紛争当事国への武器輸出は「中立法」違反
スイスがウクライナ紛争をきっかけに、200年余国是にしてきた「永世中立」を返上するかもしれない。
スイスの中道右派の自由民主党(FDP)指導者のティエリー・ブルカート氏はこのほど「武器輸出に関わる規制緩和」を求める動議を連邦政府に提出した。

スイスは「永世中立」の立場から、紛争当事国への武器輸出を禁止するだけでなく第三国が再輸出する際もスイスの了解を必要と定めている。
事実、ウクライナ紛争にあたって昨年4月ドイツがスイス製の弾薬をウクライナへ再輸出を求めたのを却下。6月にはデンマークがスイス製の装甲車「ピラーニャ3」20両の再輸出を申請したのも認めなかった。

しかしブルカート氏は英国紙「デイリーメール」電子版7日の記事で「我々は中立でありたいが、同時に西側社会の一員でもある。他国のウクライナへの援助を拒否すべきではない。もし拒否すれば、中立ではないロシアを支持することになる」と再輸出を認めるべきと主張している。
スイス国民も武器のウクライナへの再輸出には賛成派が多く、調査会社Sotomoの世論調査では回答者の55%が賛成しており、自由民主党以外の政党も賛意を表明しているという。(「デイリーメール」紙)
EUのロシア制裁にスイスも同調
スイスは欧州連合(EU)に加わっていないが、ウクライナ紛争にあたってEUのロシアに対する制裁を適用して国内のロシアの資産の凍結を行っている。これで「永世中立」の立場から一歩踏み出したことにもなっていたが、もし第三国経由でもスイスの武器がウクライナの戦場に送られることになれば、中立法に違反することになる。

スイスはナポレオン没落後の欧州の成り立ちを決めるウィーン会議で「永世中立国」であることが認められた。その後1907年のハーグ平和条約で中立国は領土の不可侵と引き換えに戦争に関与せず、戦争当事国の公平な扱いを保証し、武器や兵力を提供しないことが義務付けた中立法が成文化されている。

スイスは第一次、第二次世界大戦を通じてこの義務を基本的に守っただけでなく、1945年に設立された国際連合が「集団安全保障」をうたっているので中立国の義務を果たせなくなる恐れがあるという理由で、ジュネーブに国連欧州本部を招致しながら2002年まで加盟しなかった。
なぜ今「永世中立」を見直すのか
そのスイスがここへきて中立政策を見直そうというのは、言うまでもなくウクライナ紛争で戦争のあり方が大きく変わったからに他ならない。核保有国がその気になれば、小国の不可侵の権利もないに等しいということを示したからだ。それはスイスだけでなく、スウェーデンやフィンランドが軍事同盟の北大西洋条約機構(NATO)の加盟を申請して中立の宣言を実質的に返上したことにも表れている。
ウクライナ紛争は、現代の戦争には「中立」という立場はあり得ないことを示したようだ。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】