夏の時期、信州で好んで食べられてきた「塩丸いか」。しかし近年は、減塩を好む傾向やイカの値上がりの影響で、消費量が減少している。北陸の生産現場も訪ね、郷土食の今を取材した。

消費量の9割は長野県 夏にピッタリの郷土料理

塩丸いかを使ったあえ物
塩丸いかを使ったあえ物
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信州ではおなじみの「塩丸いか」をご存知だろうか。イカをゆでで、まるごと塩漬けにした保存食だ。夏には、キュウリやワカメと一緒あえたあえ物が、よく食べられてきた。

松本市のスーパー「魚万汲田(うおまんくみた)」は、夏の時期、塩丸いかを店頭に並べている。この日も次々と市民が買い求めた。
客からは、「ちょっと暑いとさっぱりしたものがいいんじゃないかと思って、キュウリと酢の物みたいにあえようかな」「子どものころから食べてます。うちのおふくろも大好きだったので(夏の)定番ですね」などといった声が聞かれた。

魚万汲田・汲田和穂 社長:
信州松本の人、みんな好きですよ。小さい時から食べ慣れたのでしょうかね。夏の食として、このちょっと塩気のあるものは、この暑い時にさっぱりとしていいのでは

塩丸いかは江戸時代の末ごろから流通していたとみられている。小説家・田山花袋は、大正時代に発表した紀行文の中で、小諸に住んでいた友人・島崎藤村から「烏賊の塩漬けにしたもの」を贈られたと書いている。

長野県立大学・中澤弥子 教授:
珍しいもの、正月のごちそうとして用いたなどの記載がありますので、大事な、貴重な食べ物であったとうかがえる。(食べ継がれているのは)長野県の方が、郷土料理を大事にしていらっしゃるということも大きな影響だと思う

冷凍・冷蔵技術のない当時、信州に入ってくる海産物は、乾物か塩漬けにしたものが多かったという。塩丸いかも、日本海側から「塩の道」などで運ばれ、特に中南信地域で好まれてきた。

岐阜県などでも食べられているが、全国の消費量の約9割を長野県が占めると言われている。

原料価格の高騰と減塩傾向で…消費量が減少

その人気を受けて県内にも加工業者があったが、2011年、唯一残っていた業者が事業を停止した。実は10年以上前から、塩丸いかの消費に「変化」が生じているという。

 
 

理由を探るため、福井県へ。塩丸いかを製造している山下水産を訪れた。
工場には大量のイカ、全てニュージーランドから輸入したものだ。

作り方を見せてもらった。まず、内臓を取り、大きな釜でゆでる。

担当者:
ゆで具合は感覚ですね。何分とか言われてもイカの大きさもバラバラなので、経験というか慣れで。どのくらいかなという感じですね

5分ほどゆでたら機械で皮をむく。残った皮を丁寧にとり除く。そのあと、胴体とげそに分けて、塩をもみこむ。

山下水産・山下泰彦 社長:
おいしい塩丸いかを食べてもらうには、どうしても手作業で1個1個作っていくことになる

そのまま1日置き、翌日、胴体にげそを詰めてパック詰め。冷凍させたら完成だ。
多くが手作業の製法は35年間、ほとんど変わっていない。パッケージには「信州の味」と印字されている。

山下水産・山下泰彦 社長:
出荷先で言いますと、ほとんどが長野県ですね。ただ岐阜県の一部にも出荷しています。福井県内ではほとんど消費されないですね

しかし、出荷量はこの10年ほどで半減したという。

山下水産・山下泰彦 社長:
時代の流れで減塩傾向が進んでいるのもあるし、あとはイカの値段。イカの不漁、世界の市場に負けているというのもあって、原料の値段が上がっている。それを製品に転嫁した場合、どうしても値段が上がってしまうので、それも影響の一つ

「減塩」を好む傾向が定着し、塩丸いかの消費量は減少傾向に。
加えて国内のイカは不漁続き。輸入のイカも値上がりして、山下水産もこの10年間で250円ほど価格を上げており、これも消費量減少の要因になったと言う。
一時、製造中止も考えたそうだが…。

山下水産・山下泰彦 社長:
一度やめようと言った時に、『長野の食文化がなくなるから、ぜひ続けてください』とお願いされたこともありまして、自分の生きてるうちくらいは精いっぱい作ろうかなと思ってます。長野の人たちに、おいしい塩丸いかを食べてもらいたい気持ちの責任感だけで頑張ってやってます

冒頭で紹介した松本市の「魚万汲田」も、この4年ほどで、店頭価格を300円以上、上げている。

魚万汲田・汲田和穂 社長:
オーバーなこと言えば倍近くなった、4、5年前から

伝統の味を大事に 店のお勧めレシピをご紹介

それでも「伝統の味を守りたい」と、汲田社長は、夏にぴったりのアレンジメニューを提案している。

一晩、水に漬けて塩抜きした塩丸いかとキュウリをあえた「マヨネーズあえ」。
塩丸いかに、刻んだ大葉とミョウガを混ぜ、だしじょうゆで味つけしたものもお勧めだという。

汲田社長が提案してくれた塩丸いかレシピ
汲田社長が提案してくれた塩丸いかレシピ

記者も試食した。ミョウガと大葉のさわやかな香りが口の中いっぱいに広がる。イカの弾力もあり、夏にぴったりだ。

魚万汲田・汲田和穂社長:
ちょっと高くなっちゃったのが玉にきずですけど、ぜひ食していただきたい

「郷土料理を食べない家庭も増加」 学校でも伝統の味を守る動き

伝統の味を守る動きは、学校でも…。
諏訪市の諏訪南中学校は、給食に郷土食を積極的に取り入れている。7月末のメニューの一つに、塩丸いかや諏訪地域特産の糸寒天を入れたあえ物があった。
年に3回は、塩丸いかを給食に取り入れている。

諏訪南中学校・北村準平 栄養教諭:
郷土食を食べない家庭も増えてきている。年に数回出すことで子どもたちの印象に残ったり、『あ、これが長野県の郷土食なんだ』というふうに理解してもらえるかなと思って。
伝えていかないとなくなってしまうので、意識して伝えていきたい

ちなみに県立大の中澤教授の調査では、県内の学校給食で取り入れられている郷土食としては、塩丸いかは五平餅に次いで2番目だった。

長野県立大学・中澤弥子 教授:
文化の象徴のように思うんですね、大事にしてほしいという思いがあります

信州の夏を代表する味となった塩丸いか。苦境の時を迎えているが、同時に、食文化として守ろうとする人々の姿もあった。

(長野放送)

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