長野県白馬村に9月1日、全寮制、中高一貫のインターナショナルスクールが開校した。その名は「白馬インターナショナルスクール(以下HIS)」。

HISは持続可能な社会を創る人材育成を目指して、子どもたちに独自の学びの場を提供する。学校の創設者と地元の期待の声を取材した。

9月1日にHISの開校式が行われた
9月1日にHISの開校式が行われた
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「全世界から生徒を募集できるんじゃないか」

「この学校をつくろうと思ったきっかけは、白馬高校が存続の危機に陥ったことです」

こう語るのはHISの代表理事を務める草本朋子氏だ。草本氏は2009年(※)に白馬に移住して以来、白馬の教育環境の整備に貢献してきた。

「地元に1つだけの公立高校の生徒数がどんどん減ってしまって、自分の子どもを育てたいと思って移住した場所で学校が無くなってしまうかもしれないことに衝撃を受けたんです」

草本朋子代表理事(右)とクリス・バーム校長(左)
草本朋子代表理事(右)とクリス・バーム校長(左)

白馬では高校魅力化委員会をつくり対策を始めた。草本氏もその委員会に参加したが、そのときあることに気が付いた。

「白馬高校が全国から生徒の募集を始めたら、集まった生徒に多様性があっていいなと気づいたんです。白馬のように世界から人が集まる環境で、英語で教育を提供する学校ができれば全国どころか全世界から募集できるんじゃないかなと思ったのがインターナショナルスクールを創ろうと思ったきっかけでした」

持続可能な社会を創る人材を育成する

また、その頃草本氏は白馬の気候の異変を感じていた。

「白馬に移ってきた時は家にエアコンは要らなかったのが、いまはエアコンがないと過ごせない時期がありますし、雪は年々減っています。桜の開花時期も早まりました。こうした状況を目の当たりにして、自分の子どもや孫たちの時代に人類が快適な生活を楽しめる世界がまだ残っているのかなと不安になりました。そこで持続可能性を軸にした学びを展開できるようにしたいと強く感じたのです」

美しい白馬村にも気候変動の影響が出ている
美しい白馬村にも気候変動の影響が出ている

HISの学びの柱の1つが、持続可能な社会を創る人材を育成する「サステナビリティ教育」だ。草本氏は「白馬にはサステナビリティ教育を行う環境がある」という。

「白馬では子どもたちが自然の中に出て、自然の美しさや脅威、自然への畏怖の念を感じてほしいです」

サステナビリティ教育は野外活動にとどまらず、生徒たちの日々の生活の中にも取り入れられている。制服は学校が生徒に貸し出し、校舎や寮はスキーロッジをリノベーションして環境負荷を減らした。また驚くのは、今後建設する新校舎の設計には生徒たちも参加して、サステナブルな学校づくりを目指す。

校舎や寮はスキーロッジをリノベして環境負荷を減らす
校舎や寮はスキーロッジをリノベして環境負荷を減らす

子どもが健やかで幸せな人生を送れる学び

HISのもう1つの学びの柱がSEL=Social Emotional Learning(社会性と情動の学び)だ。SELとは何なのか?

初代校長に就任したクリス・バーム氏は、アメリカ・サンフランシスコにある発達科学に基づいたミレニアム・スクールの共同創設者で、SELの重要性を唱え実践してきた。クリス氏はこう語る。

クリス氏(左)「どうやったら子どもたちのウエルビーイングを生み出すことができるのかを研究してきました」
クリス氏(左)「どうやったら子どもたちのウエルビーイングを生み出すことができるのかを研究してきました」

「どうやったら子どもたちのウエルビーイングを生み出すことができるか?どうやったら子どもたちが他者とよりよい関係を築くことが出来るのか?私たちが研究を続けてわかったのは、そうしたスキルは知識(IQ)以外にあることでした」

いまを生きる子どもたちは精神的なストレスが増えている。進学や就職の悩みだけでなく、SNSから生まれるストレスや気候変動など未来への不安が子どもの心に重くのしかかっている。

