商品を購入する際、“さわり心地”を気にしたことがあるだろうか?

この“さわり心地”と商品の購入に関する興味深い研究結果を、広島大学の角谷快彦教授らの研究グループが発表した。「“さわり心地”=触感が製品の付加価値に影響を与えることを世界で初めて実験で実証した」とのことだ。

研究グループは、広島大学の学生・職員の協力を得て、2019年7月に“さわり心地”の異なる同じ種類の製品に、いくらの金銭的価値を感じるかを聞いたデータを分析。

実験では「スマートフォンのケース」を利用。100円ショップで売られている“透明プラスチック製のケース”を参照製品とし、「すべすべ」「ざらざら」など、“さわり心地”の異なる加工を施したケースを準備した。

そして、実験に参加した広島大学の学生・職員139人に実際に触ってもらい、参照製品が100 円の場合、触り心地の異なる製品にいくら払うかを聞いたところ、製品の“さわり心地”によって、感じる付加価値が大きく異なることが分かった。

研究グループは「製品の“さわり心地”に価値があることは知られているが、“さわり心地”の違いが製品の付加価値にどのように結びついているかを解き明かす研究は、これまでなかった」としている。

「現代人の購買行動は“視る”にかたよっている」

“さわり心地”が製品の付加価値に影響を与えることが分かったということだが、どのような“さわり心地”に最も高い付加価値を感じたのだろうか? また今回の研究結果は、どのようなことに生かされるのか? 広島大学の角谷快彦教授に話を聞いた。


――このような実験を行った理由は?

人間には五感(視る、触る、味わう、聴く、嗅ぐ)があるにも関わらず、現代人の購買行動は、eコマース(=電子商取引)の急速な進展により、“視る”に著しく、かたよっています。

一方で、例えば、我々は日頃から電車の吊り革、腕時計、杖、車や自転車のハンドル、マウス、スマホに到るまで、日々、様々なモノに触れて生活しており、製品の触感(=さわり心地)の重要性は変わっていません。

五感の中の一つに過ぎない「視る」に著しく偏った現代の購買行動は、持続可能ではなく、製品の選択において、現在、過小評価されている“さわり心地”の価値は見直されるべき、正当に評価されるべきと考えたのが実験の動機です。

これまでも、「どの“さわり心地”に人気があるか」といった考察は多々あったわけですが、従来の“さわり心地”の比較調査は、製品の付加価値にほとんど影響を与えていませんでした。


――それは、例えば?

例えば、調査の結果、すべすべな“さわり心地”が、最近、人気だと分かったとします。

従来の調査では「じゃあ、新製品の触感はすべすべにしよう」となっていたわけですが、それでは製品の付加価値は高まりません。たとえ、消費者がすべすべの“さわり心地”が好きだったとしても、当たり前ですが、すべすべな車のハンドルやすべすべなゴルフクラブがほしいとは限りません。

“さわり心地”は消費者の製品選びにとって重要ですが、「欲しい“さわり心地”は製品の用途や使い方によって異なる」という当たり前の事実が、必ずしも実践されていませんでした。これは何とかしたいと思ったわけです。

ですので、私たちは今回の研究を通じて、消費者の年齢、性別、収入、製品の使用頻度などの属性がどのような“さわり心地”をどのくらい評価するのかをモデル化し、ターゲットに特化した触感で製品の付加価値を上げる方法を模索しました。

そして、このことによって、“さわり心地”が製品の付加価値を上げることを実証することを、スマホケースの事例を用いて、世界で初めて科学的に証明することができました。


――今回の実験の方法、もう少し詳しく知りたいのだが?

実験の目的は、人が製品の“さわり心地”に付加価値を感じるメカニズムの分析を通じて、触感が製品の付加価値に影響を与えることを実証することでした。

実験では、100円ショップで売っている無色透明なプラスチック製スマホケースを「デフォルト(reference)」として、異なるさわり心地を持つシールを添付したスマホケースを「A」「B」「C」「D」の4つ用意しました。

「A」「B」「C」「D」のスマホケースを用意(提供:広島大学・角谷快彦教授)
「A」「B」「C」「D」のスマホケースを用意(提供:広島大学・角谷快彦教授)
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この状態で、主に学生に被験者になってもらい、次の質問をします。

「あなたは、デフォルトもしくはA~Dの中から、ご自身のスマートフォンのケースを買わなくてはいけない状況にあると想像してください。なお、スマホケースの形状や色、機能などは購入の判断に一切影響がないとします。デフォルトが100円のとき、A~Dをいくらで購入しますか?」、また、「デフォルトが1000円のとき、A~Dをいくらで購入しますか?」

「A」「B」「C」「D」のスマホケースと質問(提供:広島大学・角谷快彦教授)
「A」「B」「C」「D」のスマホケースと質問(提供:広島大学・角谷快彦教授)

同時に、学生には、年齢、性別、世帯収入、世帯構成等の社会経済的背景に加え、スマホの利用の仕方、およびリスク許容度などの性格を定量化できる質問をアンケートで回答してもらいます。

その結果、“さわり心地”を変えただけで、人々はまったく同じ商品に、追加のお金を払う可能性があることがわかりました。念のため、参照製品の価格を100円とした結果を示していますが、参照製品の価格を1000円にした場合でも、消費者が“さわり心地”に付加価値を感じていることが分かりました。

そして、以下がこの研究の肝ですが、これらの情報を組み合わせて、製品の“さわり心地”に感じる付加価値を分析しました。

同じものを触っても、人によって感じ方にばらつき

――分析によって、どのようなことが分かった?

