原材料の価格高騰や円安などの影響により、さまざまな食料品や製品の値上げラッシュが続いている。
値上げされる製品はチーズなどの乳製品はもちろん、ハムやソーセージなどの加工食品、調味料、ペットボトル飲料やアルコール類など幅広い。外食業界でも、回転ずしの大手チェーン店「くら寿司」や「スシロー」が10月に値上げに踏み切っている。
来年の1月には、小麦粉を使った製品の値上げも予定されており、家計への打撃は大きくなる一方だろう。
そのため、値上げに批判的な人も少なくない。だが、その一部には消費者にメリットがある「よい値上げ」もあるようだ。
では、何が「よい値上げ」なのか。
プライシングの専門家として幅広い業界の価格決定に携わり、企業戦略、プロダクトの提供価値、組織構造などの観点から「適正価格」とその実装を提供するプライシングスタジオ株式会社。
その代表取締役を務める高橋嘉尋さんに、顧客の支持を失わない「よい値上げ」について聞いた。
価格の決め方は感覚
――そもそも、価格を決める基準はあるの?
価格を決める基準は、原価からの逆算、競合からの逆算とよく言われます。
ですが、ほとんどの日系企業は「相場から見て、これくらいなら売れそうかな?」という感覚で決めることが多いです。
――では、値上げを検討する理由も“感覚”となるの?
値上げは感覚というより、価格を上げなくては会社が立ち行かないという場合が多いです。そもそも、日系企業は他社より安く売ることで、差をつけるというのが昔からの慣習としてありました。
以前、あるメディアが調査した統計によると、「あなたの企業は過度の価格競争に直面しているか」と答えた企業は84%にも上り、グローバル平均の46%に対して高くなっています。つまり、値段で競争するのは、日本独自の文化とも言えます。
そのため、ひとつひとつの利益は最小限に削って、数で賄うことで利益を上げるのが、「日本らしい」利益の上げ方になってしまったんです。
そうした背景もあり、今回の値上げ理由は、ほとんどが原材料の値上がりによるものです。光熱費も値上がりし、仕入れ価格も円安でどんどん高くなっているので、最終手段として値上げに踏み切っているという傾向です。
「よい値上げ」は値段以上の体験価値
――多くの商品が値上げされたが、高橋さんが言う「よい値上げ」とは?
「よい値上げ」の一つとして、単純に上げた値段以上のユーザー価値を付与した値上げがあります。
例えば、P&Gジャパンの洗濯洗剤「ジェルボール」が挙げられます。ジェルボールは、洗剤の一回あたりの単価は高いんです。ですが、「便利」という体験価値が付与されることで、消費者は手に取ろうと思えるものです。
日本コカ・コーラも、2020年に「コカ・コーラ」の350ミリリットルと700ミリリットルのボトルサイズを作りましたが、量当たりの単価は上がりました。
これは結果的な値上げですが、消費者がコーラを飲むときに払う額は減っているのと、ちょうど飲みきれるサイズに改善されたことでむしろ反感が少なかったと考えます。
エンタメ業界でも、値上げは続いています。
株式会社オリエンタルランドは「東京ディズニーランド」や「東京ディズニーシー」のチケット代の値上げをしても来園者の大幅な減少がなく、業績は好調です。
チケット代を値上げしたことで得た収益を、アトラクションの建設やスタッフ育成などに回すことで、ユーザー体験の質が向上しているからだと考えられます。
――それ以外の反感を買わない値上げの仕方はある?
値上げのタイミングで、過去、現在、未来の流れで告知を丁寧に行うことです。
例えば、ローソンの「からあげクン」。
からあげクンは今年5月、税込価格で22円値上げをしましたが、36周年のタイミングに合わせることで、36年間の歩みと感謝を消費者に対し大々的に告知しました。また、値上げを行うことで、これからも消費者へのメリットがあるようにしていく姿勢を示し、未来に対する期待感や安心感の醸成に成功したのです。
結果、値上げ発表後のSNSでは「からあげクン、今までありがとう」「これまでよくがんばった!」とポジティブなリアクションが溢れました。
それに加え、値上げを発表してから一定期間「1個増量セール」を実施し、メリットを示すことで、反感を抑え、むしろ消費者から応援されるリリースとなったのです。
悪い値上げは消費者の心理を理解できていない。
――反対に、消費者から反感を買う値上げは?
原価が上がった分だけ商品の価格をあげる方法です。
一見すると、消費者に寄り添って最低限の値上げだけで済ませているように見えます。
ですが、原材料が上がり続けている今、その価格だけ上げたとしても、再値上げ、再々値上げと続けて価格を上げなくてはいけなくなる可能性があります。
何度も値上げを繰り返される方が、消費者にとっては印象が悪くなるでしょう。値上げを断行する際は、未来を見据えた値上げをするべきです。
――価格を上げず、中身だけを減らすという方法は?
それも反感を買う可能性が高いです。
値段を変えず、中身だけを削る値上げを「ステルス値上げ」と言います。この方法は、消費者のメリットを奪うことがあります。
冷凍食品のあるおかずを例に挙げるとすると、値段は変えず、一個減らすと、毎日の弁当のおかずがいつも通り弁当を作っていたら、ある日いつもより足りなくなる事態が起きてしまいますよね。
それまで「当たり前」と思っていたことを告知もなく、習慣を壊されてしまうと消費者は離れてしまいます。
消費者心理の理解がポジティブな値上げにつながる
――では、企業が消費者に受け入れられる値上げをするにはどうすればよい?
まず、自社商品の価格に対し、消費者がどう感じているのか仮説を立てましょう。
それを検証するために調査をするのです。
「調査」と言っても、「この商品が〇○円に値上げしたら高いと思いますか?」という直接的なアンケートを取るのは意味がありません。
特に、一般的な調査会社を使うと、回答内容が偏る可能性があります。調査会社によって、登録されているユーザーは回答したことで得られるポイント目的の人が少なくありません。それは本当の消費者ではない可能性があります。
そのため、本当の自社商品の消費者を調べた上で調査することが重要です。
まずは消費者の消費性向を知ることです。
それによって消費者のペルソナが明らかになります。詳しくはテクニカルな話なので省きますが、このペルソナの特徴に沿って消費者が納得いく値上げを実施すれば、ポジティブな値上げにつながります。
――では、値上げ施策を組み立てる上での留意点は?
値上げのストーリーを作ることです。どういう戦略で、誰を対象に自社商品を売りたいのか。
そもそも自社商品の価値は何なのか。これが定義できていないケースが少なくありません。
このストーリーに沿って、経営戦略、事業計画、価格戦略を作るのです。
値上げは今後も止まらない
――今後も値上げは続く?
値上げはこれからも待ったなしで続くでしょう。
食料品、アパレル以外にも、光熱費高騰によるジムの値上げ、円安による海外エンジニアの人件費やサーバー費用の高騰でITサービスの値上げも予想されます。
ビジネス規模が大きいほど、海外で事業展開している場合が多く、円安の影響で値上げされやすくなるでしょう。
よい値上げとは、消費者心理を理解し、ストーリー設計が定まっていること。口にするのは簡単だが、それを順序立てて実行するのは簡単ではないだろう。
今回、「よい値上げ」の例として挙がった企業は、どれも慎重な調査分析を経て値上げに踏み切ったのだろう。
果たして、あなたが最近使っている商品の値上げは「よい値上げ」なのか。ぜひ検証してみてはいかがだろうか。
プライシングスタジオ株式会社
https://pricing.co.jp/
取材・文=鈴木俊之