京セラを一代で世界的な企業に成長させるなど日本の経済界を牽引してきた稲盛和夫さんのお別れ会が京都で行われた。

■京セラを"一代"で世界的な企業へ成長させる

 今年8月に老衰で亡くなった京セラの創業者・稲盛和夫さん(享年90)。

 28日京都市の国立京都国際会館でお別れ会が執り行われ、午前の部には、稲盛さんと親交のあった関西の経営者などおよそ1500人が参加し、花を手向けた。

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稲盛和夫さん:
会社というものは全社員が一緒になって心血を注いで経営していくのが経営なんだと

稲盛さんは1959年、京都セラミック、現在の京セラを創業し一代で世界的な企業に成長させた。1984年には通信事業自由化の動きを受けて現在のKDDIの前身となる第二電電を設立。

 2010年には、経営破綻した日本航空の会長にも就任し、採算の悪い路線の廃止や人員削減などで、再建を果たした。

 また、稲盛さんは、会社の組織を小さな集団に分け、それぞれの目標に向けて努力する「アメーバ経営」を生み出し、数々の会社に導入された。

 お別れの会には、稲盛さんと親交のあった京都の大企業の代表者らも駆けつけ、ありし日の稲盛さんを偲びつつ冥福を祈った。

日本電産・永守重信代表取締役会長:
私の経営者人生は稲盛さんを見て真似る、学ぶから始まってるんですよ。稲盛さんはね、厳しい人でしたよ。あと優しい。厳しくて優しい人ってなかなかいないですよ。私なんてぼろかすに言われましたけどね。だけど好きでした。この人が。もう少し経ったら、稲盛さんおらんから自力で走るわと宣言したいけど、今のところはまだその心境になってませんな。いい人やった、本当にいい人やった

堀場製作所・堀場厚会長:
稲盛さんは我々にとっての経営者の先輩。尊敬すべきことは、同調圧力に対して信念を持っておられたことと、和を大事にしていたこと。バランスの取れた経営者ではないかと思います。日本にはだんだんと特徴のあるリーダー、経営者が少なくなっている。国全体がきっちりしたリーダーシップのもとで経済も政治考えなければならないのではないかと思いますね

パナソニック・松下正幸特別顧問:
稲盛さんは、松下幸之助からも学んだことが多いということで、親しく接していただきました。熱情溢れた方、そして温かい言葉の持ち主だった。稲盛さんは盛和塾などで後進も育てているので、そういう方が稲盛さんの想いを受けてご活躍していただければ、稲盛さんのご功績に報いることにもなるのではないかと思います

 また鹿児島県の「稲盛会館」建築を手掛けた建築家の安藤忠雄さんは、「日本社会が一番難しい時に生きていていただきたかった」と悔しい思いをにじませた

建築家・安藤忠雄さん:
鹿児島大学に稲盛会館を作らせていただいて、いらっしゃった時にすみずみにチェックが入るのにびっくりして。一つ一つの仕事に絶対に抜けがない。しっかりやればなんとかなるんだ、と言われていました。経営者は仕事一本の人がたくさんいますが、稲盛さんは人間的にも大らかで生きていくことの豊かさを教えていただいた。日本社会が一番難しい時に生きていていただきたかった方が亡くなることに悔しい思いをしています

国民民主党の前原代表代行は、かつて国土交通大臣として稲盛さんに日本航空の会長就任を求め、再建を託した。

国民民主党・前原誠司代表代行:
国交相になった時に日本航空の再生をお願いしまして。2回断られたけれども、3回目で受けて下さった。立派に再生していだいて、立派な経営者と巡り合えて良かったなと。稲盛さんは「政治の世界でも競争が必要だ。それがすべての国民のためになる」と。まだまだ実現できていないので(稲盛さんの)思いを実現するために頑張るということを、感謝と共に稲盛さんにお伝えしました

 お別れ会には一般参加を含めて約3100人が訪れ、稲盛さんの死を惜しんだ。

(関西テレビ「報道ランナー」11月28日放送)