ロシアによるウクライナへの軍事侵攻から8月で半年を迎える。7月下旬には東部ドネツク州の親ロシア派支配地域でウクライナ人捕虜収容施設が攻撃を受け、約50人が死亡した。両国が相手による攻撃だと互いに非難しあうなど、「停戦」に向けた交渉が始まる気配は今のところ感じられない。
そうした中、FNNはウクライナ側の停戦交渉団の中心メンバーであるポドリャク大統領府顧問に日本メディアとして初めて単独インタビューを行った。1時間15分間のインタビューで語られたのは「停戦交渉の現在地」「両国の戦略の変化」、さらには「ウクライナの覚悟」など、強い言葉の数々だった。

消灯したままの廊下、“土のう”が積まれた窓枠

私たちがポドリャク氏にインタビューを行ったのは7月20日。指定された待ち合わせ場所にバリケードが設置されていたため、車から撮影機材を降ろし徒歩で大統領府に入った。荷物検査などを済ませ、インタビューを行う部屋まで案内してもらったのだが、途中あることに気がついた。廊下、階段、すべてが薄暗いのだ。日中だったため窓の外からの光があり、“真っ暗”というわけではないものの、大統領府のスタッフによれば、「軍事侵攻が始まってから廊下の電気はほとんどつけていない」という。さらに、外光が差し込む窓枠に目をやると”土のう”が数十個積み上げられている。攻撃を受けた際、窓ガラスが飛び散らないようにするためだそうだ。

軍事進攻以来、電気をほとんどつけないという大統領府の廊下
軍事進攻以来、電気をほとんどつけないという大統領府の廊下
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窓枠には「土のう」が積み重ねられている
窓枠には「土のう」が積み重ねられている

週6日寝泊まり「ここで生活している」

この大統領府はゼレンスキー大統領も執務している建物だ。軍事侵攻直後、大統領が自撮り動画をアップし「私はここにいる」とのメッセージを発信して話題になったが、その動画に一緒に写っていたのが側近であるポドリャク氏だ。

ゼレンスキー大統領が発信したビデオメッセージ 左がポドリャク氏(2022年2月25日・キエフ)
ゼレンスキー大統領が発信したビデオメッセージ 左がポドリャク氏(2022年2月25日・キエフ)

ここから帰ることはほとんどない。ここで働いて、生活している」。私たちがポドリャク氏と挨拶したとき、開口一番にこう言った。
ポドリャク氏も2月24日以来、平均して週に6日ほどこの建物内に寝泊まりしているそうで、執務室の至るところには何枚もの着替えが無造作に置かれていり、迷彩柄のヘルメットなどもあった。会議用の机にはたくさんの書類や本、タブレット端末などが積み重なっており、「雑然」とした印象の部屋でインタビューは始まった。

椅子に積み重なったTシャツなどの着替え
椅子に積み重なったTシャツなどの着替え
ポドリャク氏が「生活している」という執務室。着替えや書類が多数
ポドリャク氏が「生活している」という執務室。着替えや書類が多数

「いま停戦してもロシアは再び攻撃する」

最初に質問したのは停戦交渉の“現在地”だ。取材時の状況としては、「ゼレンスキー大統領が年内終戦に向けて支援を要請した」ことや、停戦交渉の代表団アラハミア氏が「8月に停戦交渉が再開する可能性がある」と述べていたためこれらのことを前提に質問をした。

――3月にトルコ・イスタンブールでの停戦交渉が最後?その後何か水面下で動きは?
「はっきり言います。交渉はイスタンブールでこの戦争での立場を表明した後、実質的にストップしている。現在までに捕虜交換や避難のための人道回廊、穀物輸出再開などの作業を議論する「小委員会」での作業が行われているが交渉の政治的な部分はストップしている。(中略)罪のない人が殺されている戦争犯罪が起きている間は交渉のテーブルにつくことはできない」

――7月19日、イランを訪問したプーチン大統領は、「ウクライナ側が停戦交渉に関心を示していない」との考えを述べたがそのことについてどう考えるか?
「もし、今、仮に“ミンスク3“のような署名を結んだとして、つまりウクライナの領土を失ったうえで何らかの協定に署名するのであれば半年か一年後にロシアは再び占領した領土に対する脅威を口実に、さらに大きな戦争を起こすだろう。ロシアに譲歩するということはロシアがさらにエスカレートするということを理解しなくてはいけない。だからこそロシアとの交渉は強い立場で行うことが必要だ

