カンボジアでH5N1型の鳥インフルエンザに家族2人が感染し、そのうち11歳の女の子が死亡した。

ペルーでは当局が、この1カ月余りで国内の保護地域にいるアシカ700頭以上が、鳥インフルエンザへの感染により死んだと発表。

日本でも、今シーズン過去最悪のペースで鳥インフルエンザが拡大している。

これまで、日本国内では人への感染が疑われる発症例の報告はないものの、今後感染の可能性は出てくるのだろうか。

感染者の致死率が50%以上(WHO)と言われる高病原性鳥インフルエンザ(H5N1型)について、北海道大学獣医学研究院の迫田義博教授に、感染拡大の理由や、我々が気をつけるべきことなどを聞いた。

ヒトは“鳥インフル”には免疫が無い

カンボジアで一人の少女の命を奪った高病原性鳥インフルエンザ(H5N1型)。そもそも鳥インフルエンザは、どういう状況で人へと感染し、どのような症状を見せるのだろうか。

北海道大学獣医学研究院・迫田義博教授
北海道大学獣医学研究院・迫田義博教授
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――鳥から人への感染はあるもの?
まず、今流行している高病原性鳥インフルエンザですが、最初に鳥の間で流行が始まったのは、1996年、中国の広東省での出来事です。その翌年の1997年に、香港で鳥から人への感染が報告されました。

その後、中国や東南アジアであったり、鳥インフルエンザ対策が徹底できていない国で、偶発的に鳥からたくさんのウイルスに暴露された人への感染が起きて、感染報告があるというのがこれまでの歴史です。

今回のカンボジアの例も、それと同じ状況だと思います。

カンボジアでは11歳の少女が亡くなった
カンボジアでは11歳の少女が亡くなった

――高病原性鳥インフルエンザの毒性や、かかった人の症状は?
高病原性鳥インフルエンザウイルスという名前がついていますけれども、“高病原性”は、鳥を殺すような病原性を持っているという意味でついています。

ウイルスの名前からすると、人も亡くなるような病原性を持っていると勘違いされやすいですが、そういうわけではありません。

我々が日頃さらされているインフルエンザウイルスは、ヒトの季節性インフルエンザウイルスと呼ばれていて、それはH1N1亜型ウイルスとH3N2亜型ウイルスです。ワクチンを打つ、または感染して免疫がついているのはこの2つの型のインフルエンザウイルスに対してです。

ただ我々はH5亜型、いわゆる高病原性鳥インフルエンザウイルスに対するワクチンを打っている訳ではないから免疫が全然無い。そのため感染が起きると、ウイルスが比較的増殖しやすい状況になります。

鳥インフルエンザウイルスもインフルエンザですから、人に感染したら呼吸器症状を引き起こします。その上で治る人もたくさんいると思いますが、いわゆる基礎疾患があったり、子供など免疫がまだ弱いような、そういう人たちが重症化する。その重症化した人が実際に“感染例”として見つかってきているということだと思います。

高病原性鳥インフルエンザウイルスに感染しても、インフルエンザの治療は変わらないので、タミフルやリレンザなどの抗ウイルス薬は、しっかり効きます。きちんとした診断をしていただいた後、治療を受ければ、基本的には命を取り留めることができると思うんですね。

致死率50%超えの発表だが、実際は…?

基礎疾患や免疫が弱い人が重症化しやすいという高病原性鳥インフルエンザ。

世界では2003年11月〜2022年12月1日までに868人が感染し、そのうち死者は457人(約53%)と致死率がかなり高く見えるが、迫田教授は調査・報告による問題も大きく、“感染者”の母数が国によって大きく違う可能性を示唆する。

鳥インフルエンザ発生後、消毒作業をする人(カンボジア)
鳥インフルエンザ発生後、消毒作業をする人(カンボジア)

――WHOによると死亡率は世界で53%。
そもそも重症例の報告しか上がってきておらず、要するに全数把握しているわけではないと思うんです。

いわゆるインフルエンザのような症状があって、アメリカやイギリスなどの先進国では問診の中で、「鳥を触った」、「鳥を飼っている」ということであれば、高病原性鳥インフルエンザウイルスの感染を疑い、積極的な検査をした中で、感染者の把握をする。

一方途上国等で見つかっているというのは、かなり重症化した例だと思うんですよね。

実際にその半数ぐらいが死亡しているということになりますが、実際には感染したけど、治ってしまったという人、要するに抗体だけ持っているという方は、たくさんいると思います。全数把握をしていないということが実際にあると。

これまで鳥インフルエンザウイルスがヒトに感染したということに関して、どれだけきちんとした調査報告がなされているかというのは、国によって状況が異なっていると思います。

鳥インフルエンザ
鳥インフルエンザ

――97年に人への感染が発見されてから、世界での感染状況に変化はある?
偶発的な鳥から人への感染は、衛生対策の低い開発途上国等での報告がされていましたが、近年はアメリカ合衆国であったりイギリスでも鳥から人への感染が報告されています。

これは急に人に感染しやすくなったということではなく、日本も含めていわゆる衛生レベルの高い国でも、高病原性鳥インフルエンザウイルスが一気に鳥の間で増えて、それに接する人間が増えてきているからだと思います。

