒャルト・ワーグナーの作品の中でも、最も高度な歌唱力が求められる壮大な作品の1つである。

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キャストの声楽家は「生の演奏を聴いていただけるのは僕たち演奏家にとってありがたい。全力でワーグナーのすばらしさを届けられたら」と話す。“生の演奏”を観客と共有できない時期があったからこその言葉だ。

コロナ禍で活動を制限された声楽家たちは、この日にたどり着くまで、どのような思いで過ごしてきたのか。

本番が迫る2月中旬、マスクをつけて稽古が行われていた。歌うためには、息継ぎのたびにマスクをずらし呼吸を整えないといけない。

オペラの稽古中、マスクをずらして呼吸する大迫和磨さん(右)
オペラの稽古中、マスクをずらして呼吸する大迫和磨さん(右)

ハインリヒ役・大迫和磨さん:
声を出すことが感染につながる。歌い手なんで、歌えなかったら“いる意味ない”じゃないですか。だから、それがしんどいし、つらいですね

エリーザベト役・河部真里さん:
歌うことが悪いこと…じゃないですけど、コロナ禍で稽古が全部ストップしてしまったこともありました

それでも歌いたい。感染対策を徹底して再び活動し始めた。

音楽教員の立場でもコロナ禍に直面

メインキャストの1人、ヴァルター役を演じるエリザベト音楽大学出身の中東駿さん。

ヴァルター役・中東駿さん:
僕みたいにメガネをしていると、マスクでくもってくる。マスクをつけていると息を吸いにくいので酸欠にならないように

中東さんは声楽家として活動するだけでなく、広島市安佐南区の山本小学校で音楽を教えている。

音楽教員・中東駿さん:
先生のお腹をグッとさわってください

男子児童が中東さんのお腹に手をやると、フッフッフッと見事な腹式呼吸をして見せた。教室に笑いが起きる。声楽家ならではのやり方で音楽の楽しさを伝えている。

広島市立山本小学校で音楽の授業を担当する中東さん
広島市立山本小学校で音楽の授業を担当する中東さん

しかし、コロナ禍の影響は教育現場にも…。音楽の授業は以前と大きく変わってしまった。マスクをして歌を歌い、リコーダーを吹くときは机の上にパーティションを置いて飛沫(ひまつ)を防止。

音楽教員・中東駿さん:
パーティションの中の音楽になってほしくないが、コロナによる学級閉鎖もあったので、感染の原因が音楽であってほしくないなっていう気持ちもあります

コロナ禍でも子どもたちは歌うことが大好き。この日の授業で歌うのは1曲だけのはずだったが…

児童:
先生、エーデルワイスを歌いたい!

「エーデルワイス」を合唱する児童たちと中東さん
「エーデルワイス」を合唱する児童たちと中東さん

児童のリクエストに応え、みんなでエーデルワイスを合唱。「歌うことは楽しい」…その思いを、中東さんはオペラを通して伝えようとしている。

音楽教員・中東駿さん:
子どもたちに伝えていることを自分が表現できているのかな。もっと頑張らなきゃ。もっともっと歌で人に伝えたいと思います

舞台裏や客席にも“緩和の兆し”

本番の朝。手指の消毒や検温などの感染症対策を行いながらも、現場に少しずつ“緩和の兆し”が見えてきた。本番直前に全員で行っていた抗原検査は、2023年からそれぞれが自宅で陰性を確認。舞台裏のスタッフも緩和の流れを感じている。

衣装スタッフ・川上春菜さん:
歌っている方は息だけでなく唾が出ていることが多い。ドレスの後ろに取り付ける「トレーン」は、舞台上の飛沫を引きずるので一時禁止されていました。それが今回は緩和されて、トレーンOKに

メイクのスタッフも今回から手袋をつけずに、キャストの肌に直接触れることができるようになった。

ヴァルター役・中東駿さん:
衣装を着てメイクすると、気合が入りますね

いよいよ開場。客席にも活気が戻ってきた。2023年から入場制限はなく、間隔をあけて座る必要もない。

幕が上がった。オーケストラの演奏とともに伸びやかに歌う声楽家たち。思うように歌えなかった時期を乗り越え、会場いっぱいに歌声を響かせた。

一幕「官能の愛と清き愛の間で揺れる騎士タンホイザー」

二幕「タンホイザーは快楽の愛を賛美してしまい追放される」

三幕「ローマでもゆるされなかったタンホイザーだが清き愛の力で救済された」

コロナ禍で中止が相次いだ舞台。しかし音楽は人生を豊かにしてくれる。フィナーレの後、鳴りやまない拍手が会場全体を包んだ。

ヴァルター役・中東駿さん:
やっぱりカーテンコールはたまらないですね。お客さんに拍手をもらえて…。楽しかったです

音楽は”不要不急”ではなく”必要不可欠”なもの。そのことに改めて気づかされた3年間だったかもしれない。

(テレビ新広島)

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