あなたが、「この仕事、急ぎじゃないけどやっておいてね」と伝えた相手が、いつになっても、その仕事に一向に手をつけていなかったら…普通なら、「サボっている」と怒りたくなるところだろう。
しかし、本人にサボっている意識は全くないかもしれない。
もしかしたら、その人は、近年増加している「大人の発達障害」なのかもしれない。

「急ぎじゃないけど…」の“意味”がわからない

発達障害があると、「急ぎじゃないけど、やっておいて」の言外にある、『常識的な期日までにはやっておいて』という意味は理解できない場合がある。

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「急ぎじゃない」という言葉を、そのままストレートに捉えてしまい、手を付ける必要を感じない。
だから、本人にサボっている意識も、悪意も全くないのだ。

「発達障害」は大人になってからの診断が多い

文部科学省が先日、2020年度に全国の国公私立の小中高等学校の通常学級に通っている発達障害を持つ児童・生徒についての調査結果を発表した。
週に数回だけ、障害などに応じて他の教室で特別な指導を受けている児童生徒は、16万4693人となり、調査開始以来、最多となったという。

一方、大人になってから発達障害であったことが判明するケースが増えている。
実は、発達障害は成人になってから診断される方が多いのだ。
発達障害と診断された年齢についての厚労省の調査によると、

未成年(0~19歳) 約225,000人
20歳以降      約243,000人
 (厚生労働省 社会・援護局障害保健福祉部(平成30年)

発達障がいの症状は、大人になって初めて出るということはない。3歳ころまでには、症状は必ず発現している。
では、なぜ大人になるまで診断されなかったのか?

成績優秀で難関大学に合格も

発達障害は、以下の3つに分類される。

自閉スペクトラム症(ASD)…言葉等でのコミュニケーションが苦手。特定のことへの関心や、こだわりが強い
注意欠陥多動性障害(ADHD)…発達年齢に比べて、落ち着きがない、待てない(多動性-衝動性)。注意が持続しにくい、ミスが多い(不注意)
学習障害(LD)…知的発達には問題がないが、読む、書く、計算する等に困難が認められる

自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)には重なり合う部分が
自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)には重なり合う部分が

分類されてはいるが、発達障害には多様性があり、連続体として重なり合っていると考えられている。ASDの人が、ADHDの特性を併せ持っていたりする。

3歳ころまでには、必ず発現する発達障害ではあるが、知的障害を伴わない場合、「少し変わった人だ」と認識されながらも、普通に大人になっていくケースが多くある。
むしろ、興味を持ったことには「過集中」する特性から、学校では優秀な成績を取り、難関大学等に合格するケースもある。
そういったことから、本人も周囲も発達障害であると気づかないことがある。

脳の働き方に「生まれつきの違い」

しかし社会人になると、冒頭に記したような「意識・常識のズレ」が頻発することになる。
「その場の雰囲気が読めない」「コミュニケーションが苦手」「遅刻や忘れ物が多い」「衝動的に行動してしまう」…これらは、誰でも1度や2度はあるように思えるが、発達障害の場合、「時々」ではなく、「いつも」こうした問題が起きており、日常生活に支障が出てしまう。
その結果、社会への不適応や生きづらさを本人が感じ、クリニック等を受診。そして大人になってから初めて「発達障害」と診断されるケースが多くなっている。

以前は少なからぬ人が、発達障害は「親のしつけ」や「育て方」の問題だと誤解していた。
発達障害に後天性は一切無く、生後に発病する心の病気ではない。
その原因は、主に先天性の脳機能障害だ。定型発達の人とは、生まれつき脳の働き方に違いがあるということ。
生まれつきの「脳の特性」でもあるので、根治するという類のものでもない。

大人の発達障害は“二次障害”に注意を!

「発達障害」の症状が原因となるトラブルが、職場等で続くと、上司や周囲から激しく叱責されることもあるかもしれない。

大人の発達障害では"二次障害"も
大人の発達障害では"二次障害"も

そして何度注意されても、自分の行動を改善出来ないことで気を病んでしまい、「自分は何をやっても駄目なんだ」と、うつ病、不安障害などを発症することが少なくない。
そうした、うつ病、不安障害などが「大人の発達障がい」の"二次障害“となる。
"二次障害“は、「大人の発達障がい」でトラブルを抱える本人を、更に追い込み、苦しめてしまう。
“二次障害”をきっかけに心療内科などを受診して、発達障がいと診断されるケースも多い。

根治するものではないが、対症療法としての治療法はある。主に薬物療法と生活療法の二つになる。
ADHDには、数年前に成人にも適応された治療薬がある。
またうつ病など二次障害への治療としても、薬物療法はよく行われている。
発達障害がある場合の精神障害は、少量の薬物でも効果があることが多いとされている。
生活療法では、障害について理解を深めることを目的とした心理教育などが行われる。

(小林晶子 医学博士・神経内科専門医)

小林晶子
小林晶子

今後ますます重要性を増す在宅医療を中心に、多くの患者さんの治療に当たっています。
また産業医として、企業で働く方々の健康管理も行っています。
これらの経験を、様々な疾患の解説に生かせればと考えています。
東京女子医科大学卒業。
東京女子医大病院等を経て、在宅医療専門クリニックに勤務。
医学博士。
日本神経学会認定神経内科専門医。
日本医師会認定産業医。