9月29日、中国・北京で日中国交正常化50周年のイベントが行われた。

北京で開かれた日中国交正常化50周年の記念式典
北京で開かれた日中国交正常化50周年の記念式典
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垂秀夫駐中国日本大使は、挨拶の中で「友好」という言葉を一切使わなかった。むしろ厳しい指摘が相次いだ。

挨拶する垂秀夫日本大使
挨拶する垂秀夫日本大使

「相互理解が進まず、相互信頼は全く醸成されていない」、「国交正常化以降、最も厳しい状況」。お祝いの席で相次ぐ辛辣な言葉の数々に、会場には驚きと嫌気と好感が入り交じった空気が流れた。

中国外務省は垂大使に直接抗議することもある
中国外務省は垂大使に直接抗議することもある

垂大使をはじめ、外務省で中国語を学び、主に中国を担当する人たちを俗に「チャイナスクール」と呼ぶ。政治、経済等あらゆる中国の動きを注視、分析するのが主な役割だが、尖閣諸島周辺で領海侵入があれば即座に抗議し、中国の一方的な通告、ドタキャンに対応し、呼び出されて抗議を受けることもある。その多くの矢面に立つのがチャイナスクールだ。中国語が専門でない「ノンチャイナ」は、いずれも各年次のエース級が顔を揃える。

彼らには中国を深く理解することが求められるが、中国に良い感情を抱いているとは限らない。前述したような様々な問題に直面し、日々その処理や調整に追われているからだ。言い方を変えれば、中国に最も悩まされ、苦しめられている人たちだと言ってもいい。彼らは、外交官の不逮捕特権を定めた国際的な約束「ウィーン条約」に違反するような国を相手にしている。

メインテーブルには日本企業の重鎮も
メインテーブルには日本企業の重鎮も

ことは外交官にとどまる話ではない。進出する日本企業は中国のルールの中で、また様々なリスクの中で利益を上げるべく必死に努力している。「中国で利益を上げることが日本ではリスクになり得る」(外交筋)との声もあるくらいだ。

メディアの取材も厳しい制限を受ける
メディアの取材も厳しい制限を受ける

我々メディアも取材活動は著しく制限され、場合によっては身柄も拘束される。日本人学校はコロナ対策を理由に各種イベントが制限され、教師らは頭を抱える毎日だ。

私が中国に赴任した際に初めて覚えた中国語のことわざは「郷に入っては郷に従え(入郷随俗)」だが、中国で活動する日本人は、ほぼ例外なくその厳しいルールに従うことを余儀なくされる。そこには「好き・嫌い」も「良い・悪い」もなく、ただ中国が決めたルールがあるだけだ。

50周年の記念行事は各所で行われた (左から2人目が垂大使)
50周年の記念行事は各所で行われた (左から2人目が垂大使)

「僕は親中でも反中でもない。親日本だ」。これは、垂大使の口癖だ。

式典の席で垂氏は、50年前の共同声明に署名した両国指導者の長期的な展望と戦略的思考、政治的勇気を指摘し、意思疎通を図るための現指導者の決断に期待を示した。一外交官、官僚の発言としては異例だが、全ては日本の国益を確保するためだろう。

さらに垂氏は、孔子の言葉を引用し「日中関係の天命とは両国国民の安寧と幸せを実現することだ。今の日中関係はいまだ天命を知るには至っていない」と述べた。

天命を知るための戦いは今も続いている。

【執筆:FNN北京支局長 山崎文博】

山崎文博
山崎文博

FNN北京支局長 1993年フジテレビジョン入社。95年から報道局社会部司法クラブ・運輸省クラブ、97年から政治部官邸クラブ・平河クラブを経て、2008年から北京支局。2013年帰国して政治部外務省クラブ、政治部デスクを担当。2021年1月より二度目の北京支局。入社から28年、記者一筋。小学3年時からラグビーを始め、今もラグビーをこよなく愛し、ラグビー談義になるとしばしば我を忘れることも。