アメリカ南部のメキシコとの国境沿いに、不法に国境を越える移民が殺到している。国境の川沿いにはテントがひしめき合い、すでに入国した移民希望者のなかには、滞在するはずの避難シェルターが満員状態となり、空港で生活する人まで出ている。

国境の川沿いに殺到する移民希望者
国境の川沿いに殺到する移民希望者
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なぜこのような事態に陥っているのか。それはトランプ政権時代の2020年に導入した「タイトル42」と呼ばれる移民制限措置を連邦地裁が無効とし、21日に失効する予定となっていたからだ。

移民希望者や不法移民が押し寄せているテキサス州エルパソ市
移民希望者や不法移民が押し寄せているテキサス州エルパソ市

“国境が開放される”と希望を持った移民希望者が大挙して押し寄せ、メキシコとの国境の街、テキサス州エルパソ市では行政機能が破綻直前となり、非常事態も宣言された。

国境警備隊も対応に追われる
国境警備隊も対応に追われる

バイデン政権は「国境を開放するものではない」と事態の混乱を抑えるメッセージを出す一方で、予定通りにこの「タイトル42」を廃止する方向で進めていた。

しかし連邦最高裁は19日、19州からの緊急請願を受け、この失効を一時停止し、20日までに19州からの要望に対する政府の回答を求めた。

バイデン政権は20日に、この法律の失効の一時停止を少なくとも27日まで延長した上で、「タイトル42」を予定通り失効させるべきとの回答を最高裁に示した。

「タイトル42」実際の運用は…

不法移民が押し寄せている、テキサス州のグレッグ・アボット知事は18日、米ABCテレビのインタビューで「タイトル42の終了は完全な混乱をもたらす」と強調し、法律の失効に大きな懸念を示した。

この「タイトル42」とはアメリカの公衆衛生法の一部で、伝染病などを持ち込む危険があると判断した場合に、入国を禁止できる措置だ。トランプ政権時代の2020年に新型コロナウイルスの感染が拡大し発動された。表向きは、感染拡大を防ぐためとしているが、実際の法律の運用は、不法移民を入れないために適用されている面があり、2年間での送還者は250万件以上に及んでいる。

国境には入国希望者が殺到
国境には入国希望者が殺到

移民制限措置は他にもあるが、もう1つの主な法律である「タイトル8」と呼ばれるものは、罰則も含めて適用が厳格な分、送還するプロセスに何年もかかることがある。一方で、タイトル42は、伝染病の蔓延を防ぐ立て付けのため、通常の法的審査なしで移民希望者を即座に送還できるメリットがあり、運用する側は非常に使い勝手がよいのだ。

アメリカメディアによれば、ほとんどの場合、2時間以内に不法とされた移民を追い出すことができるとしている。ただ、移民希望者に対して、国内で亡命を求めることを認めず、迫害や人権侵害の恐れがある人までも簡単な手続きで追放できることから、人権無視だとの批判も起きていた。さらに、送還されてもそれがほとんど記録に残ることはないため、繰り返し何度も挑戦することができ、事態の解決にはつながっていないとの声もある。

アメリカとしては、処理に時間がかかる従来の法律と、簡単に送還できる「タイトル42」との併用を続けてきたわけだが、この片翼の「タイトル42」が失効することで、不法移民は期待を持って国境を渡ろうとし始めたのだ。

押し寄せる不法移民に街は大混乱

国境の自治体関係者や非営利団体などは、すでに入国した移民希望者への住居、食料、衣料を提供しているが、行政機能は限界を迎えているといっていい状況だ。

エルパソ市では非常事態が宣言された
エルパソ市では非常事態が宣言された

テキサス州エルパソ市では、国境警備隊の不法移民との遭遇件数が12月に1日あたり2500件に達し、すでに5万人以上の不法移民が市や非営利の避難所、街中に解放された。避難所は収容人数の限界を超え、公立学校の建物を使う可能性なども検討されている。

入居する施設が満員で路上にまで人が溢れかえる状況になっている
入居する施設が満員で路上にまで人が溢れかえる状況になっている

しかしエルパソ市では、入国希望者を保護する施設やアメリカ国内で移動する手段を提供することができず、街中に人があふれかえり、さらに押し寄せる不法移民の波に、非常事態を宣言する状況に追い込まれてしまった。

テキサスの地元紙「テキサスマンスリー」はこの事態に、バイデン大統領とアボット知事の両方に対して厳しい論調を示している。ニカラグアのような権威主義と機能不全に陥っている国や、ベネズエラのような国から逃れてきた人たちを受け入れることもできず、難民と地元住民の双方を危険にさらしていると批判。「深刻な問題に直面しているが、解決可能な問題だ」と強調して、政治的な対立を優先せずに、大統領と知事がともにこの問題の対処に当たるよう呼びかけた。

