子どもたちがワクワクする図書館をつくる。広島県教育委員会が県立図書館の児童室に「サイエンス」をテーマにしたコーナーを開設した。

子供向けにサイエンスに特化したコーナーの設置は、都道府県立図書館で全国初だという。その様子を取材した。

子どもの利用が少ない図書館を変える

「図書館を何とかしたい」

広島県教育委員会の平川理恵教育長は、広島市内にある県立図書館を見てそう考えた。

「県立図書館は希少な資料を取り揃えるなど一定の役割を果たしていますが、県民が求めるような図書館づくりは出来ていませんでした。利用者の多くはシニアの方で、児童室はありますが、子どもの利用はあまりありませんでした」 

「図書館を何とかしたい」と広島県の平川理恵教育長は考えた
「図書館を何とかしたい」と広島県の平川理恵教育長は考えた
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しかし財政的に図書館を全面リニューアルするのは難しい。

そこで平川氏が考えたのが児童室に「ひろしま子どもサイエンスライブラリー(以下サイエンスライブラリー)」を創設することだった。

 「『楽しい』『そこに行きたい』と思う図書館づくりをすれば、子どもだけでなく大人も来るに違いないと思ったので、サイエンスのビジュアル系ライブラリーを作ろうと思いました」 

欧米の図書館はITやサイエンスが主流

ではなぜ子どもを集めるのにサイエンスなのか?平川氏はこう語る。

「県内の公立図書館を回ると児童書のコーナーは小説がとても多い。でも欧米の図書館は1990年代ぐらいから、ITやサイエンスが主流になっています。日本でも最近よくSTEAM教育が言われていますが、欧米に2歩も3歩も遅れている状態なんですね」

一方こうした流れに図書館がついていけないのには理由がある。

「この分野は日進月歩で、図書館は本をどんどん入れ替えないといけません。そうすると新しいことも知った上でどんな本を選ぶのか、あるいはどの本を廃棄するのか判断しなければならないのです。しかし図書館の職員がこうした時代の流れについていくのは大変ですし、自分たちが分かる範囲にしがみついてしまいがちです」

子どもたちのために作ったサイエンスコーナー
子どもたちのために作ったサイエンスコーナー

図書館を改装したら学校の学力が上がった

そこで平川氏が県立図書館のリニューアルを依頼したのが、児童文学評論家の赤木かん子氏だった。赤木氏はこれまで多くの学校で図書館改革を手がけており、平川氏とは10年来の付き合いだ。平川氏は赤木氏のことをこう語る。

「私が子どもの小学校のPTA会長だった頃(赤木)かん子さんの『学校図書館の作り方』という本を読んで図書館の改装をお願いしました。初めて図書館にきた時、かん子さんは図書をじっと見て『4割即捨て、4割は準捨てで、残せるのは2割だね』と。その後も私が校長をしていた中学校でかん子さんのアドバイスにそって図書館を改装しましたが、そうしたら子どもたちの利用が増え、学校の学力が上がったんですよね」

サイエンスライブラリーはオープンな空間が広がっている
サイエンスライブラリーはオープンな空間が広がっている

図書館は子どもを守る場所の1つ

 赤木氏は図書館改革を行う理由を「図書館は子どもを守る場所の1つ」だからという。

「子どもは見たい、聞きたい、知りたいと思うんですよ。それが満たされると満足して幸福になるんです。だからちゃんとした図書館をつくることは子どもを守ることになるし、知識を得ることで子どもは自分を守る武器も手に入れることができます。知識は力ですから」 

実際サイエンスライブラリーに一歩入ると、オープンでワクワクする空間が広がっていて、図書館にある無機質で近寄りがたい雰囲気はない。

入り口を入るとすぐ見える書棚には、数学、物理・化学、天文学、地学などの本が表紙を見えるように並べられ、すぐ手に取ってみたくなる。 

図書館は子どもを守る場所だ
図書館は子どもを守る場所だ

先カンブリア紀の生物のぬいぐるみが

赤木氏が初めてここを訪れたとき、入り口には高段の展示壁が立っていたという。

「入り口から中が全く見えないし、その展示壁には大人の資料が並んでいて、その壁の向こうに子どもの本があるとは思えず、子どもたちがその前を通って入るのはしんどい感じでした。また入ってすぐ書架が立ちふさがるのでまるで入ってこないで、と言われているように感じました」

