「コミュニケーションとして、これは良くない」
「意図を汲みかねる」
「今更?という感じ」
サプライズとは、突然のプレゼントで人を驚き喜ばせることを指すことが多い。
しかし、日銀の黒田総裁が繰り出した「サプライズ」を受け取った市場関係者からは、「喜び」ではなく「不信」や「困惑」の声が上がった。「黒田サプライズ」は2023年の日本経済に何をもたらすのだろうか?
想定外だった「実質的な利上げ」
去年12月20日、私は金融政策決定会合の結果を待つため、日銀にいた。大方の予想は「現状維持」だったため、私を含めた多くの記者の間では特に緊張感もなく、記者クラブは、穏やかな空気が流れていた。
日銀からの連絡を受け、パソコン上で公表文を開き、電話をつないだ本社のデスクとともに、内容を確認した。徐々にクラブの雰囲気が変わってきた。「サプライズだ」。本社は、ニュース速報の準備に入った。フジテレビの画面上に流れた文面はこうだ。
「日銀が大規模な金融緩和を一部修正 長期金利の変動幅プラスマイナス0.5%程度に拡大」。
この記事の画像(6枚)金融に関してある程度勉強していないと分かりにくいが、平たく言えば「実質的な利上げ」だ。日銀はこれまで、欧米の中央銀行が急激に利上げするなか「大規模緩和」を続け、かたくなに利上げしなかった。
そうしたなか、金利の安い円は売られて円安が急速に進行し、輸入品の価格は上昇。物価高で家計が圧迫されている。
黒田総裁は、去年9月の記者会見で「当面、金利を引き上げるというようなことはないと言ってよい」と断言していた。今年4月には総裁の座を降りることもあり、「黒田総裁の在任中に金融政策の大きな変更はない」との見方が大勢だった。
そのため、市場では、今回の「実質的な利上げ」は大きな驚きをもって受け止められた。発表直後、外国為替市場では急激に円が買われ、一時1ドル=130円台をつけた。去年最も円安が進んだ10月の1ドル=150円の水準に比べると、15%近い円高だ。
一方、景気への悪影響を懸念した株式市場では、日経平均株価が一時800円を超えて下落した。黒田総裁は、会見で「金融緩和の効果がより円滑に波及していくようにする趣旨で、利上げではない」と強調したが、市場では、「従来のスタンスとの矛盾について、市場が納得する明確な説明がなかった」との声が上がるなど市場との間でのコミュニケーション不足が指摘される。
4月に黒田総裁からバトンを受け取る次期総裁にとっては、市場の信頼を取り戻すことも課題の一つと言えるだろう。
円安是正は物価高を落ち着かせるか
日銀の金融政策の修正で、今年の暮らしは、どうなるのだろうか。
まず、注目されるのは、円安が是正されることで物価高に落ち着きがでてくるか、だ。一部では、これが日銀のウラの狙いと見る向きもあるが、円相場が円高に傾けば、輸入品の値上がりは抑えられる。
ただ、消費者物価は、去年11月の指数がおよそ41年ぶりの伸び幅となるなど、高い水準が続いている。上昇一辺倒だった勢いにブレーキがかかる可能性はあるが、当面は物価の高止まりは続くとの見方も強い。
アメリカで利上げが減速していけば、円高方向への動きを後押しすることもあり、物価高が落ち着きへの軌道をたどるのかが注目される。
気になる住宅ローン金利は
さらに、暮らしに大きく影響するのは、金利だ。なかでも、住宅ローン金利がどう動くかは、多くの人の家計負担に直結する。
住宅ローン金利には、長い期間金利が固定される「固定金利」と、一定期間ごとに金利が変わる「変動金利」がある。
今回、日銀が長期金利の上限を引き上げたことで、各行は固定金利の引き上げに踏み切った。
みずほ銀行は、1月に適用する住宅ローンの10年固定型金利を0.3%引き上げる。その結果、最も優遇した金利は1.1%から1.4%になる。三井住友銀行も同様に10年固定型金利を0.26%引き上げ、三菱UFJ銀行も0.18%引き上げる。
一方、住宅ローン利用者の7割以上が利用しているとされる変動金利は、各行とも据え置いた。
ただこの先、日銀が、「マイナス金利の解除」など、さらなる政策変更を行えば、「変動金利」にも影響が及んでくる可能性が指摘されている。
ポスト黒田の金融政策に注目
今回修正された金融政策は、今年4月に次の総裁に引き継がれ、新たな体制のもとで運営されていくことになる。黒田総裁が目指していた「賃上げを伴う形での安定した物価上昇」は実現していくのか。
黒田氏のもとで続けられてきた「大規模緩和」が、さらなる見直しを迫られ、本格的な金利引き上げに向け、軸足を踏み出すことになるのか。2023年は、日銀の動きからより一層目を離せない一年になりそうだ。
(フジテレビ経済部 兜・日銀キャップ 茅野朝子)