長崎原爆を巡る「被爆者」と「被爆体験者」。
国は爆心地から南北12キロ、東西7キロの楕円形内の地域を「被爆地域」と定め、そこで原爆に遭った人を「被爆者」と認定している。

一方、原爆投下時に爆心地から半径12キロ以内にいながらも、「被爆地域」の外にいた人は「被爆体験者」と呼ばれている。現在、長崎県内に6064人いる。(今年3月末時点)

「被爆者」には、国から医療費の全額支給といった手厚い支援がある一方で、「被爆体験者」は、精神疾患などに医療費の一部が支給されるだけで、支援内容には大きな格差がある。
「同じ被爆者と認めてほしい」と訴え続ける86歳の被爆体験者の女性を取材した。

“救済対象外”被爆体験者・岩永千代子さんの思い

被爆体験者・岩永千代子さん:
もう疲弊して…何年生きるかしらね。死んだ方がいいねと言う人もいますけど、そうじゃなくて、私たちのこの運動、この苦しみは決して無駄ではない

被爆体験者の岩永千代子さん。

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2022年4月、国は被爆者認定指針を改定し、広島の援護区域外で「黒い雨」(原爆投下後に放射性物質などを含んだ雨)を浴びた人が新たに被爆者と認められた。
その一方で、長崎の被爆体験者は救済の対象外とされた。

岩永さんは、国が定めた「被爆地域」のわずかに外、現在の長崎市深堀町(旧・西彼杵郡深堀村)で原爆に遭った。
約20年前、「被爆者と認めてほしい」と活動を始めた。

岩永さんは被爆者と認められなかった
岩永さんは被爆者と認められなかった

被爆体験者・岩永千代子さん(2008年当時):
不透明な部分、(原因が)何か分からなかった疾病に対して、はっきり証明してもらえたらという気持ちがありますね

これまでに脱毛や歯茎からの出血、甲状腺異常などを経験した。現在86歳、体力の衰えを感じている。

被爆体験者・岩永千代子さん:
自分の病気が原爆のせいじゃないかな、というのを明らかにしたい。そういう思い、(「被爆者」に交付される)被爆者健康手帳というよりも、やっぱり原爆の影響だったのよね、って言ってやりたい

「内部被ばく」可能性認めるも…長崎の被爆体験者は対象外に

岩永さんたちが訴えているのは、77年前の原爆による「内部被ばく」の影響だ。

食べ物や呼吸を通して、放射性物質を体内に取り込む「内部被ばく」。放射性物質を含んだ雲の下で、死の灰を浴びた水や食べ物を口にし続けたことで、健康被害を受けたとしている。
しかし被爆体験者が被爆者認定を求めた過去の裁判では、「放射線量が低く、現在の科学的知見では健康被害は認められない」などとして敗訴した。

一方、2021年7月。
いわゆる、広島の“黒い雨”訴訟で原告側が勝訴した広島高裁判決では、「放射能の健康被害を否定できないと立証すれば足りる」と、認定のハードルを下げただけでなく、「内部被ばく」の可能性も認めた。

被爆体験者訴訟弁護団・三宅敬英弁護士:
具体的には空気中に滞留する放射性微粒子を吸引したり、水を飲んだり、野菜を摂取したりすることで、内部被ばくによる健康被害を受ける可能性があったことから被爆者に該当する、と言っている。つまりこれ、皆さんにも全く該当しますよね

当時の菅総理は上告を断念し、この判決を受け入れた。にもかかわらず、国が新たに被爆者と認めたのは広島で“黒い雨”を浴びた人のみ。長崎の被爆体験者は対象外としたのだ。

被爆体験者・岩永千代子さん:
(判決を)受け入れたっていうことは「(被爆体験者も)認めますよね」って、私は言いたい。認めて、原爆手帳をやったんだから。もうすでに決まっているんだから。判例でね、内部被ばくを認めてるんだから

