禁止薬物から大麻を除外

2022年6月9日、タイ政府は禁止薬物のリストから大麻を除外した。これは完全な自由化ではなく、誰もがどこでも大麻を所持・使用できるようになったわけではない。娯楽目的での使用は禁止されているが、大麻を目的とした外国人観光客が増える懸念がある。大麻を規制する国々は、自国民に対し注意を呼びかけていて日本も同様だ。以下はタイ2022年8月25日時点での情報。

緩和されているのは以下。

・健康医療目的での使用

・20歳以上の人による栽培(個人:届け出制 商業:許認可制)

・THC含有率0.2%以下の抽出物を健康・医療目的で販売・使用(許認可制)

※THC:中枢神経系作用の主要成分

禁止されている行為は以下。

・娯楽目的での使用

・公共の場での喫煙

・20歳未満、妊婦、授乳中の人への販売

・機械操作中やその前の使用

言うまでもなく日本ではいずれも違法行為で、インドネシアやベトナムなど周辺国では死刑になる可能性すらある。在タイ日本大使館は7月、在留邦人やタイを訪れる日本人に対し注意を呼びかけた。

在タイ日本大使館による注意要旨

・娯楽目的での使用は認められていない。

・大麻取締法により日本への持ち込みは禁止されている。

・国外でみだりに栽培・所持・譲り受け・譲り渡したときには罪に問われる場合がある。

・乱用すれば、幻覚作用・記憶への影響など健康被害が生じると指摘されている。

・日本とタイの法令を遵守し、安易に手を出さないよう注意してほしい。

タイの在留邦人数は8万2574人(外務省推計2021年10月時点)。アメリカ、中国、オーストラリアに次いで4番目に多く、都市別では、首都バンコクが5万9744人(同上)と米LAに次いで2番手だ。コロナ禍の前には年間約180万人の日本人がタイを訪れ、すでに回復傾向にある。

解禁の目的について、タイの保健相は、「医療」と「経済」の2つを挙げる。観光産業の振興は目的ではないとも説明。経済面ではコメの価格低迷に苦しむ農家の人々に、別の収入源を与えるなどとしている。

医療現場での大麻使用は

今回私たちは、タイ東北部サコンナコーンで、大麻を扱う医療施設などを取材した。

診療に訪れた女性(タイ・サコンナコーン 2022年7月29日)
診療に訪れた女性(タイ・サコンナコーン 2022年7月29日)
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慢性的な睡眠障害を改善するため病院を訪れたという女性は、まず看護師による血圧や、健康状態のチェックを受けた。看護師は、肝臓や腎臓の機能が正常であること、血圧が高すぎないことが重要と話す。

診療前のチェックは5分程度かかった。そして女性は医師の待つ部屋へ移動し、10分ほどの問診を受けた。医師は女性に説明する。「これが大麻オイル。眠りやすくなるけれど、睡眠薬ではありません。処方箋が必要で、副作用の有無も確認せねばなりません」。病室内で医師はTHCを2.0パーセント以上含むオイルを3滴、女性の舌下に投与した。

大麻オイルを投与される女性
大麻オイルを投与される女性

投与後、女性は30分間、病院内のベッドで寝かされた。これは副作用の有無を確認するためだという。特に問題がないと判断され、女性は処方された大麻オイルを受け取り、そのまま帰宅した。

ラジャマンガラ工科大の大麻の研究施設(タイ・サコンナコーン) 
ラジャマンガラ工科大の大麻の研究施設(タイ・サコンナコーン) 

タイ政府の支援を受ける大学では、大量の大麻が育てられていた。農業用ハウスの中は約40℃の暑さで汗が噴き出し、青臭く、少し甘いような大麻特有の匂いがする。

取材に応じたラジャマンガラ工科大サコンナコーンキャンパスの副学長は、「花穂の部分だけに注目するのではなく、根や葉などあらゆる部分を活用する方法を見出したい」「タイ独自の伝統的な知恵を、普遍的な知識に変えることが目的だ」と話した。

育てられている大麻はタイ原産のもので、希望があれば周辺の人々に対し、無料で苗木を提供し、育て方を教えているという。

屋外でも栽培されている
屋外でも栽培されている

副学長は、タイでの大麻解禁について、「タイ独自の伝統、歴史が寄与している」と強調した。

ラジャマンガラ工科大サコンナコーンキャンパスの副学長
ラジャマンガラ工科大サコンナコーンキャンパスの副学長

タイ政府は1979年に麻薬法を強化し、大麻を違法薬物としたが、それまでの間、伝統的な民間医療のひとつとして、大麻は一定程度有効性を認められていたという。実際に、タイ東北部にある10世紀に作られた遺跡を訪れると、そこには大麻の葉が描かれていた。

大麻が描かれた遺跡 タイ・サコンナコーン
大麻が描かれた遺跡 タイ・サコンナコーン

娯楽目的は「違法」 求められる早急な法整備

タイ政府は2019年、医療・研究用の大麻について、許可制で生産・販売を解禁し、合法化に向けた最初の一歩を踏み出した。2021年には食品・飲料・化粧品への添加物としての使用を認めている。そうした緩和の流れの先に、今回の解禁があった。首都バンコクをはじめ、街では大麻関連の店舗が目に見えて増えている。しかしこれらすべての店が合法とは断定できない。

大麻関連の店 タイ・バンコク 2022年7月31日
大麻関連の店 タイ・バンコク 2022年7月31日

一部の海外メディアは、「大麻ツーリズムへの期待」を伝えている。大麻を目的とした旅行客の増加が期待されるという内容だが、娯楽目的での使用をタイ政府は認めていない。バンコク市内の店を訪ねると、スタッフは日本語で対応した。

「タイ産、アメリカ産、なんでもありますよ。紙に巻いてお渡しすることもできる」。バンコク市内のホテル内では多くの人が行き交うスペースで使用している人もいた。違法な使用が闇で広がっているとみられるが、タイで娯楽目的での使用を取り締まる規制が整っていないことに批判の声は大きい。

規制緩和にあたり、十分な対策を講じてなかったと批判されたタイの保健相は7月6日、「医療で大麻を必要とする患者や不況に苦しむ小規模事業者のために法整備を待つことができなかった」と釈明した。

「医療用」を名目に規制緩和された大麻が「娯楽」目的で不正に広がることはないのか、タイ当局には早急な法整備が求められている。

【執筆:百武弘一朗】

百武弘一朗
百武弘一朗

FNN プロデュース部 1986年11月生まれ。國學院大學久我山高校、立命館大学卒。社会部(警視庁、司法、宮内庁、麻取部など)、報道番組(ディレクター)、FNNバンコク支局を経て現職。