作家の乙武洋匡さんが義足を装着して歩行する。
2018年に始まったこのプロジェクトはフジテレビの「ワイドナショー」などで度々放送されてきた。そしてプロジェクトの最終章として5月16日にチャレンジするのは、新国立競技場での100メートル歩行だ。9日、最終トレーニングに臨んだ乙武さんに、このプロジェクトに賭ける想いを聞いた。

スキャンダルの中「また誰かの役に立てるチャンスを頂いた」
「きょうが最後の練習なので感慨深いですね」
理学療法士の内田直生さんによる入念なストレッチを受けながら、乙武さんはこう語り始めた。
乙武さんは先天性四肢欠損で、子どもの頃から電動車いすの生活をしてきた。学生時代に大ベストセラー「五体不満足」を執筆して以降、テレビ番組への出演やスポーツライターとしても活躍するなど順風満帆な人生に見えた乙武さんだったが、2016年にスキャンダルが起き、あらゆる活動の場を失った。
そんな時に声がかかったのが、義足で歩くという今回のプロジェクトだった。

「2017年の秋、池袋のカフェに落合(陽一)さんと義足エンジニアの遠藤謙さんが来てくださって、『今度こういうプロジェクトをやるので、よかったら参加してくれないか』と声掛け頂いて。それまで曲がりなりにも何か社会のために役に立てたらという思いで活動してきましたが、2016年のスキャンダルですべての活動を停止せざるを得なくなって『社会のために役に立つことはもう二度とできないのかな』と思っていました。だから全く想定もしていないかたちでしたが、『また誰かの役に立てるチャンスを頂けたのかな』と思って、ぜひとお引き受けさせて頂きました」

過酷な練習と肉体改造で66メートルを走破
声がけをした義足エンジニアの遠藤謙さんは、その理由をこう語る。
「当時乙武さんがプロ野球の始球式に出た際に、車いすから降りてマウンドまで歩いたのです。その際、脚が残っているのが見えたし結構動いていたので、絶対歩けるなと思ったんですね。乙武さんは障がい者のアイコン的な存在でしたし、歩けると思えない人が歩けるようになるとなれば、多くの人を驚かせる、希望を届けることができるのではないかと思いました」

プロジェクトは当初短い義足からスタートして、慣れてきたら10センチ伸ばすことを繰り返した。そしてスタートから半年かけて現在の義足の長さになったのだが、関節のモーターを組み込むと重さは片足4.5キロとなり、バランスが全く変わるという事態が発生した。
その時は「目の前が真っ白になった」という乙武さんだったが、過酷なトレーニングと肉体改造を積み重ね、昨年9月には66メートルまで歩行距離を達成した。その様子は大々的に報道されたので、記憶に残る読者も多いはずだ。
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歩くことを諦めている人に希望を届けたい
乙武さんが二足歩行した報道への反響は大きかった。
「歩くことができない弟さんがいるお姉さんから『今回のプロジェクトを見て、いつか弟も歩けるようになるんじゃないかと思って涙しました』とツイッターで声を頂いて、僕も涙ぐんでしまいました。いま2日に1回、自宅マンションの階段を70階分登っていて、本当に練習はしんどいです。しかしなぜやるかというと、歩くことを諦めている方に希望を届ける、諦めないで済む社会にすることを目指しているので、そういったお声を頂くのは本当に嬉しいし励みになりますね」(乙武さん)

16日、いよいよ乙武さんは東京オリパラの聖地、新国立競技場で100メートル歩行にチャレンジする。練習最終日の9日、都内豊洲で行った練習では無事100メートルをクリアすることが出来た。とはいえこれで安心というわけではない。前述の遠藤さんはこう語る。
「やはり日によって調子が良かったり、悪かったりします。当日の体調もありますし、足のむくみも出てきます。歩いていると身体の一部が張ってきて動けなくなるときもあります。かなりチャレンジングではないかと思います」
16日で義足プロジェクトは終了するが、乙武さんは「何か寂しいですね」と言いながら最後にこう語った。
「必ずや100mを歩ききって、『あきらめない』ことの大切さを伝えたいです」

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】