大学生がスマホカバー購入時に“さわり心地”に付加価値を感じるメカニズムは、おおむね、次のようなものです。

まず、スマホの長時間の利用時間が、特定の“さわり心地”の高評価につながることが分かりました。つまり、この“さわり心地”のスマホカバーを「ヘビーユーザー向け」として売り出せば、製品を高く売ることができます。

次に、消費者のリスク選好、これはリスクをどのくらい許容するか、好むかの指標の結果なのですが、これが特定の“さわり心地”の高評価に影響することが分かりました。つまり、この“さわり心地”のスマホカバーはリスク愛好家が好むような攻めたコンセプトで売り出せば、高値で売れることになります。

また、消費者の製品買い替えサイクル、具体的には消費者のスマホの買い替え頻度も、特定の“さわり心地”の高評価に影響することが分かりました。これにより、例えば、新製品にすぐに買い替えてしまうような人を狙ったコンセプトで、特定の“さわり心地”を伴った製品を販売すれば、高値で売ることができます。

同じように、消費者の年齢や世帯構成(独居かどうか)で好みの“さわり心地”が違いますので、こうした層をターゲットとして、特定の“さわり心地”を伴った製品を売り出せば、高く売ることができるかもしれないという可能性も示されました。

そして、この成果は、人がモノに触れながら生活を送る以上、さまざまな場面で応用が可能です。

9月22日の発表の様子(提供:広島大学広報室)
9月22日の発表の様子(提供:広島大学広報室)

――A~Dの箱に入れたスマホの“さわり心地”、具体的には?

“さわり心地”は4種類です。

それぞれの“さわり心地”は「すべすべ」とか「つるつる」と表現したいところですが、それはできないことが、今回の実験の結果で分かりました。つまり、同じものを触っても、人によって「すべすべ」と感じたり「つるつる」と感じたり、感じ方のばらつきが非常に大きいからです。

これは手の脂の量を含む、その日の体調、湿度などの気候条件にも影響を受けるかもしれません。

また、この感じ方は、どうやら男女によっても違うようなので、今後、詳細な分析で確認してみたいと思います。


――被験者139人の回答を総合的にみて、最も付加価値が高いと評価されたのは、どのような“さわり心地”?

我々が「C」と定義した“さわり心地”です。どのような“さわり心地”か、については、人によって感じ方が違うので何とも言えません。


――実験の対象を「スマホのケース」にした理由は?

私自身はスマホを使っておらず、スマホのケースでなければならない理由はないのですが、大多数の人が普段、最も頻繁に触れる製品なので、ちょうど良いと考えました。

製品の価値を何倍にも高める市場の可能性をひらいた

――今回の研究結果は、どのようなことに生かされる?

今回、相対的に軽視されてきた“さわり心地”に光を当てた、私たちの研究成果は、製品のターゲットに合わせた触感の加工で、製品の価値を何倍にも高める市場の可能性をひらいた点が評価され、国際的な学術誌(IEEE Access)に掲載されています。

そして、この成果は、人がモノに触れながら生活を送る以上、さまざまな場面で応用が可能です。

例えば、電車の吊り革で言えば、乗客の属性が異なる車両。女性専用車両や長距離通勤者が多い車両のつり革の触り心地を変えることで、顧客満足度を上げることができるかもしれません。

腕時計は、従来、ブランドのモデル展開は主に大きさだけでしたが、利用者の嗜好、性別、腕時計の利用時間等によって、異なる“さわり心地”の加工を施せば、より高く売れる可能性がひらかれました。

車のハンドルも、ドライバーの嗜好、運転時間の長さなどによって、ハンドルなどの“さわり心地”をカスタマイズすれば、より高く売ることができるでしょう。

自転車のハンドルも、性別や年齢層、そして用途に応じて、異なる“さわり心地”を施すことで、製品を高く売れる可能性がひらかれました。

私たちの多くがよく触れている、マウスやスマホケースも同様です。

実験の様子(提供:広島大学広報室)
実験の様子(提供:広島大学広報室)

“さわり心地”が製品の付加価値に影響を与えることを世界で初めて科学的に証明した、今回の研究結果。これを受け、今後、“さわり心地”を意識した商品が増えていくのかもしれない。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。