赤木氏はまずこの展示壁を撤去して、広く見渡せる空間を作り、書架の向きを90度転回させた。

さらに進むと床には色鮮やかなカーペットが敷かれていて、子どもたちが自由に座って本を読んでいる。書棚やカーペットの上にはぬいぐるみが置かれていた。

「先カンブリア紀の生物のぬいぐるみですが、変な形をしているでしょ。見たら『これ、なんだろう』と思うじゃないですか。そこに説明が書いてあると読んで名前を覚えて、もっと知りたくなる。それに、そういうものが見えたら一番奥まで行きたくなるじゃないですか」

色鮮やかなカーペットの上に先カンブリア紀の生物のぬいぐるみが
色鮮やかなカーペットの上に先カンブリア紀の生物のぬいぐるみが

サイエンスコーナーは6歳の子どもを想定

サイエンスコーナーに並ぶ本を見ると科学の初歩的な本からニュートンの「プリンキピア」まで置いてある。

テーマもSDGsから太陽系、元素や虚数と、一見「子どもには難しいのでは?」と思うものも多い。しかし赤木氏は「これは6歳くらいの子どもを想定して並べました」という。

「いま小学校の4年生で数学検定1級を取る子どももいます。でもそういう子どもたちはいつも大人に『子どもらしくない』と嫌がられ、学校に行くと子どものふりをしなきゃならなかったりする。そうした子どももここに来れば、本来の素のままの自分でいることができるじゃないですか」 

並ぶ本は「6歳の子どもを想定した」
並ぶ本は「6歳の子どもを想定した」

女性科学者の伝記を出来るだけ置く

平川氏のサイエンスライブラリーで「女子の理系進学を増やしたい」という想いを受けて、赤木氏は科学者だけの伝記のコーナーも作った。平川氏はこう語る。

「女性が科学分野にどんどん進学しているアメリカでは、国家戦略として女性科学者の伝記を意識して出版しているそうです」

日本では女性の理系進学率はまだまだ低い。

「ですから出版されている女性科学者の伝記は出来るだけ置き『科学って男の人のものと思っていたけれど、そんなことないんだ』と思ってほしいです」(平川氏) 

「科学って男の人のものではないんだ」と思ってほしい
「科学って男の人のものではないんだ」と思ってほしい

ダイバーシティがもう1つのテーマ

このサイエンスライブラリーのもう1つのテーマは、ダイバーシティだ。

これまでは棚と棚の間が狭すぎて車いすが通りにくかったのを楽に通れるように広げた。また、知的障がいの子どもが読める本も並べた。LGBTQや障がい者について理解を深める本や、家庭で虐待にあった子どもが主人公の本もある。 

さらにサイエンスライブラリーでは、本の背表紙にイラストのラベルが貼られている。図書館ではふつう、数字を書いたラベルが貼られていて、その数字で本を探すシステムになっているが、赤木氏はイラストも数字と併記した理由をこう語る。

「図書館で一番多い苦情は、『どこに何があるのかわからない』です。イラストにすればまだ文字が読めない小さな子も識字障がいの人も日本語は読めない外国のかたも分類と配置が分かります。これもダイバーシティの一環ですね」 

もう一つのテーマがダイバーシティだ
もう一つのテーマがダイバーシティだ

学校図書館を変えるときの参考に

7月7日にオープンして以来、広島県立図書館は目に見えて子どもの利用者が増えているという。筆者が取材した日も、閉館間際の書棚には空きが目立っていた。平川氏はこういう。

「書棚を見たらわかりますよ。とてもよく借りられています。ぜひ教職員や図書館職員、特別支援学校の先生にも見に来てほしいですね。学校図書館を変えるときに、何を買っていいかわからなかったら、ここに来て、選書や環境整備の参考になるといいと思います」

今後サイエンスライブラリーでは子どもをワクワクさせるイベントも行っていくそうだ。  

「ここにきて選書や環境整備の参考に」
「ここにきて選書や環境整備の参考に」

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。