競技者の健康を守るためのアンチドーピング

ドーピングは薬物や自身の血液の輸血、遺伝子治療を悪用するなどしてスポーツ能力を向上させる手段だ。

ドーピングが禁止されている理由として各スポーツにルールがありフェアな競技が維持されているように、アンチドーピングも世界統一のルールのもとにフェアに管理されている。しかし最も大事なことは競技者の健康を守るためということを忘れてはならない。

薬物や医学的治療方法は、それを必要としている身体の状態を改善するためにある。そしてそれには副作用というものがセットになっているのだ。

治療効果は、主作用と副作用のバランスを見ながら何が適切かを判断して行われる。しかし、それを逆手にとって競技能力向上だけを目的に使用すれば、身体への悪影響は必至。

ましてやジュニア世代が本人は知らされていない間に、周囲が無断でドーピングを行っているケースもある。

競技者や指導者らは市販の風邪薬の成分も最大限に気にしながら服用するというのだから、世界中を転戦する際などは口にするものへの警戒も入念だ。

全日本スキー連盟アンチドーピング委員の杉原徳彦医師に話を聞いた。

杉原徳彦医師
杉原徳彦医師
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杉原徳彦医師
競技者が自ら認知した上でのドーピングはもってのほかですが、最近では競技者本人が知らないうちにドーピングをしていたというケースも多くなってきました。

先日、競技者向けにアンチドーピングの研修会を行ったのですが、参加者からは「電子式タバコなどのリキッド」に関する質問がでました。これなんかは、まさに今の時代ならではといった心配なのではないでしょうか?

――最近のドーピング違反の多いケースは?

杉原徳彦医師
日本アンチドーピング機構=JADAも指摘していますが、最近ではサプリメントによるドーピング違反が世界中で報告されています。サプリメントは医薬品とは異なり、法律上では食品に分類されます。食品には商品の原材料の全てを記載する義務がありません。万が一、表示されていない物質が原因でドーピング違反と判定された場合はその責任が競技者本人に重くのしかかってきます。

最近ではサプリメントは多くの方に受け入れられています。一般の人々にとっては疲労回復などの目的でのサプリの助けは有効の場合も多いのも事実ですので、専門家とよく相談してご自身の体調と目的に合わせて選ぶのも良いかもしれません。しかし、ドーピング検査の対象となるアスリートは十分に気をつけなくてはいけません。これは、学生スポーツの世界でも注意喚起されていることで、各団体は啓蒙活動に力を入れています。

――サプリメーカー等の対応は?

杉原徳彦医師
多くのメーカーは真摯に向き合っています。

平成31年3月にはサプリメントによるドーピング違反発生のリスクの低減へ向け、サプリ業界や専門家らからなる有識者会議が「スポーツにおけるサプリメントの製品情報公開の枠組みに関するガイドライン」を発表しています。

サプリの使用にはチームドクターやメーカーと相談しながら選ぶのが賢明です。

必要な治療薬は特例で認められる

――持病の治療をしている人は世界の舞台には立てないのでしょうか?

杉原徳彦医師
持病を持っている競技者が治療を続けながら競技生活は細心の注意を払うなど大変な苦労を伴っているのは事実です。

競技のために必要な治療を受けないなどと考えないでください。禁止薬物が含まれている場合でも治療目的ならば、TUE=治療使用特例制度があるのです。

診察所見や画像・データなどと一緒に大会を主催する連盟やWADA等に提出して認められれば大丈夫なので安心してください。

WADAが規定した禁止薬物リスト2023年版(JADAホームページより)
WADAが規定した禁止薬物リスト2023年版(JADAホームページより)

私の専門は呼吸器内科なので、ケースとして多いのは気管支喘息などです。気管支喘息の治療の中心となる吸入薬。吸入ステロイド+β2刺激薬の合剤の中でも禁止されているものと禁止されていない物があり、医師にその知識がないと誤って投与されるケースがあります。

いわゆる「うっかりドーピング」に繋がるケースです。

――「うっかりドーピング」とは?

杉原徳彦医師
患者がドーピング検査対象のアスリートだと知らなかった場合や、医師にWADAが定めた禁止薬についての知識が不足していた場合に起こるケースで、アスリート本人が意図としていないケースです。

――競技者や医師へのアドバイスがあればお願いします。

杉原徳彦医師
競技者に対しては、緊急や遠征先で急に受診する場合などは必ず自分はドーピング対象者だということを医師に伝えてください。ただ、命に関わる場合などは救命を優先することは言うまでもありません。

医師に関してはまだまだドーピングの意識が低い方もいらっしゃいます。それは仕方がないことですが、医師の処方で選手生命が閉ざされたり、追放処分になる競技者が出るかもしれないという認識を持っていただきたいと思います。

WADAなどがネットやアプリである程度判断できる指針を作成しています。

年に1度更新されますので、そのことだけでも知っておいていただければ「うっかりドーピング」は避けられる可能性が高くなります。

最後に…

私(筆者)もイタリア・トリノで開催された冬季五輪の際に、実際に稼働する前のアンチドーピングセンターを訪れ、施設を見学し専門家の話を聞いた。

その中で印象的だったのは「アンチドーピング」と「故意のドーピング」は“いたちごっこ”という検査官の嘆きと、ジュニア選手本人が知らない間にドーピングにより競技者生命だけではなく健康を害してしまった実例だ。

トップアスリートは子供の時から友達との時間や嗜好品の摂取など、皆、多くの事を我慢し、厳しいトレーニングを積み、やっと檜舞台で戦うことができる。

努力=我慢で掴み取った誇りを「故意」であろうと「うっかり」であろうとドーピング違反となった時、応援してくれた人の夢を壊した代償は計り知れない大きなものとなるのは必至だ。

【執筆:フジテレビ 解説委員 小泉陽一】

小泉陽一
小泉陽一

フジテレビジョン解説委員・危機管理 1991年フジテレビジョン入社。アナウンス室、ニュースキャスター、社会部、経済部、報道番組ディレクター、NY支局、パリ支局長、秘書室、WE編集長を経て現職。メディアリテラシーや時事問題を学生や地域の人々と共に考えるのが最近のライフワーク。