6月29日のNATO(北大西洋条約機構)首脳宣言では、ロシアを最も重大で直接的な脅威と位置づけた。反発するプーチン大統領は、相応に対応する必要があると警告。BSフジLIVE「プライムニュース」では専門家を迎え、ロシアと西側陣営双方の視点から現状を読み解き、今後の展開を予測した。

NATOはロシアに強い姿勢もプーチンの認識には大きなずれ

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長野美郷キャスター:
NATOの首脳宣言は、ロシアのウクライナ侵攻を強く非難。ロシアを最も重大で直接的な脅威と位置づけた。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
2010年頃、ヨーロッパの多くの国々は「我々は同盟国に囲まれているから安全」という見方だった。世界が完全に変わったことを首脳レベルで再確認したと言ってよい。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
ヨーロッパとアメリカ含め、今ウクライナで起こっていることをそのまま受け止めて、戦略概念に落とし込んだということ。

長野美郷キャスター:
これにプーチン大統領が反論。「NATOの同盟は過ぎ去った冷戦時代の遺物。スウェーデンとフィンランドがNATOに加盟しても心配の余地はない。だが軍事派遣団や軍事施設が配置されたら、私たちは同じように反応せざるを得ない」。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
実はプーチンの発言では、フィンランド・スウェーデンの2国とウクライナのNATO加盟はロシアにとって全く意味が異なり、ウクライナの加盟が問題だと強調している。プーチン大統領は、従来言っているロシアとウクライナとの一体性という歴史問題に大きなこだわりがあることが、今回のスピーチで改めて確認された。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
フィンランドとスウェーデンについては、ロシアは間違いなくゴールポストを動かした。両国が最初にNATOに入りたいと言ったときは明確な核の脅しをしたが、止められないということでプーチン大統領は脅しをしなかった。ただし米軍の展開を認めないという形をとる。ロシアの地勢戦略的な状況は明らかに悪化しているが、現実を受け入れた上でより悪いシナリオを阻止するために動いていくということでは。

反町理キャスター:
NATOは今回の会議を経て東欧でも部隊を増強、即応部隊を4万人から30万人規模に拡大すると。ロシアにとっては軍事的脅威度が増しているということか。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
NATO即応部隊は、能力基準を満たした部隊。各国が有事の際、数日以内に展開できるよう自国内で編成している部隊で、イギリス軍が増員した即応部隊をスウェーデンに駐留させるといったことにはならない。ただ、30万人はウクライナに侵攻しているロシア軍より多く、すごい数。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
ロシアに対する圧力は間違いなく高まっており、まさにそれがNATOの目的。だが、本当に不思議だが、プーチン大統領の捉え方との間に大きなずれがある。NATOの今回の措置は「それ以上バルト3国などNATO側へ、前へ出てくるなよ」というメッセージ。ただ、「それ以上前に出てきたら措置をとる」というメッセージだとは、プーチンは受け取っていないと思う。

NATOはロシアと中国の連携を警戒、アジア有事に有志で派兵も

長野美郷キャスター:
NATOは中国も牽制。「中国は我々の利益、安全保障および価値に挑戦するような野心を抱いている」「中国とロシアのパートナーシップの深まりと、両国によるルールに則った国際秩序を弱体化させようとする試みは我々と相反する」。中国は猛反発しているが、今回の言及の背景は。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
NATOの中国への警戒感はここ数年継続して高まっていた。今回、中国が基本的にロシアを支持し、フェイクニュース拡散に加担していることへの不快感が非常に強い。それらが積み重なった。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
NATOはウクライナとアジア太平洋の問題は密接にリンクしていると明確に意識し、特にロシアと中国の連携の可能性を非常に警戒している。

反町理キャスター:
台湾有事などアジアにおける有事に、NATOはどれほどの軍事的プレゼンスを見せてくれるか。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
アジア太平洋の有事にNATO軍が介入することは、米軍司令部の地域的な責任範囲の関係でありえないが、NATO加盟国が有志連合という形で部隊を派遣する可能性は十分にある。そのとき、中国や北朝鮮のICBM(大陸間弾道ミサイル)はヨーロッパに届くため、それに対してNATOとしての備えも必要になる。相互核抑止も意識の範囲には入っていると思う。

東部で戦果をあげたロシア 戦略の根底には変わらずプーチン史観

長野美郷キャスター:
ウクライナの最新の戦況。ウクライナ政府は6月24日時点で、部隊保全のため東部の要衝都市セベロドネツクからの撤退を選択したと見られる。この判断は。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
守り切れる可能性が少ない街で、補給線が完全に切られる前に部隊を逃がさなければいけなかった。ぎりぎり手遅れにならずに済んだが、もっと早く決断すべきだった。

反町理キャスター:
これは、ルハンスク州のほぼ全域を諦める判断をした?