ポドリャク氏は戦争によって自国民への影響、また経済の打撃が続くため「長期化しないことが望ましい」と前置きしているものの、仮に現時点で停戦ラインを引いたとしても再びロシアが口実を作って攻撃をするだろうと主張している。だからこそウクライナにとって「有利な条件」で交渉に臨むべきであり、今はそのタイミングではないと繰り返し強調した。
さらに、停戦合意の“仮定”として「“ミンスク3”のような署名」と表現していたことも、見逃せないポイントだ。ウクライナ東部紛争についての和平合意である「ミンスク1(2014年)」、「ミンスク2(2015年)」が、ウクライナ側にとって不利なものであったことへの不信感を改めて示した形で、「同じ轍は踏むまい」との覚悟も感じられる。ではなぜ、ウクライナ側から「8月にも停戦交渉再開」との話が出ているのだろうか。

――停戦交渉団メンバーのアラハミア氏は「8月に交渉再開の可能性」に言及したが?
「いい質問だ。これは戦争であり、その行方はさまざまな要因に左右されている。その中で重要なのは、その時々に最も適した兵器を必要な数だけ提供を受けることだ。今、長距離砲による攻撃が行われている。このような戦争で、ウクライナが流れを変えるためには、十分な数の多連装ロケットランチャーを含む大砲が必要だ。(中略)停戦交渉の際、(ウクライナ側に有利な)条件をつけることができるかどうかは、この要素にかかっている。今、単純に停戦してもロシアが得するだけだ。(中略)だからこそ、いつ、どれくらいの武器を手に入れられるかによって、交渉のテーブルにつく時期や条件提示の内容も変わってくる」

交渉再開の時期については「ウクライナがロシアと対等に渡り合える時期」と位置づけることにより、“武器提供次第”であると欧米諸国を含む世界に支援の継続を呼びかけている。私たちが「8月交渉再開の可能性」について尋ねた質問に対して「いい質問」と反応しながらも、直接的な明言を避けたのは武器調達の交渉が水面下で動いている可能性もあるのではないか、とも邪推してしまう。

ロシアは「長期化狙い」 ウクライナは「冬の前までに」

では、ウクライナのこうした戦略は、軍事侵攻が開始された2月から同じだったのだろうか。ロシア側の“変化”について、ポドリャク氏はこう分析する。

「ロシアは当初、ウクライナの首都キーウを素早く占拠し、ウクライナ国家を破壊、ここに傀儡政権を樹立するという計画だっただろう。しかしその計画が失敗した今、ロシアはこの戦争をできるだけ長く続けることに関心がある。現在、世界では大規模な食糧危機、移民危機、エネルギー危機、物価高が起きている。(ロシアは)欧米、日本などの市民社会に圧力をかけるため、西側諸国でこうした危機を引き起こし続けたい。そして、それらの国の人々が自国政府に圧力をかけ、ウクライナにロシアの条件を受け入れさせ、その条件で戦争を終わらせるというシナリオだ」

――しかし、ウクライナ側は停戦交渉を急いでいるわけではない?
「違う。戦争は早く終結しなければいけないが、それはウクライナ側の条件で終わらせる必要がある。
(前述の)ロシア側の戦略に対して、ウクライナ側の計画は非常に単純だ。現在ウクライナ軍に不足している長距離砲などを十分な量まで確保し、ロシアに戦術的敗北を与える。そして、できれば冬になる前までに、ロシアをウクライナの領土から追い出す。そして最終的に交渉を再開し、ウクライナの領土保全と、旧占領地の開放を交渉する」

FNNの単独インタビューに応じるポドリャク氏
FNNの単独インタビューに応じるポドリャク氏

――停戦の条件について。かつてゼレンスキー大統領は、2月24日、つまりロシアが軍事侵攻する前の位置まで撤退と位置づけていたが、今もそれは変わらない?
「その後、ロシアによる戦争犯罪や、すでに多くの都市が部分的に消滅してしまったという実態を私たちは見てきた。その上で、ロシアが『ある程度のライン』まで後退すればいい、というのは論外だ。ロシアはウクライナの(クリミア半島などを含む)全領土から撤退しなければいけない。これはゼレンスキー大統領も繰り返し言っていることだが2月24日の“でっち上げの口実”による戦争を再び引き起こさないためにウクライナの領土はすべて取り戻さなければいけない」

