世界的なテクノロジーカンパニー・アドビ。PDFファイルを作成・編集するAcrobatといったビジネスソフトから、Photoshop、Illustratorといったクリエイティブソフトまで、さまざまなアドビ製品がデジタル上で「できること」を広げてきた。

同社は、先日、クリエイターの祭典「Adobe MAX 2022」を開催。デジタルクリエーションをめぐる未来像やアドビの今後の展望などを発表した。急速にアップデートを続けるデジタル領域で、何が起こり、アドビはどう応じようとしているのか。

アドビ株式会社常務執行役員 兼 CMO(最高マーケティング責任者)の里村明洋氏にフリーアナウンサー・佐藤里佳さんが話を聞いた。

アドビ株式会社常務執行役員 兼 CMO の里村明洋氏
アドビ株式会社常務執行役員 兼 CMO の里村明洋氏
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3年ぶりの「Adobe MAX」誰もがクリエイターになれる時代が到来

――「Adobe MAX 2022」の反響はいかがでしたか。

ありがたくも大変、盛り上がりました。イベントに向けて催された「MAX Challenge」というコンテストは、応募数が例年の2倍以上になり、参加者の熱気も高まっていました。何より、今年は3年ぶりの対面でのイベントだったため、クリエイター同士の情報交換や相談などが盛んに行われました。

参加者の声で印象的だったのが、「アドビさんは単にクリエイティブツールを売る会社ではなかったんですね」という感想です。確かにクリエイティブツールを提供する会社ではありますが、行っていることはそれだけにとどまりません。

たとえば3Dに関する新製品を世に出すとします。その際に私たちが目指したいのは、製品を頒布することではなく、「次の世界を創る」ことです。3Dの新製品が出て、よりリアルに近いものを創ることができるようになって、そこに参加する人が増え、プラットフォームが生まれれば、多くの人の表現の場が広がります。そうして世界が変わっていく。目指すのは、そこです。

ユーザーのみなさまのご支持があり、アドビ製品は大きなシェアを獲得することができています。「次の世界を創る」は日々現実化しているのです。そのため、先に感想を伝えてくれた方は『(アドビさんは)もはやプラットフォーマーだ』と仰っていました。嬉しかったです。

――そういったメッセージが世界にとどろくイベントだったのですね。「Adobe MAX」のそもそもの目的はどこにあるのでしょうか。

クリエイターのみなさまに「しっかりサポートしている(していく)」というメッセージを伝えることです。弊社はクリエイターに支えられ、一方でアドビ製品はクリエイターを支えています。

いま「次の世界を創る」という話をしましたが、互いが協同して次代を創造しているのですね。この原点をしっかり押さえたい。そして、クリエイターと共に気運を盛り上げたいと思っています。また、弊社はテクノロジーの会社ですから、新しいテクノロジーやプロダクトを発表することも目的にしています。

――里村さんはイベントの基調講演をされていました。特に強調したかったことは何ですか?

ビギナーの方、もしくはクリエイターではなかった方々が、いまクリエイティブな領域に急速に参画してきています。クリエイターやクリエイティビティの定義もどんどん広がっている。

“誰もがクリエイター”として活躍できる環境ができあがりつつあります。この現在地点を伝えるように努めました。

――「Adobe MAX 2022」には、確かに一見クリエイティブのプロっぽくない人も参加していましたね。

日本では、クリエイターというと「プロで専門的なスキルを持つ人」というイメージがありますが、昨今はYouTubeやSNSの普及に象徴されるように、デジタルメディアが発達し、みんなが発信できる時代です。

表現はクリエイターの専売特許ではありません。今回のイベントではクリエイターとして仕事をしていない人にも「こういうクリエイティブの環境がある」「こういうツールがある」ということを伝えました。

アドビの理念「Creativity for All」の意図

――クリエイティブやクリエイターへの関心は、社会的に高まっているのでしょうか。

高まっています。デジタルメディアの発達や通信速度の高速化も要因になっていますし、そこに、ここ数年のコロナ禍が拍車をかけました。

それまでリアルで行われていたことが、どんどんオンライン上で行われるようになった。その中で、デジタル上のコミュニケーションに創意工夫を加えていく、クリエイティブに気を使っていく気運が高まりました。

YouTubeやInstagram、TikTokでも、編集された動画が急増していますよね。おうち時間が増えたことで、視聴者が増え、発信されるコンテンツの「量」が増加したのです。さらには、「質」も高まりました。

ビギナーであっても、ある程度高い精度のものがつくれるようになった。使いやすいツールがどんどん出てきたからです。「Adobe MAX 2022」では、そこに弊社が貢献しているとご評価いただきました。

