東日本大震災と福島第一原発の事故から、まもなく12年。
政府は今春~夏頃に処理水を海洋放出する見通しを示し、新たな局面を迎えようとしているが、放出を最も懸念している漁業関係者は“いま”をどう捉えているのか。

震災当時の状況が今も・・・

福島第一原発に向かう国道6号線。大型店舗が建ち並んでいたこのエリアは、その面影を残したまま、今もなお震災当時の状態の建物が多く残存している。

震災当時のままの建物
震災当時のままの建物
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震災発生翌日の2011年3月12日に、福島第一原発から半径20km圏内の区域に避難指示が出され、住民は避難の準備する間も無く、ふるさとを後にしなければならなかった。

除染作業により、2014年から徐々に帰還困難区域が解除されはじめ、2022年8月には多くの自治体で徒歩でも通行できるようになった。
しかし、中には依然として放射線量が非常に高く、バリケードにより立ち入り禁止とされている場所も多く見受けられた。

帰還困難区域のバリケードと中間貯蔵施設
帰還困難区域のバリケードと中間貯蔵施設

福島第一原発から南に約10キロ離れた廃炉資料館では、手元の線量計は0.396マイクロシーベルト/hだった。
しかし国道6号線を30分ほど北上すると、数値は1.288マイクロシーベルト/hにまで上昇した。福島第一原発までの距離は約3.5キロ。そこにはバリケードが設置されていて、先には白い建物が見える。中間貯蔵施設だ。これは除染に伴って排出される除染廃棄物などを最終処分するまでの間、一定期間保管する施設だ。

処理水の貯蔵量 限界に

「ここからは撮影禁止です」
 構内に入ると一気に緊張感が高まった。原子力発電所は特定核燃料物質を扱うため、保安上の理由から情報管理を徹底するよう法律で定められている。そのため、入構する際、撮影禁止となるのである。バスの外には「特定廃棄物等運搬車」と書かれた大型トラックが行き交っていた。

特定廃棄物等運搬車 ※構外で撮影(提供:東京電力HD)
特定廃棄物等運搬車 ※構外で撮影(提供:東京電力HD)

構内には処理水のタンクが並んでいた。映像では何度も目にしていたが、実際自分の目で見ると、その大きさと数に圧倒される。
処理水とは、事故で破損し放射性物質で汚染された原子炉建屋内に地下水や雨水が流入することで、1日100トンほど発生する「汚染水」を、ALPS=多核種除去設備を通すことで、トリチウム以外の放射性物質を安全基準を満たすまで浄化したものだ。

この処理水は、1基あたり約1000トン入る巨大なタンクに収められている。東京電力によると敷地内には1066基のタンクがあり、137万トンが貯蔵可能だが、現在132万トンが一杯になっていて、使用率は96%。このペースでいけば、夏頃には満杯になるという。

処理水を貯める大型タンク 提供:東京電力HD
処理水を貯める大型タンク 提供:東京電力HD

こうした増え続ける処理水を永遠にため続けるわけにもいかず、東京電力と政府は海洋放出する計画を立てたのだ。
計画では、処理水に含まれるトリチウムの濃度を、国の定める安全基準の40分の1(WHO飲料水基準の約7分の1)未満になるまで大量の海水で薄め、海岸から1キロほど離れた海中に放出する。

処理水に含まれるトリチウムは、そもそも雨水や海水、水道水など、体内や自然界に広く存在していて、その放射線のエネルギーは、紙一枚で遮ることができるほど非常に弱い。
また、体内に入ったとしても蓄積されることはなく、水と一緒に体外へ排出されるため、人体への影響はほとんどないと言われている。
そのため、世界各国の原子力発電所では、安全基準を満たした上で海や大気中に大量に放出されている。

福島第一原発でも、事故前に通常運転していた際にはトリチウムが放出されており(放出管理目標値年間22兆ベクレル)、海洋放出計画では、この「年間22兆ベクレル」を超えないとしている。

IAEA=国際原子力機関も、海洋放出は科学的根拠に基づくものであり、国際慣行に沿うと評価している。また、海洋放出に際しては安全基準が守られているかを、IAEAが厳しくチェックする事になっている。

一方で、全漁連や福島県漁連など漁業関係者は、海洋放出により風評被害が再燃しかねないと、計画には反対し続けている現状だ。
こうした不安を少しでも和らげ、安全性を少しでもわかりやすく目に見える形で理解してもらおうと、東京電力が始めたのが海洋生物の飼育試験である。

福島第一原発構内でヒラメ・アワビを大量飼育

東京電力は2022年9月末、福島第一原発の処理水放出計画の風評被害対策として、放出時と同じ濃度となるよう、海水に処理水を混ぜた水槽と、海水のみの水槽で、ヒラメ計約800匹、アワビ計約800匹を飼育する試験を始めた。