国は長崎を対象外とした理由を、「被爆体験者が過去の裁判で敗訴したこと」や「長崎で黒い雨が降った客観的な資料がないこと」の2点だと説明している。

「事実を分かってほしい」先頭に立ち訴え続ける理由

テレビ長崎・松永悠作記者:
被爆体験者の救済を求めて、これから県と長崎市が国に直接、要望を行います。

県と長崎市は7月5日、県が設置した専門家会議がまとめた報告書を国に提出し、反論した。

平田修三副知事:
(被爆体験者が敗訴した)平成29年最高裁判決は法律的判断を示したものではないことから、被爆体験者を認定、救済することは過去の最高裁判決とは何ら矛盾するものではない

また黒い雨が降ったかどうかについては、長崎市などが1999年度に8700人に対し行った「証言調査」に、雨に関する証言が129件含まれていたことなどから、「長崎でも実際に雨は降った」と結論付けた。

専門家会議での報告書では、さらに原爆投下後、米軍などが長崎で残留放射線を測定した結果を踏まえ、「広い範囲に降った灰やちりも放射能を帯びていた。黒い雨と切り分けずに捉えるべき」と指摘した。

被爆体験者・岩永千代子さん:
黒い雨だけじゃない、私が言いたいのは爆心地から12キロ圏内は確実に、確実に被害があったと

7月、岩永さんは東京の大学生の勉強会に講師役として招かれた。語ったのは、被爆体験者運動のこれまでの歩み、そして原爆が生んだ「差別」と「偏見」だった。

被爆体験者・岩永千代子さん:
被爆してるけど(原爆に遭ったことを)言いませんでした。その頃ね、(病気が)うつる、という風評があった。女友達にも言いません。やっぱり変な目で見られるという思いがあった

それでも原爆に遭ったと公表し、先頭に立って訴え続けてきた理由をこう語った。

被爆体験者・岩永千代子さん:
私はね、運動ではない、政府に抗議でもない、事実を分かってほしい。「内部被ばく」の脅威、決して今後こういうことを許してはいけないと。核廃絶にもなりますけども、今こそ私たちは、小さな力でもやっぱり発信しないといけないと私は思うんですよね

原爆から77年…救済の手は差し伸べられないまま

そして迎えた77年目の原爆の日。
同じ被爆地、広島選出の岸田総理による「政治判断」に期待を寄せた。
しかし、式典の中で「被爆体験者の救済」に言及することはなかった。

被爆体験者・岩永千代子さん:
えー、ひどいねー、核廃絶には私たちは関係ないんでしょうね。これほどまでして、私たちを分断するのかって

式典後の会見で岸田総理は…

岸田首相:
被爆体験者の皆さまの高齢化が進む中、現在の被爆体験者事業にがんの一部を追加すること。これを至急検討したいと考えています

岸田文雄首相 式典後の会見の様子
岸田文雄首相 式典後の会見の様子

現在、精神疾患など一部の病気に関する医療費を支給している「被爆体験者支援事業」について、2023年4月から「がんの一部」を追加する方向で検討する考えを示した。
しかし、あくまで事業の拡大に過ぎず、被爆体験者を被爆者とは認めていない。

被爆体験者・岩永千代子さん:
広島との分断、差別。これが岸田首相から発せられたメッセージかと思うと、ただ絶句するばかりでしたね

濵田男さん:
がんを1つ認めていただいて、誰が喜びますか。広島と同じように認めていただきたい。もう、それ1つに限ります

田武男さん
田武男さん

願いは広島と同じ「被爆者認定」。同じ国民として、民主国家として、同等に扱ってほしい…
長崎の被爆体験者たちは、今後も粘り強く運動を続ける決意だ。

※ 被爆体験者を巡る一連の動きについては、2022年9月にFNS九州・沖縄ネット番組「ドキュメント九州」で放送予定

(テレビ長崎)

テレビ長崎
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