戦世から77年。本土防衛の捨て石とされ、激しい地上戦により県民の4人に1人が命を落とした沖縄戦。15歳で従軍して戦場を生き抜いた翁長安子さんは、自身の体験を語ることで若い世代に命の大切さを伝えている。

3万5千柱の遺骨が祀られた「魂魄の塔」 同じ死に方をした人はいない

翁長安子さん(92):
76年前、皆さんの亡骸を拾った真和志村の真和志ハイスクールの、旧姓は善平安子です。いつも平和な暮らしを見守ってくださって、ありがとうございます

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慰霊の日を前に、沖縄・糸満市米須の魂魄の塔を訪れたのは、翁長安子さん(92)。
魂魄の塔は、住民や軍人を問わず3万5千柱の遺骨が祀られていて、戦後、最初に建立された慰霊塔だ。

翁長安子さん(92):
亡くなった方々は、一人として同じような亡くなり方ではなかった。直撃で吹っ飛んで、全部バラバラになる人。また破片が当たって、そのまま寝てしまう人…もうこの情景は、言葉では表せないですよね

15歳で看護要員として従軍 軍国主義に洗脳されていた 

太平洋戦争末期の1945年。ひめゆり学徒隊も組織された県立第一高等女学校の二年生で、当時15歳だった安子さん。首里を拠点に結成された旧日本軍の郷土部隊・永岡隊に入り、看護要員として従軍した。

翁長安子さん(92):
(永岡隊から)逃げ出したいとか思わなかった。これが軍国少女のはず、自分に与えられた仕事をね、全うするのが自分の役目だと思っていた。こんな小娘がさ、相当洗脳されていたはず。軍国主義の洗脳さ

旧日本軍・第32軍の司令部があった首里は、本島中部から上陸したアメリカ軍に追い詰められ、敗北は時間の問題だった。
しかし、アメリカ軍の本土への上陸を1日でも遅らせるため、5月下旬に第32軍は、多くの住民が戦火を逃れていた南部への撤退を決定したのだ。安子さんがいた永岡隊も、首里・安国寺の壕からの撤退を急いだ。

沖縄テレビ放送 永田裕介記者:
この崖の上に隠れていた壕はありました。逃げようとした翁長さんは、この高さから転げ落ち、しばらくの間 気を失っていたといいます

部隊とはぐれ、独りで南部へ向かう安子さん。その道のりで見た光景が、目に焼き付いて離れないと話す。

死体を踏まないで通った人はいない…あの惨状は忘れられない

翁長安子さん(92):
6月中旬から後のあの南部の道、死体を踏まないで通った人はいないはずよ。顔を持ち上げたら、上に手がぶら下がっていたり、下では死んでいるお母さんのおっぱいを飲んでいる子供。もう、あの惨状というのは、忘れなさいって言っても忘れることはできないし、体が覚えているからね

沖縄戦の記憶と重なる…ロシアによるウクライナ侵攻 

国体護持が最優先され、沖縄が本土防衛の捨て石とされた結果、罪のない無抵抗の住民が犠牲に。
それを思い起こさせる出来事が、現実社会でも起こっている。ロシアによるウクライナ侵攻だ。安子さんは、子どもが避難している様子が自身の記憶と重なり、心を痛めている。

翁長安子さん(92):
(沖縄戦と)似ていますよ。私、だからね、最初涙出て見られなかったよ。こんなに77年経っても、人殺しをやってるんだね。この世に生を受けたただ一つの命ですよね。誰も変えることも奪うこともできないはずの命を、こんな戦という武器でさ、無抵抗のものを殺していってるでしょ

ロシアだけでなく、戦争を続けているウクライナの権力者も同罪だと話し、互いの主義・主張を通すために無抵抗の一般住民の命が奪われている現状に憤りを感じている。

2022年6月、ウクライナの死者は4597人。この内、子どもが313人で、国外に避難した人は500万人以上にも上る。

「生きることがどんなに大切か」若い世代に伝えたい

77年前の6月22日、安子さんはアメリカ軍の投降の呼びかけに応じ、隠れていた壕から出て、捕虜となった。まもなく日本軍の組織的な抵抗は終結したとされるが、その後も戦闘は続き、沖縄戦の犠牲者は日本軍94136人、アメリカ軍12520人、そして一般住民94000人が命を落とした。

戦後、翁長安子さんら旧真和志村の住民は、糸満市米須へ移された。見渡すかぎりに散乱していた亡骸を踏みつけて生活するわけにはいかないと、金城和信村長の声かけで遺骨の収集が始まった。

翁長安子さん(92):
ここに小さな頭と、ちょっと離れたところに大きな頭。これ親子だって、もうすぐわかったね。どんな思いでこの親子を死んだのかねと思ったら、もう震えてこの小さな骨が拾えないわけよ。戦争ってむごいなって。この2人の子供を連れてね、逃げたはずなものがね、こんなにして殺されたんだなと思う

旧真和志村の住民の尽力によって、魂魄の塔に納められた遺骨は3万5000柱にものぼり、最大の慰霊塔となった。

戦後、平和教育に尽力してきた翁長安子さん。戦争体験者が少なくなる中、自身の体験を踏まえ、命の大切さを若い世代へ伝えることが大切だと考えている。

翁長安子さん(92):
だから全てに、やっぱり通ずるのは生きるっていうのが、どんなに大切なものかっていうことを、小さいときから知らせないといけないのよね。だから人の気持ちがわかる、命の大切さがわかるというような、場面がやっぱり、今だんだん薄らいでいるわけよ

沖縄戦の記憶を継承し、平和な社会を守っていくために我々が今すべきこと。社会全体で歴史を学び、あらゆる世代で対話を深めながら、命の大切さを実感できる心を育むことではないのではないか。

(沖縄テレビ)

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