――御社の「Creativity for All」という理念。そこに込められている思いを教えてください。

一般的にクリエイティビティは、「創造性」を意味しますが、それは「表現したい」という思いも込められています。

クリエイターだけでなく、ビジネスパーソンから子ども、お年寄りなど誰もがクリエイティビティを持っています。みんながそれを発揮できるように環境を整え、ツールを提供することが「Creativity for All」、すなわち、すべての人に「つくる力」を与えることになるのです。これがアドビのビジョンです。

弊社には皆さんに直接提供できる製品やサービスがあるので、むしろ「Creativity for All」を実現する責務があると思います。

――「Creativity for All」は「クリエイティブの民主化」とも言い換えられていますね。

まさに、万人がクリエイティビティを発揮できるようになれば、それは「クリエイティブ=表現したいという思いを形にする営み」の「民主化」と言えます。

われわれがツールを提供する、それをみなさんが自発的に使う。そして、みなさんがツールを使える状況を整えていく。これが民主化です。

創造性を発揮したいという人々の思いを刺激し、サポートするのが弊社のスタンスです。

――現代なら、スマートフォンでも誰もがそれなりの編集を行えます。アドビ製品も、そういった仕様になっているということですね。

仰るとおりです。ちなみに、「クリエイティブの民主化」は弊社だけで進めるものだと私は思っていません。スマホにも使いやすいクリエイティブ機能があります。それが認知されるという形であっても、民主化は進むのです。

携帯メーカーさんやYouTube、Instagram、TikTokなどのプラットフォームを提供してくださっているさまざまなパートナーさんもクリエイティブを広げてくれている。その流れの中で、パートナーさんたちと協力しながら、弊社ならではの方法で製品やサービスによってクリエイターをサポートし、より多くの人々がクリエイターになることをアドビは目指しています。

アドビが目指す未来、表現の力で世界を変える

――「クリエイティブの民主化」にはどんな具体例がありますか?

皆さんがツールを使える状況をつくるという観点でいえば、弊社のAI・マシーンラーニング技術「Adobe Sensei」の事例があります。

たとえば、ある写真からアフロヘアの男性をきれいに切り出して、他の写真と合成したい時に、「カールした髪一本一本まできれいに切り出せたら」と思ったことのある人もいるでしょう。

昔はそれをするのに時間がかかった。でも、今なら「Adobe Sensei」というAI技術によって、ボタン一つで簡単に切り出すことができます。また昼間の風景写真で背景の空を夕焼けに変えたいといったことも簡単に行えます。

Adobe Senseiを活用した画像の自動調整
Adobe Senseiを活用した画像の自動調整

しかも、写真全体を夕焼けのトーンに自動調整までしてくれる。こんなことが一瞬でできるので、ビギナーにも高度な編集が可能になるのです。これは、プロのクリエイターにとってもメリットがあります。

それまで時間をかけていた作業が簡易的になるので、他のクリエイティブな作業に時間を割けるようになるのです。彼らのチャレンジの幅が広がります。

――「Adobe MAX 2022」ではグラフィックデザインアプリ「Adobe Express」も紹介されていましたね。

デザインというと、ビギナーからすればハードルが高く感じられるものですが、Adobe Expressには膨大なテンプレート(=デザインのもとにできる、あらかじめプロっぽくつくられた型)があります。

ゼロからデザインを始める必要はありません。テンプレートからスタートして、そこに独自に手を加えていけば、ハイクオリティーで自分なりのデザインを創ることができます。まさに、万人がクリエイティビティの表現に参画できるようになっているのです。

※Adobe Expressなどの活用デモンストレーションについては、本記事末尾の動画内にてご覧になれます。
※Adobe Expressなどの活用デモンストレーションについては、本記事末尾の動画内にてご覧になれます。

その上で、アドビ製品はプロがこだわりたいところにも対応できるように機能を充実させています。幅広い表現に対応し、「どこまででもこだわれる」のもアドビ製品の特長です。

――最後に、御社が思い描く未来へのビジョンを聞かせください。

アドビは「世界を変えるデジタル体験を」というグローバルミッションを掲げています。先ほどからクリエイティビティやクリエイティブツールの話をしていますが、それらはデジタルツールの一つです。

デジタルの世界は広範で、アドビはずっと、デジタルの可能性を追求してきました。その中でもクリエイティビティは大きなエリアを占めます。デジタルは、いろいろな形で表現の幅を広げてくれるものです。

先ほども近い例に触れましたが、今であれば、「これ、ちょっと違うな」と思った画像やデザインは簡単に改善できます。そんな環境が当たり前になってきている。

クリエイティブの力を持ったみんなで、世界を変えていく。そんな環境こそがわれわれの目指すところですし、アドビが社会に貢献できる点です。創っていきます。次の世界を。

<インタビューを動画で見る>