そんな子どもたちが自分らしさを見出し、健やかで幸せな人生を送れるように支えていくための学びがSELなのだ。

思春期の子どもが自分と他者に向き合う

クリス氏は「SELは先生が生徒に一方向で知識を教えるものではない」と語る。

「まずアドバイザリー・グループという学びの時間があります。1週間に1回、1人の先生に対して10人程度の子どもがグループを作り、何でも話せる関係をつくります。そこでは『いま生活の中で何が起こっているのか』『何に悩んでいるのか』といったことを語り合い、お互いへの共感をもちながら皆が成長していくのです。先生の役割は子どもたちが安心して対話できる環境をつくることです」 

子どもたちは語り合い共感を持ちながら成長していく
子どもたちは語り合い共感を持ちながら成長していく

SELでもう1つ重要なのがマインドフルネスだ。HISでは瞑想やジャーナリング(※)を行い、子どもたちが自分と対話する時間を大事にする。クリス氏はこういう。

「思春期の子どもは身体が大きく変わり、友人や親子関係で多くの悩みを抱えるなど不安定な状態にいます。マインドフルネスを通して自分の内面に向き合い、高ぶった感情を鎮める。そして『自分とは何者なのか』『他者とどう向き合うか』を深く考えることができます」

(※)ノートなどに自分の考えを書き出す手法

マインドフルネスを通して自分に向き合う
マインドフルネスを通して自分に向き合う

プロジェクト型学習は地域とつながる

また、HISで大切にしているのが地域とのつながりだ。ここにも草本氏の想いがある。

「数年前に白馬高校で気候変動に対してアクションを起こしたところ、地域の人が凄く応援してくれました。インターナショナルスクールというと『所詮外国人の学校なんでしょ』と思われがちですが、地域の人たちを巻き込んで一緒に学んでいきたいと思っています」

生徒のプロジェクト型学習は地域とつながり、「白馬でインパクトを起こすことによって世界に応用できる」(草本氏)学びの展開を目指す。

丸山村長「白馬を持続可能にするために子育てしやすい環境を」
丸山村長「白馬を持続可能にするために子育てしやすい環境を」

9月1日に​行われた開校式には、関係者のほか地域住民など約100名が列席し、その中には白馬村の丸山俊郎村長もいた。丸山村長は白馬村の現状をこう語る。

「かつて白馬村はスキーで賑わいましたが、バブル崩壊とともに過剰投資となりました。その後インバウンドで回復したものの、今度はコロナがあり、さらに少子高齢化も進んでいる。ですから白馬を持続可能にするためには外から人を呼び込むことが必要で、子育てしやすい環境、教育環境は必要条件だと思っています」

白馬が多様性をより受け入れる地域となる

しかし村に唯一ある公立高校も生徒数減少の危機にある。丸山村長に地域としてHIS設立に何を期待するか聞いた。

「インターナショナルスクールが出来ることで、外から新しい人たちが来て関係人口が増えます。また地元の子どもたちが多様性を認識し、英語のスキルアップや文化共生の知識の習得にもつながる。さらに子どもたちだけでなく地域の人たちも学ぶことで、白馬という地域そのものが多様性をより受け入れるようになると思います」

開校式に登壇した丸山村長
開校式に登壇した丸山村長

今年入学したのは20人。海外の在住経験やルーツをもつ生徒が多い。一条校ではないが、生徒は白馬中学校などに籍を置き、最後の2年間は国際バカロレア過程を提供予定なので、国内外の大学に進学することが可能だ。今後中高で180人に生徒を増やす予定だ。白馬という地の利を生かして、これまでにない学びの場をつくる。これからのHISから目が離せない。

これまでにない学びを創るHISから目が離せない
これまでにない学びを創るHISから目が離せない

(写真提供:白馬インターナショナルスクール ※一部を除く)

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。