福島県の近海でとれるなどの理由から、この2種類を飼育している。通常の海水で飼育した場合との比較を行うことで、市民の不安の解消や安心に繋げたい狙いだ。

ヒラメの飼育試験 提供:東京電力HD
ヒラメの飼育試験 提供:東京電力HD

水槽はヒラメとアワビでそれぞれ2種類ずつあり、青色に通常の海水、黄色に海水に処理水を加えたものが入っている。
東京電力の説明によると、これまでのところ、ヒラメにもアワビにも目立った影響はないという。試験では、海水のみの水槽から処理水を含む水槽に入れた場合、大体1~2日で体内のトリチウムの濃度は水槽と同程度になり、平衡状態に達した生体内のトリチウム濃度は生育環境以上にならない事がわかってきている。つまり、体内で濃縮されないというのだ。

またその後、海水のみの水槽に戻すと、同様に1~2日で元の濃度に戻る。
こうした結果から、ヒラメやアワビなどの海洋生物においては、トリチウムが体内に入っても短期間で尿や便などを通して体外に排出されることや、処理水を含む水槽で飼育する中で、処理水由来で死んだ個体もないことから、その安全性が示されているという。

飼育試験のとりまとめは、半年間のデータを収集した上で、2022年度末に公表するとしているが、こうした東京電力の取り組みは、漁業関係者にはどう写っているのか。

魚の検査の厳しさは安全を証明する手段

福島第一原発から50キロほど南に位置する、福島県いわき市にある小名浜魚市場に向かった。震災直後に大きな津波が押し寄せ甚大な被害がでたが、2015年3月にリニューアルオープンした。

小名浜魚市場
小名浜魚市場

新しい魚市場には、新たに放射性物質の検査室が設置された。
他の魚市場では見ることのない特殊な部屋で、いわき市内の漁港で水揚げされた全ての魚種がここに集められ、放射性物質の濃度を毎日検査している。

放射性物質検査の様子
放射性物質検査の様子

その検査体制は国の基準よりはるかに厳しく設定されている。
水産物の放射性セシウムの基準は、国の場合1キロあたり100ベクレルのところ、福島県では自主基準として、国の基準の半分の50ベクレル、そして小名浜魚市場ではそのさらに半分の25ベクレルを基準としている。

それだけ、国の基準を超えたものを、何が何でも出荷しないように気をつけているのだ。なぜそこまで厳しくする必要があるのか。

漁業関係者は「おかしいと思われる位の厳しさでやるのは、それだけ福島の魚は安全だということを証明する手段だから」と話す。
震災当時の風評被害を経験しているからこそ、ここまで厳しい基準にしているのだ。しかし、漁師の中には「獲ってきても売れるかどうかわからない」と、風評被害に対してまだ不安を拭えていない人もいて、漁獲量は震災前の2割ほどにとどまっているという。

「工事は止められない。みんな諦めている」

「具体的な放出の時期は、本年春から夏頃と見込んでいる」。2023年1月、松野官房長官が処理水放出の開始時期についてこう述べた。漁業関係者は“いま”をどう見ているのか、率直な想いを聞いてみた。

小名浜港の漁船
小名浜港の漁船

漁業関係者
「処理水を流すとなると買い控えの反応がでてくるのではないかと当然思う。再び(悪い)風評が盛り上がってしまうのではという心配がある。」

地元漁師
「(国や東京電力は)対話をしていくとは言っているものの、福島第一原発では実際にもう工事が進んでいるしそれはもう止められない状況。みんな諦めている。」

地元漁師
「反対とはいってももう進めているので、本当に諦めている。とにかく処理水を流すことによる風評被害を出さないように支援してほしい。対策してほしい。それだけ。」

小名浜港の漁船
小名浜港の漁船

東京電力や政府が、地元の住民や漁業関係者に対して、海外の原子力発電所付近での処理水放出の事例を踏まえつつ、どれだけ安全性に配慮しているか、あるいは今後していくのかを、いかに丁寧に細かく説明できるのか。

放出開始の時期も迫っていて、時間はもうあまり残されていない。

(フジテレビ経済部 経済産業省担当 秀総一郎)

経済部
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「経済部」は、「日本や世界の経済」を、多角的にウォッチする部。「生活者の目線」を忘れずに、政府の経済政策や企業の活動、株価や為替の動きなどを継続的に定点観測し、時に深堀りすることで、日本社会の「今」を「経済の視点」から浮き彫りにしていく役割を担っている。
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財務省や総務省、経産省などの省庁や日銀・東京証券取引所のほか、金融機関、自動車をはじめとした製造業、流通・情報通信・外食など幅広い経済分野を取材している。

秀 総一郎
秀 総一郎

フジテレビ報道局経済部記者。経産省・公取委・エネルギー・商社業界担当。
1994年熊本県生まれ 幼少期をカナダで過ごす。
長崎大学卒業後、2018年フジテレビ入社。
東京五輪、デジタル庁担当を経て現職。