2022年10月1日、JR只見線が11年ぶりに全線で運行を再開した。そんな只見線の絶景を、30年間撮り続けてきた1人の男性がいる。近年はSNSの普及で外国人からの反響も多く、国内外でその魅力を発信してきた。そんな彼が抱く、全線再開に向けた思いとは。

「300日、30年撮っても飽きない」絶景を世界に…“奥会津の活性化が使命”

オシャレな帽子をかぶり、カメラをのぞき込む1人の男性。カメラの前には、列車と奥会津の風景が広がっている。

「30年撮っても飽きることはない」と話す星賢孝さん
「30年撮っても飽きることはない」と話す星賢孝さん
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撮影しているのは、郷土写真家・星賢孝(ほし・けんこう)さん(73)。福島県金山町出身で、JR只見線と奥会津の風景を、30年間撮り続けている。

郷土写真家・星賢孝さん:
この地域を活性化させることが、神から与えられた使命だと思っているから。
その目的のためには只見線以外は撮らない。年間300日、30年撮っても飽きることはないし、発信を続ける。多分、死ぬまでやってるだろうな

美しい梅や桜を、すり抜けるように走る只見線。
紅葉する山々と、鉄橋を走る只見線の下には、鏡のように風景を写す只見川。
――星さんの写真は、見る人の心を引きつけてやまない。

カメラを手にしたきっかけは、奥会津地方の人口減少と高齢化。衰退するふるさとへの危機感だった。

郷土写真家・星賢孝さん:
30年前に考えたわけ。この地域を活性化させるのは何だと考えたら、この景色だな、四季の絶景。その中に只見線が入ることによって魂が宿って、この景色を日本中、世界中に発信すべきだろうと。それで俺は写真を撮りだした

只見線沿線の金山町と三島町の境に流れる只見川は、幻想的な川霧に包まれる。

幻想的な川霧に包まれた“霧幻峡”
幻想的な川霧に包まれた“霧幻峡”

星さんは、この場所を「霧幻峡(むげんきょう)」と名付け、地域の人々と協力して渡し舟を復活させるなど、地域活性化のために活動を続けてきた。

3本鉄橋流され「終わったと思った」それでも発信続け…11年ぶり全線再開

2011年7月新潟・福島豪雨で被災した只見線
2011年7月新潟・福島豪雨で被災した只見線

しかし2011年7月に起こった新潟・福島豪雨で、奥会津を襲った豪雨によって、JR只見線では3本の鉄橋が流された。

郷土写真家・星賢孝さん:
終わったと思ったな…。あれだけ被災して、90億も100億もお金をかけて復旧できるわけないと思ったし、3億の赤字負担をしなきゃいけないのは無理と思った

それでも星さんは、只見線を撮ることをやめなかった。再開を諦めず、SNSで絶景の発信を続けた。

郷土写真家・星賢孝さん:
結構反響があって、人もどんどん来てくれるようになって、SNSも注目されてきたし、海外の人たちが6~7年前から反響がよくなってきた。外国から来るほど、ここは素晴らしいところなのかと。その姿を見て、ここの絶景、只見線の素晴らしさというのを目の当たりにした

自身も海外へ足を運び、写真展や講演会を行うなど、只見線の魅力の発信に心血を注いできた。

そして…、ついに。

2022年10月1日、JR只見線は、11年ぶりに全線で運転が再開された。

郷土写真家・星賢孝さん:
浮かれてはいられないわな。ますます責任というか、重大性を認識してきているから。その意味では、喜びよりも大変だなという思いが強いかな。
いかにして、只見線を核とした絶景を、核とした活性化ができるかを考えると、問題は山積みだから

只見線の全線再開は、ゴールではなくスタートと話す星さん。奥会津の活性化へ、これからも絶景を撮り続ける。

(福島テレビ)