「島田さん、産まれました!元気な女の子です」

知人の小村さん夫妻(仮名)からこんな嬉しいLINEが届きました。予定日はゴールデンウイーク付近と言っていたから少し早く産まれたのね、そうか、よかったね~と頷きながら、送ってくれた写真をみてみると・・・「2画面」の写真ではありませんか。大きな画面には産まれたばかりの赤ちゃんと奥さんヒカリさん。そして窓枠のなかには1歳7か月の長男コータくんと旦那さんのユウトさんが映っています。

続いてこんな文章が。
「新型コロナウイルスの影響で、家族は面会も立ち合いもできないので『テレビ電話立ち合い』で出産しました。」

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人生の一大プロジェクト&イベントにも影

新型コロナウイルスは社会の様々なところに影響を与えていますが、この人生にそう何度もない出産という一大プロジェクト&イベントにも影を落としていました。もちろん感染してしまっては一大事なので病院としては産婦と赤ちゃんを守るための当然の措置ではあるのですが、妊娠がわかったときはまさか世の中がこんなことになるとは夢にも思わなかったであろう若い夫婦にとっては絶対に忘れられない出産となったのです。

そして、産院にとってもこの事態は不測のものでした。そのため急いで対応しなくてはならない課題が、出産を本人だけではなく家族や大切な人とどのようにして共有することができるのかということでした。これまでWi-Fiをあえて導入してこなかった、静かな環境での出産をすすめてきたクリニックも、検討の結果、産婦が家族とのつながりを少しでも感じられるならと導入を決定。スタッフもまだまだ慣れないことも多いようです。

患者側にとっても産院側にとっても、新しい挑戦となった「オンライン立ち会い」を取材しました。

「オンライン立ち合い」出産を経験したある夫婦

知人の小村夫妻は働くのが大好きな共働きなのですが、長男コータくんの誕生後、ヒカリさんは復職後も平日はほぼひとりで幼子の育児と家事を引き受けていました。夫のユウトさんは仕事がかなりハードで、妻の入院中も仕事をする予定でしたので夫婦は家族で泊まることのできる和室のあるクリニックを選びました。ここなら夫が仕事で不在にしても長男コータ君をヒカリさんがみながら新生児の世話をすることができるからです。

と、そんな夫婦が直面したのがコロナ感染拡大防止による夫婦分断出産です。そしてヒカリさんが子供ふたりの面倒を院内でみるという当初の計画も崩れてしまうのです。

4月の週末の夜。東京都内の自宅でくつろいでいた小村家の3人でしたが、突然ヒカリさんが予定より早く産気づきました。慌てて「陣痛タクシー」を呼び家族全員で産院へ。しかし、院内へは産む本人しか入ることができないのが新しいルールです。ですからここで奥さんを励まして見送り、夫と息子の2人はそのまままた自宅に引き返したのでした

「立ち合い不可」を知らせるクリニックのお知らせ

「本当は、やっぱり少し残念でした」
夫婦2人はそう口をそろえます。長男の世話をしながら赤ちゃんの面倒も見られるという事情からこのクリニックの和室を選んだことは冒頭に書きましたが、やはり家族全員で赤ちゃんの出産を待ち、出産を見守り、そして産後も全員で赤ちゃんの面倒を見ることを、つい数週間前まで楽しみにしていきたと言います。

家族全員で過ごすはずの和室もたった一人だと広く感じてしまったというヒカリさん。
「長男のコータを産んだ時、夫が立ち会ってくれて、そばにいて腰などをさすってくれていたので、そういう意味では今回はさすがに不安にもなりました。」

同じく不安な気持ちを残しつつ帰宅した2人にヒカリさんから連絡が。LINEのテレビ電話です。徐々に強まる陣痛を家族との会話でなんとか乗り切ります。コータくんはママの顔が見えると安心して落ち着いていたといいます。しかし真夜中で眠そうだったのでいったんLINEを切ったら「ママ―、ママー」と大泣き。大いに弱ったとユウトさんは述懐します。

そして日付が変わった翌午前1時、再びLINEがつながりました。

画面を見たユウトさんはドキッとします。画面はこれまでと違って横たわる妻の姿をとらえていたからです。そして出産の痛みに耐えるヒカリさんのリアルなライブ映像が流れてきます。なにかの拍子でガタリとスマホが傾くと、すっと腕が伸びてきてスマホ位置が調整されます。そうです、いま分娩室で出産をサポートしてくれている助産師さんらが総出で「オンライン出産立ち会い」を支えてくれていたのでした。

コータくんも起きてママを励まします。まだはっきりしないゴニョゴニョという声とともに、しっかり発音できる「ママ」という言葉を何度も何度もオンラインで届けます。

「ママ(がんばれ)、ママ(ぼくだよ)、ママ(いたいの?)、ママ、ママ!」

テレビ電話を通して、ヒカリさんはコータくんをしっかりと感じたと言います。

「コータの声はすごく励みになりました。夫は・・・たぶん何か言ってくれていたんだと思いますけど、自分の痛みがスゴ過ぎて聞こえませんでした。でも画面に常に彼が映っているのでそれがすごく安心でした」

