富山湾の沖合に江戸時代の街が沈んでいる…との情報を得て、取材を始めた富山テレビの吉村尚郎アナウンサー。
漁師間で噂となっている釣りスポットの海底に「何か」がある、という話を聞き、海底調査に乗り出した。
海底に眠る「神社の鳥居」?
海に沈んだ港町…。言い伝えでは、神社の鳥居も海中に残るとも言われる。新たな発見はあるのだろうか…
この記事の画像(12枚)富山市の四方(よかた)沖で取材を続けること数カ月。
しかし、石垣に次ぐ新たなものは見つからない。そんなとき、取材班をサポートしてくれる釣り船の船長がこんなことをつぶやいた。
船長:
昔からよく釣れるとうわさされている場所があるんです。何か海底にあって、くぼみになっています
ここは四方の沖合、約200メートルの地点。魚がよく釣れると評判のスポット。海底をソナーで見ると、突起のような変化も見える。
船長:
3つ怪しいのがあるんですよ、ほかのものが見つかったりして
潜水してみると、早速ヒラメの姿が。確かに魚影は濃いようだ。
水深は6メートル。砂地が広がっていて、目立った地形の変化ない。すると、同行のプロダイバーが、底の砂を掃くような動きを始めた。周囲の砂地には波紋状の筋があるのに、ここだけ無いという。
しばらく砂を払っていると、出てきたのは木のようだ。丸太のようで、直径は60cmから80cmはあるだろうか。長さは相当あるようだが、砂の中に埋もれていて確認することができない。露出した部分は穴だらけで非常にもろく、貝がすみかにしているようだ。
丸太といえば、言い伝えにあった沈んだ鳥居の存在もちらつく。木を砂の中から掘り出してみたいところだが、人の力だけで持ち上げるのは難しそうだ。
仕方なく、取材班は木の一部をサンプルとして採取することにした。
海底の丸太の映像を早速、専門家に見てもらった。
富山市埋蔵文化財センター元所長・古川知明さん:
これが幹なので…あれちょっと待てよ?埋没林の可能性が一つと、鳥居が倒れている可能性も否定できない。これまでは石以外のものは見つかっていないので、素晴らしい発見ですよ
古川元所長の見立ては、大昔の植物が海底に沈んだ埋没林か、鳥居など何らかの人工構造物だ。
「歴史の解明にすごく大きな成果」
ところが、採取したサンプルの放射性炭素年代測定の結果は意外なものだった。
測定を実施したパレオ・ラボ 中村賢太郎社長:
年代測定の結果は…2,300年前のものでした
吉村尚郎アナウンサー:
ええ!2,300年前?
あの海底の丸太は、江戸時代よりもはるか太古のものだった。
パレオ・ラボ 中村賢太郎社長:
弥生時代の中期、樹木の種類はヤナギの仲間で、水辺を好んで生息するものですね
海底の丸太は、どうやら江戸時代の神社の鳥居や、人の手による構造物ではなかったようだ。かつて地上に生育していた樹木が、海底に沈んだ埋没林の一部と見られるが、今回の取材ではすべてを明らかにすることはできなかった。
今回の取材で、海底でかつての護岸と考えられる石垣の一部を発見したほか、水中から発見された明代の青磁の皿が実在する事を専門家立ち会いのもと、確認できた。さらに、はるか太古の弥生時代のものと見られる樹木・丸太を発見した。
富山市埋蔵文化財センター元所長・古川知明さん:
今回は、江戸時代や弥生時代のものが見つかっている 。海中から当時の記憶が残されていて、今後の歴史の解明にすごく大きな成果だった。伝承は軽視されやすいが、江戸や所為のものが海中にある事実があるので 深めていけばいい
地域で語り継がれる伝承や、古文書をもとに取材を行ったが、まだまだ海底には当時の記憶が埋もれているに違いない。
(富山テレビ)