結局鳥の感染の頻度が高くなって、たくさんのウイルス量に曝露されれば、鳥から人への感染は先進国でも起きるということだと思いますね。

野鳥の動きは止められない

日本でも、今シーズン過去最悪のペースで拡大している鳥インフルエンザ。動物園でも感染が起き、影響は大きく広がっている。日本での感染はどうなるのだろうか。

鳥インフルエンザが発生した養鶏場での作業 提供:埼玉県
鳥インフルエンザが発生した養鶏場での作業 提供:埼玉県

――日本の感染状況はどう見ている?
養鶏場等だけでなく、動物園等での発生というのは、2016〜17のシーズンもあったことです。関東では今回初めてだと思いますが、当時は秋田の大森山動物園や愛知の東山動植物園でも同じような事例が起きてます。

渡り鳥がウイルスを北から運んできてしまい、そしてカラスやスズメなど日本に留まっている鳥に感染を広げ、結果として養鶏場だけでなく、動物園などの鳥にも感染が起きてしまっている。

大事なことは、獣医師等が充分な対策を早期にして、一時休園もして、その間に消毒等や封じ込め等もしっかりとした上で、再開することです。

渡り鳥等を介して、環境中にウイルスが持ち込まれるということ自体を防ぐことはできません。渡り鳥たちが秋に日本に渡ってきて、春にまたシベリアに帰っていくのは、自然の摂理です。彼らは我々人間を苦しめるためにウイルスを持ってくるわけじゃなくて、本能のまま渡りをしてるんです。

早期の十分な対策が必要と指摘する迫田教授
早期の十分な対策が必要と指摘する迫田教授

日本は鳥インフルエンザの対策、封じ込めはちゃんとしているので、渡り鳥のウイルス持ち込みに悪い意味での貢献はしていませんが、衛生レベルの低い国では鳥インフルエンザ対策が不十分で、ウイルスが鶏などの農場から野鳥に漏れ出てしまい、そのウイルスが20年近くかけてその地に定着してしまう。

そこに行った渡り鳥が日本に渡ってきて、また発生を起こす。そしてまたウィルスを一部持って行くようなサイクルが始まっているようなんです。

3シーズン連続で発生が続いていますが、来年度以降も渡り鳥たちが高病原性鳥インフルエンザウイルスをもってくる可能性は充分にあります。

養鶏場などでの発生を少なくする、または動物園などでの発生リスクを小さくする。発生した時にはできるだけ早い時点で発見できればみなさんの懸念も小さくなるので、その対策を毎年しっかりしていくということになるのではないかと思います。

動物に移りやすい鳥インフルエンザは人にも…?

早期発見と対策が必要な鳥インフルエンザ。しかし変異によって哺乳類にかかりやすくなった場合は、人間にも感染するリスクが高くなるという。そのために迫田教授は研究調査を重要視する。

鳥インフルエンザ
鳥インフルエンザ

――ウイルス自体は変異する?
鳥インフルエンザウイルスは、基本的に鳥の中で変異が繰り返されます。どこで起きるのかというと、日本の養鶏場でも小さな変異が起きると思います。ただし日本の養鶏場等では、感染したらすぐ対策をしますから、1つの農場の中でウイルスが流行しているのは長くとも1ヶ月ぐらいなんです。

ところが中国や東南アジアでは、一年中ずっとウイルスが燃え盛っていて、ワクチンなどを使ってそれを見えないように騙し騙し対策をしているだけなんですね。ウイルスは感染を繰り返している。

すなわち、そのような国では一年中ワクチンの免疫の中で、ウイルスは進化、いわゆる変異してるということになります。

もう一つ考えられるのは、いわゆる渡り鳥の間だけでウイルスが受け継がれるとすると、彼らの中で受け継がれやすいウイルスが選ばれ、変異してくるということになると思います。

鳥の中でも、これまでは淡水にいる鴨や白鳥が感染するということでしたが、今は海鳥にも感染が広がっている。だから感染しやすい野鳥の種類が増えていくという変異は繰り返されていると思います。これは野生動物の間の話ですので、なかなか止めるのが難しい。ただその変異は、鳥の間で受け継がれる限り、あくまでも鳥の間で受け継がれやすいウイルスに変異して行くということ。

ペルーで発見された鳥インフルエンザで衰弱したアシカ
ペルーで発見された鳥インフルエンザで衰弱したアシカ

問題はアシカへの感染だったり、偶発的に鳥インフルエンザウイルスが哺乳動物に感染するという、機会が増えてきてますね。こういう機会が増えると、結果として哺乳動物で増えやすいウイルスが選ばれるという変異が起きることが懸念されるので、そこのところは今後注視していく必要があると思います。

そしてそれは結果として、我々人間にも感染するリスクが高くなると思うので、そこは充分注意して、野生動物の調査等もしっかりとしていく必要があると思います。

物価の“優等生”は値上がりを続けている
物価の“優等生”は値上がりを続けている

――鳥インフルエンザの感染状況の監視の他に、新型のインフルエンザに注意していったらいい?
2022年4月、北大の構内でキタキツネと狸が感染して診断しましたが、それこそ「人ごとじゃないよ」ということを命をもって我々に語ってくれてるのかなと思いながら、研究者としては診断・死因の特定をしました。

これまでは途上国などで起きていることだったんですが、野鳥の鳥インフルエンザウイルスの感染が多く、その機会がどこの国でも増えている。結果として野生哺乳動物が死んだ鳥を食べたり、または触るなどして、感染する機会が増えてきている。

いわゆる鳥インフルエンザウイルスが毎年のように世界各地で悪さをするというフェーズになったとすると、毎年哺乳動物での感染も起こるということにもなります。

そのため、どういう動物で感染が起きているのか、それはその哺乳動物だけでの感染なのか、人への感染リスクも高まっているのか等の研究調査も、十分大事な点になってくると思います。