バイデン政権の寛容な移民政策で米国に押し寄せる不法移民たちを、オバマ元大統領の別荘もある保養地など民主党指導者達の地元に集めるという、意地悪な法案が米議会に提出された。

テキサス州選出で2016年の大統領選にも出馬したテッド・クルーズ上院議員は10月19日、「ストップ移民殺到法案」を議会に提出したと発表した。

テッド・クルーズ上院議員
テッド・クルーズ上院議員
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法案(クルーズ上院議員のHPより)
法案(クルーズ上院議員のHPより)

民主党エリートの地に不法移民を集める

同議員のホームページによると、テキサス州の国境地帯は不法移民であふれ、地元の住民や農家、牧場それに中小企業が被害を被っているだけでなく国境警備隊の仕事も限界を超えているという。

そこでクルーズ議員は、テキサス州南部で現在行っている不法移民の入国審査手続きの窓口を新たに13箇所増やすことを提案し、その候補地にマサチューセッツ州のマーサズ・ビニヤードやケンブリッジ、デラウエア州のリホボス・ビーチ、それにカリフォルニア州のパルアルトなど13地区をあげている。

マーサズ・ビニヤードは夏の保養地として知られる島で、米政財界の大物の別荘がある。
2021年夏には、新型コロナの感染が広がる中でオバマ元大統領が別荘で盛大な60歳の誕生パーティを計画して物議をかもしたこともあった。

これを日本に置き換えるならば、さしづめ軽井沢に不法移民を集めようというようなものと言える。

また、ケンブリッジにはハーバード大学があり、“進歩派のメッカ”のような街だし、デラウエア州のリホボス・ビーチは同州出身のバイデン大統領のお気に入りの海岸と言われ、パロアルトはシリコンバレーの中心地で進歩派の牙城だ。

サイクリングを楽しむバイデン大統領夫妻(デラウェア州リホボスビーチ・9月)
サイクリングを楽しむバイデン大統領夫妻(デラウェア州リホボスビーチ・9月)
リオグランデ川を渡る移民ら 沐浴する人も(テキサス州デルリオ・9月)
リオグランデ川を渡る移民ら 沐浴する人も(テキサス州デルリオ・9月)

つまり、クルーズ議員は不法移民に対して寛容な政策を取るのならば、それに伴う痛みを他人に押し付けずに自ら体験してみろと言ったようなもので、この“意地悪法案”提案の趣旨を次のように言っている。

民主党の同僚達は議会で次から次へと恩赦や選挙制度の改編などをめぐる公聴会を開いているが、南の国境で起きていることを全く無視してきている。私の国境地帯視察から言えば、バイデン大統領は国境警備と入国審査を放棄し、国境地帯の住民にやりくりを強いている。バイデン大統領と民主党は南部国境の守りを固め、勇気ある税関吏や警備隊員を支持すべきだ。

キャッチ・アンド・リリース政策で不法移民急増

バイデン政権は、トランプ前大統領が国境に壁を築いて不法移民を締め出したのを改めて「キャッチ・アンド・リリース」という方針を打ち出した。
これは、釣りあげた魚を生かしたまま再び放流してやることで、国境を越えた不法移民の身柄を拘束した後、審査までの間解放するという制度だ。

この制度が導入されたことを聞いて中南米からの不法移民が急増し、22日に発表された税関・国境警備局の統計では、2021年度(2020年10月1日~2021年9月30日)の間に米国南西部の国境を不法に越え「キャッチ」されたものは約166万人と前年度の約4倍になっている。このほかにも約4万人が逃亡している。

メキシコ国境の橋の下に広がる移民キャンプ(テキサス州デルリオ・9月)
メキシコ国境の橋の下に広がる移民キャンプ(テキサス州デルリオ・9月)

法案の目的は「問題喚起」

一時「リリース」された不法移民は、クルーズ議員のテキサス州などにあふれ、犯罪の増加や環境上の問題が深刻になっている。
民主党としては人道上の見地からの措置としているが、そのあおりを受ける国境地帯の住民としてはかなわないというのでクルーズ議員の法案提出になったものだが、この法案は言ってみれば「問題喚起」が目的で、現実に法律になる可能性は低いだろう。

米国を目指す移民ら(メキシコ南部チアパス・10月24日)
米国を目指す移民ら(メキシコ南部チアパス・10月24日)

しかし、そうする間にも25日には、ホンジュラスなど中米から約2000人の不法移民の集団がグアテマラを経由しメキシコ国境を突破して米国に向かったという情報も伝えられている。

これに対してバイデン政権が新たな対応策を打ち出す様子はなく、この問題は2022年の中間選挙へ向けて共和、民主両党の論争の焦点になることは間違いない。

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。