姿勢を正し、呼吸を整え、狙いを定める。矢を的にあてる技術を競う弓道は、心身を鍛える武道の一つでもある。
高校に弓道部がある割合が、全国3番目に高い長野県。高校や専門店は、映画化もされるアニメの「参考地」にもなっている。信州で弓道の部活が盛んな理由を探ってみた。
長野県の高校の約8割に設置…弓道が盛ん アニメの「参考地」にも
この記事の画像(15枚)長野市で開かれた、高校総体の県予選。5人が4本ずつ矢を放つ、団体戦が行われていた。10人が一列に並び、矢を放つ。場内には空気が張り詰める。
選手:
Q.プレッシャーはある?
やばいです、恐ろしいです
Q.当たった時は
達成感、報われた感があってうれしいです
選手:
人が当てなかったら自分が当てたり、自分が当てなかったら周りの人が当てたり、支えあってチームが一帯となってできるのがいいところかなと
「的中数」を競うだけでなく、弓道では作法も重要だ。「射法八節(しゃほうはっせつ)」といわれる立ち方、構え方、矢を放ったあとの姿勢など8つの基本動作があり、段位や級位の審査の際、重視される。(1.足踏み 2.胴造り 3.弓構え 4.打起し 5.引分け 6.会 7.離れ 8.残心)
他の武道やスポーツにはない、独特の雰囲気を持つ弓道。今、じわじわと人気が出ている。
高校の弓道部を舞台にしたアニメ「ツルネ」。テレビ放送が好評で、2022年8月には「劇場版」が公開される。小説が原作で、アニメ化にあたっては長野県内の高校や専門店が「参考」にされた。
「参考地」の一つになった長野高校弓道班。冒頭の県予選では、団体戦で男女アベック優勝を果たした。
実は信州は弓道の部活動が全国的にみても盛んで、それがアニメの参考になった理由のようだ。高体連の資料をもとに弓道部の設置率を計算すると、信州は鹿児島、宮崎に次いで全国3番目の多さ。99校中78校と8割近い設置率だ。4位は僅差で熊本だった。
長野高校弓道班・神津明男 顧問:
他県に大会にいきますと、割と長野県のチームは毎年違ったチームが出てくる。他県だと数が少ない県もあって、県によっては毎回同じ学校というのもあるので、長野は多いと感じる
明治以降に武道奨励 信州大学が指導者を輩出
なぜ、九州と信州で高校の部活動が盛んなのだろうか。弓道に詳しい東北学院大学の黒須憲教授に聞いた。
東北学院大・黒須憲 教授:
弓は竹弓で材料にハゼノキを使っているが、それが九州がほとんど。弓師が明治期から九州に移転して、都城(宮崎県)とかが組合をつくって多いところ。道具が多ければ術者も多いというのは考えられる
九州は弓の産地。もともと武道も盛んで根付いたようだ。
では、信州で盛んな理由は?
東北学院大・黒須憲 教授:
現在多いのは、戦前の学校教育における正課、または課外の弓道の実施率が影響
黒須教授は、教育としての弓道が戦前の信州で盛んだったと指摘する。幕末に、武士を鍛錬するため設置された「藩校」が比較的多く、明治以降も「教育県」と呼ばれた中、武道が奨励されたことが背景にあるとみている。
東北学院大・黒須憲 教授:
同じ武士の中でも弓道をやっていた人間は、わりかし地位が高い人間。教育を受けた人間が多く学んだのが弓道。教育的なレベルと弓道の実施率というのは、比例するところがあるのではと
戦前・戦中に、武道を推進した「大日本武徳会」はGHQにより解散された。それに伴い、学校での弓道は一度、途絶えた。
その後、復活をけん引したのは、長野県弓道連盟だ。現在の会長は、泰阜村(やすおかむら)前村長の松島貞治さん(72)だ。
松島会長は、戦後部活動が盛んになったのは、多くの指導者を輩出した信州大学の存在が大きいと話す。信大は各キャンパスに弓道場があり、今も学内で大会が開かれている。
県弓道連盟・松島貞治 会長:
弓道に大変熱心な大学で、高校生を指導したいという意欲のある先生を多く輩出された時期があった。そんな皆さんの努力もあって、全県に弓道をやってみようという皆さんが増えたのかな、続いてるのかなと
県内の高校の弓道部は、昭和30年代に十数校だったが、昭和50年代には60校以上へと増えた。これは昭和53年の「やまびこ国体」に合わせた「競技振興」が背景にあるが、それを支えたのは現場の教師や指導者だという。
今も高校生の心をとらえる…アニメも影響
時は過ぎ、今は少子化の時代。部員を大きく減らす部活もある中、弓道は一定の部員数を保っている。
長野高校 弓道班:
弓道は高校から始める人が大半なので、同じラインからスタートできる競技ということで
長野高校でも多くの班員が「高校デビュー」だ。比較的、競技を始めやすいのも高校生の支持につながっている。
創業70年以上になる長野市の「中島弓具店」は、そんな彼らの「デビュー」を支えている。
この日、店内は多くの客でにぎわっていた。1年生が弓道を始めるこの時期ならではの光景だ。この日は飯山高校の生徒17人が訪れていた。
この店は北信越で見ても数少ない専門店で、アニメ「ツルネ」の参考地にもなっている。
中島弓具店・小林和美さん:
飯田の方から新潟の村上の方まで、(この時期は)最初に全部そろえる感じになるので結構たくさんのお客様がみえます
そろえるのは道着、はかま、足袋、カーボン製の矢など。
腕の長さを測って…矢の長さを調節。
なぜ弓道を始めようと思ったのか、新入部員に聞いてみると…
弓道部に入部・飯山高校1年生:
ドラマで弓道をやっている姿を見て、かっこいいなと思って
弓道部に入部・飯山高校1年生:
ツルネというアニメで、それですごくかっこいいなと。卓球部とかに入ろうと思ってたけど、アニメに影響されて
見た目のりりしさに憧れて始める生徒が多い弓道。取り組みやすさはあるが、奥が深く、他の競技にはない独特の緊張感・達成感がある。その魅力は戦前も戦後も多くの若者たちの心を捉えている。
(長野放送)