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
ルハンスク州を諦めなければ部隊の保全はできない。ここの戦いはロシア側がある種主導権を握った形で展開した。ウクライナ側は補給線を脅かすロシア軍阻止のために兵力や装備を割いてしまったため、西側からの支援がもっと必要になってきた。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
東部はロシアにとって一番結果を出しやすい戦場。ロシアは戦闘継続のために、定期的にある程度の結果を見せていかなければいけない。

長野美郷キャスター:
一方、ロシア軍の動き。イギリス国防省は6月25日、東部の大部分を確保する成果をあげたドゥボルニコフ総司令官の更迭を確認したと発表。アメリカのシンクタンク・戦争研究所は、ジトコ軍政治総局長に交代したと分析。ここで交代させる背景と狙いは。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
ジトコという人物は軍政治総局長。5月9日の対独戦勝記念日に、ロシアの軍事史に関わる式典などを行う勝利組織委員会のメンバーに任命されている。プーチンが考えているのは、やはりロシア帝国の再興。彼の軍事・政治戦略の根底にあるのは歴史観ということなのだと思う。

兵力のウクライナ、火力のロシアという均衡が生まれている

長野美郷キャスター:
NATOの首脳宣言に対するゼレンスキー大統領の発言。ウクライナ軍の近代化などの支援強化に対し、「とても感謝しているが、戦争を長引かせないために最新ミサイルシステムがもっと必要」。ロシア側からミサイルがたくさん飛んでくるため、ミサイル迎撃システムも欲しいと言っているが、この供与は難しい? 

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
使っている国が少なく数は限られるが、まずはウクライナがずっと使っているS-300というミサイル防衛能力があるものを送っていくことになる。PAC3(アメリカ製の地対空ミサイル)を供与すると使う上で相当な訓練が必要で、全体のレーダーシステムとの連接も必要となり、難しい判断。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長
高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長

反町理キャスター:
軍事支援の限界が見えてくる中で、ウクライナ軍はロシアを凌駕できるか。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
兵力の点では、70万人ほどが動員されているウクライナが優位にある。一方、火力はロシアが勝っている。こうした形でのちょっとした均衡が生まれている。ウクライナからすると、人はいるのだから装備をくれということ。

今後停戦が必要となるが、戦いは続いていく

長野美郷キャスター:
11月に行われるG20の議長国・インドネシアのジョコ大統領の動き。G7への出席後、ウクライナを訪問してゼレンスキー大統領と会談。そして、モスクワを訪問しプーチン大統領と会談。G20の出席についての話し合いとみられる。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
インドネシアにとっての喫緊の大きな課題は、実はウクライナではなく米中対立だと思う。東南アジアの多くの国がそうだが、米中のどちらかを選びたくない。これまでそこにオルタナティブを与えてくれていたのがロシアの武器。恐らく、ロシアを完全に国際社会から孤立させることは自分たちの国益にかなわないと判断している。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員
畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員

反町理キャスター:
11月のG20で、和平に向けたゼレンスキー・プーチン間の歴史的な会談が行われる可能性は? 

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
うまくできるかは別だが、一旦はやはり停戦のようなものが必要となる。G20がそのタイミングに重なることはあり得るかもしれないが、ジョコ大統領はそれを念頭に動いてはいないのでは。また停戦しても、ロシアによるウクライナのロシア化の動き、ウクライナによる抵抗の動きは水面下で続く。現在より烈度の下がった形で、ある種の戦いが続いていく可能性がある。

長野美郷キャスター:
一時的な停戦があったとしても、NATO対ロシアの緊張の高まりは解かれるものではないとすると、今の局面を歴史的な目線で見たときにどれほどのインパクトになるでしょうか。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
1990年ごろから30年ほどは、核戦争による人類絶滅の恐怖がなくなった世代。だが恐らくこの先30年ほどは、もう同じような意味で平和の感覚を味わうことはできない。常に戦争が頭の上にぶら下がっているような恐怖を感じながら過ごしていく世代。そういう時代の変化があったということではないか。

BSフジLIVE「プライムニュース」6月30日放送