午前1時30分過ぎ、ヒカリさんは元気な女の子を出産しました。

元気な女の子が誕生

ユウトさんはヒカリさんとは少し違う感想を抱いていました。

「妻には、たったひとりで産ませて申し訳ないって思っていました。それで、ありきたりですが、ありがとう、お疲れ様と伝えました。」
「画面から‘痛い、痛い’って聞こえてくるけど遠いからどう声かけていいかもわからず、ひたすらずっと見ていたんです。画面にはいるのに会えない、何もしてやれない、コロナの影響をそのとき痛感しました」

この「オンライン立ち会い」に戸惑いを隠せなかったというユウトさん。しかし、スマホを覗き込みながら自分の両手に抱えてやっている長男コータくんが急に笑い出してハッとしたと言います。

「妻が赤ちゃんの顔をスマホで見せてくれたらコータが騒ぎ始めたんですよ。キャッキャッってすごく喜んでて。その様子がすごく可愛くてビデオを回しました。そして早くコータが妹をかわいがる様子を見たいなと思ったら、急に実感が湧いてきたんです」

Wi-Fiも三脚も用意!産科クリニックの想い

小村夫妻が出産した東京・目黒区にある『育良クリニック』の産科に話を聞きました。

「私たちのクリニックはもともとみんなで新しい命を迎えることを推奨してきました。ただ、本当に残念ですが新型コロナウイルス感染防止のために面会や立ち合いを中止することにしました。しかし理念が変わるわけではありませんからこのような中でもなんとか‘近くに感じてもらう’にはどうしたらいいのかみんなで考えています。Wi-Fiもつなぎましたし三脚も用意して可能な限りお手伝い出来たらと思っています。」

立ち合い禁止としてから電話取材をした日までにすでに7件ほど「スマホテレビ電話立ち会い」で赤ちゃんを迎えたとのことです。

クリニックによれば、実際に経験した家族からは「リアルタイムで頑張れ、など声をかけることができてよかった」、「見えない結束感を感じた」といった感想が寄せられているといいます。なかには画面越しに涙を流しているパパもいたとのことです。

都内の他の産院の取り組み

産院に電話取材する筆者

取材を進めると、新型コロナウイルスの感染者が多い東京では現在「面会」や「立ち会い」を中止している産院が多く、とくに通常は立ち会い出産を推奨している産院に今どうしているのか聞きました。

港区の『愛育病院』は、「ご主人の立ち会いは認めてあげたいという議論もありましたが、もしもコロナ感染が起きてしまったら‘お産難民’が生まれてしまう、それだけは避けたいということで苦渋の決断ですが今は中止しています。」と語る。今も250件の分娩を予定している大型病院ゆえに妊婦が絶対に安全に産める場所を確保しなくてはならないといいます。さらにこちらの病院ではWi-Fiの導入も検討したけれど、メーカーに問い合わせたところ依頼が殺到し、設置が追い付かずかなりの順番待ちだということでした。このコロナの事態に、多くの事業者や企業などが急いでオンライン体制を迫られているということなのでしょう。

また世田谷区の『東京マザーズクリニック』では、分娩中のカメラ撮影などは禁止していますが、分娩後は自由に撮影やテレビ電話もしてもらっているといいます。取材した林院長は、「退院する際クリニックの玄関先でお見送りするのですが、旦那さんやこれまで会えなかったご家族、そして奥さんがひときわ笑顔になるのを見ると、安心されたんだなと嬉しくなります。同時にこの厳しい機会を我々は無駄にせず、遠隔診療をどう進められるか考えていかなくてはならないと思います。オンラインの新しい利用法として出産前の「マザークラス」などや「保健指導」などオンラインでできないか検討していきたい」と語りました。

どの産院も新型コロナウイルスの影響でこれまでとは違う対応をせざるを得ず、人と人との絆の問題だけに苦慮している様子も見られますが、オンラインという技術でそれを補うことで赤ちゃんが生まれるという素晴らしい体験を「共有」してもらいたいという思いが伝わってきました。

「日常がずっとあるとは限らない」

さて、余談ですが件のユウトさん、ヒカリさんが心配していたコータくんとの二人暮らしはちゃんとやれているのでしょうか。

「ボク、妻が入院してる間はテレワークにしてもらったんですが、1歳7か月の子と一緒にいると、まあ泣きまくるわ邪魔されるわ色々面倒も見なきゃで、仕事、まともにできないです。恥ずかしながらこんな状況になって初めて気づかされました」

そう頭をかくユウトさんでしたが、聞けば、こんなに長い時間2人だけで過ごすのは初めてだというコータくんとの日々も充実しているよう。納豆ごはんやナポリタンなど作ってあげたりと、しっかりパパをやっているようです。

初めてのオトコ二人暮らし

産まれてきた女の子は「灯里(あかり)」ちゃんと名付けられました。
心配なニュースなどが多いなかで小村家に灯されたあかり。
自分の道、そしてまわりの人の道を明るく照らせる子に育ってほしいとの願いを込めたといいます

「誰も考えられなかった状況が今です。いつでも会えると思っていた人とも会えないということになってしまった。日常がずっとあるとは限らないことを今回知りました。人手の足りないなか最大限のことをしてくださった助産師さんたちに本当に感謝しています。そして十数年後、君はこんなふうにしてみんなに見守られながら産まれてきたんだよと、楽しく話してあげたいです。」

小村夫妻はそう言って微笑みました。

【執筆:フジテレビ アナウンサー 島田彩夏】