この「全領土」とは、2月の軍事侵攻後にロシアが実効支配を進めた東部ドネツク・ルハンスク両州に限らず2014年に一方的にロシアに併合されたクリミア半島も含まれると解釈される。ウクライナにとって、戦争は2022年2月からではなく2014年から続いているものであることが改めて強調されただけでなく、2月以降のロシア軍による“非道さ”によってウクライナ側の「停戦へのハードル」も高くなったとの主張を国際社会にアピールしている。また、その時期の“メド”としては、「冬になる前までに」との認識も示している。

穀物輸出再開も“違反”を予想

このインタビューの2日後、トルコ・イスタンブールでウクライナ産穀物の輸出についての合意調印式が行われた。国連のグテーレス事務総長が自ら出席するなどアフリカなどで深刻化する食糧危機の「希望の光(グテーレス氏)」となる合意と目されていた。
その調印直前、ポドリャク氏はロシアが合意を守るかどうかすでに懐疑的な見方を示していた。

――今回の“穀物回廊”についてまもなく合意される見通し。今回の穀物交渉がうまくいけば停戦交渉にもつながる可能性は?また、調印すればウクライナ産穀物は安全に輸出が可能となる?
「穀物輸出のための海上回廊の交渉については“ローカルな交渉”だ。より大きな停戦交渉のプロセスの一部にすぎない。(中略)前線を停戦させるとか軍隊を撤退させるという話ではなく、あくまで黒海の海域の狭い範囲での停戦。これはロシアではなくトルコと国連が確保するという話だ。
また、ロシアは合意に署名することにより、それを破る方法をすでに考えている。直接的にではなく、ある種のエスカレーションのための条件を作り出す」

――ロシアは合意しても破ってしまうということ?
「ロシアはそれに従わず合意事項を破ろうとするでしょう。合意事項を守らせる責任はトルコと国連にある」

そして、合意調印の約20時間後の7月23日、ロシア軍はウクライナ産穀物輸出の拠点となる南部オデーサ港をミサイルで攻撃した。合意内容には「港湾施設攻撃も行わない」との事項も含まれており、早くも出鼻をくじかれた形となったが(ロシア側はあくまで軍艦などを攻撃したと主張)、ポドリャク氏が攻撃の3日前のインタビューで語ったことが現実となっていた。「直接的に破棄するのではなく、エスカレーションのための条件」、言い換えれば“軍事行動の拡大”を作り出す、という言葉がぴったりとそのまま現実に当てはまる。それほどロシア軍の挑発的な行為はウクライナ側からしてみれば「いつもの行動パターン」ということなのだろうか。

今回のポドリャク氏への単独インタビューで繰り返し強調されたのは、「ウクライナ側が有利な条件になるまで停戦交渉には応じない」ということと「そのために、欧米からの武器提供が不可欠」の2点だった。ロシア軍の撤退ラインは「クリミア半島を含むウクライナ全領土」であることも今回新たにわかった。ポドリャク氏は「そうしなければ、半年後か1年後にまたロシアは口実を作って戦争を起こす」というロジックについて、何度も丁寧に―まるで授業をする教師のように―私たちに説明したのが印象的だった。長い歴史の中でのロシアの戦法がわかっているからこその発言ともとれる。

外国人であり取材者の私がウクライナで生活する市民や学校に行けない子供たちを見て、「早く戦争が終わってほしい」と思う気持ちはある。一方でポドリャク氏が指摘する「ウクライナ市民が抱える停戦後の脅威」についても国際社会は注視しなければいけない。

(聞き手:FNNニューヨーク支局中川真理子 パリ支局山岸直人/撮影:ニューヨーク支局米村翼)

中川 眞理子
中川 眞理子

“ニュースの主人公”については、温度感を持ってお伝えできればと思います。
社会部警視庁クラブキャップ。
2023年春まで、FNNニューヨーク支局特派員として、米・大統領選、コロナ禍で分断する米国社会、人種問題などを取材。ウクライナ戦争なども現地リポート。
「プライムニュース・イブニング元フィールドキャスター」として全国の災害現場、米朝首脳会談など取材。警視庁、警察庁担当、拉致問題担当、厚労省担当を歴任。