バイデン政権の移民政策に対する批判の声も挙がる
バイデン政権の移民政策に対する批判の声も挙がる

最高裁が“待った”

一方で、ホワイトハウスはこの事態にも、ジャン・ピエール報道官が、裁判所の命令通り、タイトル42の手続きを終了させる準備を続けていると説明した上で「国境が開かれたわけではない」と述べ、国境の対応にあたる2万3000人の捜査官を派遣したほか、議会に追加の支援予算を要請していることも強調した。

連邦最高裁はタイトル42の失効を暫定的に差し止めた
連邦最高裁はタイトル42の失効を暫定的に差し止めた

このまま、21日の失効を迎えるかと思われたが、動きがあったのは裁判所だ。連邦最高裁のロバート長官は19の州から訴えを受けて、21日に失効する期限を一時的に停止することを発表し、政府に対してこの19州からの訴えに回答するよう要請した。

これに対してホワイトハウスは20日に回答を最高裁に送付し、失効を一時停止したタイトル42について、少なくとも27日までその延長を求めた一方で、州が申請した失効の停止については「却下されるべき」と回答した。アメリカ国内を二分する対立がさらに深まることとなった。

政治的な対立を超えて対策は?

この状況にかみついたのは、トランプ前大統領だ。

トランプ前大統領はバイデン政権の移民政策を厳しく批判する声明を発表
トランプ前大統領はバイデン政権の移民政策を厳しく批判する声明を発表

19日の声明では、「過去2年間、バイデンは何百万人もの不法移民を招き入れ、巨大な不法越境を行わせてきた」と政権を批判。「現代史で最も効果的な国境警備政策の終了を手に入れようとしている」とした上で、「バイデンの無法行為に報い、犯罪カルテルに報い、児童売買人に報い、そしてわが国の法律を破った者全てに報いることになる。さらに、アメリカ社会に流入する不法滞在者や麻薬が大量に増えることになる」と、自身が導入したタイトル42の失効を受け入れようとしたバイデン政権を痛烈に批判した。

バイデン政権は2022年の早々に、このタイトル42を解除しようと動いたこともあったが、準備不足という面も否めず、不法移民に悩む州からの訴えもあり、この解除を延長した経緯もある。

実際に、トランプ政権からバイデン政権に移行して以降は、移民希望者や不法移民は増加傾向にあり、アメリカ国内でも大きな社会問題となっている。移民政策に寛容なバイデン政権としては不法移民の対策をしつつ、移民を受け入れようという意欲は見えるものの具体的な対策は乏しく、後手に回っている印象だ。

ワシントンのハリス副大統領の家の前にも、移民を乗せたバスが到着した
ワシントンのハリス副大統領の家の前にも、移民を乗せたバスが到着した

ただ、野党・共和党側にも果たして責任がないのかとも言える状況でもある。アボット知事側はこれまで、増加する不法移民をバスに押し込め、民主党・バイデン政権の支持基盤である、ニューヨークやワシントンDCと言った都市に送りつける強硬手段をとって物議を醸したこともある。11月に行われた中間選挙を前に、「政治的パフォーマンス」とも批判されたが、連邦政府、州政府ともに具体的な対応策を協調して行う動きは見られず、現状の解決にはほど遠い状況にあると言える。国民からは、「何でもかんでもバイデン政権のせいにする」と批判の声も強まり、党派を超えてこの問題を解決していこうという姿勢が感じられないというものだ。

タイトル42の失効は27日まで延長が要請されたものの、この後の状況は不透明なままだ。20日には政府の回答期限が迫り、政府の決定にメディアなどが固唾をのむ中で、ホワイトハウスは「午前中にLID(蓋をする=発表できる予定は全て終了)」と発表し、保守派の判事が多数派を占める最高裁の決定への不満や、最高裁の要請を軽視しているとの見方も出ている。

今後、この不法移民をめぐる一連の問題がどのような方向に行くのか。次の大統領選挙も2年後に控える中で、政治対立がさらに深まる可能性も強まっている。

【執筆:FNNワシントン支局・中西孝介】

中西孝介
中西孝介

FNNワシントン特派員
1984年静岡県生まれ。2010年から政治部で首相官邸、自民党、公明党などを担当。
清和政策研究会(安倍派)の担当を長く務め、FNN選挙本部事務局も担当。2016年~19年に与党担当キャップ。
政治取材は10年以上。東日本大震災の現地取材も行う。
2019年から「Live News days」「イット!」プログラムディレクター。「Live選挙サンデー2022」のプログラムディレクター。
2021年から現職。2024年米国大統領選挙、日米外交、米中対立、移民・治安問題を取材。安全保障問題として未確認飛行物体(UFO)に関連した取材も行っている。