中国・北京で民主化を求める学生らを軍が武力で鎮圧し、多数の死傷者を出した天安門事件から4日で33年となる。しかし、今も事件を公に語る事は許されず、中国政府の厳しい検閲によりネットで検索することも出来ない。

当時、中学3年生で天安門広場周辺のデモに参加した民主活動家の胡佳さんは、2007年12月に国家政権転覆扇動罪で収監され懲役3年6カ月の刑期を終えたが、現在も中国当局による監視を受けている。胡さんは北京市内でFNNの取材に応じ「中国で人権や言論の自由を制限する動きはさらに強まっている」とし「習近平国家主席は皇帝になる道を整えた」と強調した。

北京の天安門広場 現在は新型コロナ対策により事前予約した人しか入れない(6月2日撮影)
この記事の画像(8枚)

死ななかったからこそ真実を明らかにしなければならない

――1989年6月4日に見た景色はどのようなものだったか?

6月4日の朝、天安門広場に向かう道路で軍用車両を止めるバリケードのようなものが軍の戦車によってバラバラに破壊されました。まるで戦場のようで、今のロシアとウクライナの紛争で見る光景のようでした。別の場所に軍用のトラックがあり、そこにいた軍人は集まっていた人々から「人民を殺害しないで」と抗議を受けていました。人々の声が大きくなると銃を持った別の軍人がトラックから飛び降りてきたので、私はとっさにそこから逃げました。その後、銃を発砲する音が聞こえました。次の瞬間、目の前が暗くなって両親と妹に二度と会えなくなってしまうと思いました。これは人生で最も恐ろしい瞬間でした。どこまで走ったのかわかりませんでしたが、振り返って見ると後ろにもたくさんの人が一緒に逃げていて、兵士が威嚇射撃をしていたのだとわかりました。

幸運なことに私は死にませんでした。しかし死ななかったからこそ死んだ人々の真実を明らかにしなければならないと思いました。

取材に応じる胡佳さん 当時の状況や現在の共産党政権について語る

――軍人が自国民に発砲したことをどう思うか?

その場面は私もよく思い出しますが、軍人が発砲した行為は将校が出した命令ではなかったと思います。詰め寄られた多くの人々に武器が略奪されることを恐れ、その恐怖のために発砲したのだと思います。

戦車の前に立ちはだかった男性(1989年6月4日)

習近平主席は皇帝になる道を整えた

――今年の6月4日に何を感じるか?

これまで数十年、6月4日に強い声をあげてきた香港が抑圧されました。現在の香港は急速に本土化(中国化)されていますし、急速に“新疆ウイグル自治区”化されているとも言えます。安定を維持するという名目で強い圧力をかけ、逮捕、抑制などによって香港は変わってしまいました。以前からあった自由などは、今や完全に失われました。香港は文明や経済の中心地でしたが、普通の中国の都市に変わってしまい、とても寂しい思いをしています。しかし、香港が声を上げられなくても(天安門事件を経験した)我々が声を上げて公に表現しなければなりません。

この地で、この通り沿いで戦車が出動し銃声が鳴りました。病院の遺体安置所には死体があふれ、一部の人々は行方不明のままです。この悲劇は絶対に埋もれさせてはならないし、今後の中国を変える導火線になります。この歴史の真実を取り戻さなければなりません。天安門事件は共産党政権の違法性を証明しました。

傷ついた仲間を運ぶ若者たち(1989年6月4日)

――異例の3期目に入ろうとしている習近平国家主席をどう思うか?

習主席が憲法を改正し(任期の)期限をなくしたことで「皇帝になる道を整えた」と言えます。今年行われる第20回中国共産党全国大会で習主席は間違いなく3期目を迎え、かなりの統制が行われるでしょう。中華人民共和国の憲法は習近平皇帝に忠実であり、中国の常務委員会の制度があっても実際には独裁政権です。

異例の3期目続投を目指す習近平国家主席

「ゼロコロナ」で上海の自由、文明はめちゃくちゃに

――中国が堅持するゼロコロナ政策についてどう思うか?

これは社会的大惨事です。ここ数年多くの友人から上海は中国で最高の都市であると言われていました。だから今回上海で起こったことには本当に驚きました。
上海は中国で最も日本に似た都市だと言われています。上海にはある程度の自由と文明があり、あまり心配する必要もなかったので、このように管理されるとは思いませんでした。上海はまるで地方のどこかの都市のような状態になりました。
一方で驚かないこともありました。それは上海のような洗練された街でも共産党がある限り、一瞬でこのように変わってしまうことです。上海の自由、文明などはめちゃくちゃになり、多くの人々は悲しみや苦しみを抱えていますが、これを指揮した人物は北京にいます。しかし別の面からみれば、上海が直面しているこれらのことは中国の多くの都市に影響を及ぼしています。

上海で起きたことは「私たちの都市でさらに悪い形で起こるかもしれない」と多くの人々に危機感が生じました。この悲観的な思いはゆっくりと不安に変わり、怒りに変わります。恐れる気持ちもありますが、中国社会の変革を加速させることができると信じています。

ロックダウンにより街から人がいなくなった上海市(5月25日撮影)

強く豊かになった中国 民主化は進まず…

――中国は良い国になっていると思うか?

今の中国は、天安門事件が起きた1989年6月4日よりもはるかに豊かになり、国家としても強くなりました。中国が文化大革命の時代よりもはるかに強いことは明確です。1980年代は相対的な開放性と自由の年でしたが、これは天安門事件で突然終わりました。

私は胡錦濤前国家主席の時代に刑務所に入りましたが、今の習主席の統治時代はあらゆる面で言論の自由が抑圧されています。ただ全体的に中国社会は常に3歩前進し2歩後退していると思いますが、結果的には1歩前進しています。個人的にはある程度開放的で、情報を入手するための手段も以前よりは多くなっていますし、教育を受けるレベルが向上したら中国は民主化に向けて発展するはずです。

――中国で民主化は可能か?

人類全体が直面している重要な問題は、地球上で最大となる人口14億人の中国が21世紀においてもまだ民主化されていないことで、これは信じられません。私たち中国人は劣っているのでしょうか。私たち自身の才能と力を使って中国社会の変革は進められないのでしょうか。

この国の経済発展、繁栄、文明の進歩、我々の文化などを通して全世界に恩返しをし、地球に繁栄をもたらす責任を負ってこそ、中華民族の偉大な復興です。不安や焦る気持ちがあっても私たちが今できることはこの瞬間に生き、少しの間でも何かをしてこの社会の変革を推し進めることだけです。

天安門広場 中央部には建国の指導者・毛沢東氏の肖像画

胡さんは民主化への希望を語り続けているが、習主席の3期目の続投を控えた共産党政権は今後も一般市民への締め付けをさらに強めるものとみられる。取材後、胡さんは当局の指示により北京市から離れることを余儀なくされた。

天安門事件の日を前に、6月2日の中国外務省の定例会見では記者から「遺族は政府に対して真相究明と謝罪と賠償を求めていますが」という質問が出た。趙立堅報道官は「1980年代末に起こったその政治的波乱について、中国政府はすでに明確な結論を出した」と短く答えた。

【取材:FNN北京支局 河村忠徳】

記事 50 河村忠徳

「現場に誠実に」「仕事は楽しく」が信条。
FNN北京支局特派員。これまでに警視庁や埼玉県警、宮内庁担当と社会部畑を主に歩む。また報道番組や情報制作局でディレクターも担当。